1-ⅩⅩⅠ ~エクソシスト・ラブ&アイニ~

「……我々は、敵ではない。むしろ逆だ。君たちを保護しに来た」

「保護?」


 手をビニール紐できつく縛られた男の言葉に、蓮は眉をひそめた。


「そうだ。……だから、この縄を解いてくれないか」

「できるわけないだろ。まず何者だよ、てめえらは。まずはそれからだろ」

「それは言えないわ。私たちの正体は言えないことになっているのよ」


 女が得意げに言った。なぜ得意げなのか、これがわからないが。

 男の方が、あきれたように口を開く。


「……我々は、エクソシストだ」

「ち、ちょっと! なんで言っちゃうのよラブ! 神秘の秘匿は!?」

「言っている場合じゃないだろう、アイニ。今の私たちに、情報を隠すメリットはどこにもない」


 ラブ、というらしい男の方が、首を横に振った。一方で、紅羽家の面々も、互いに顔を見合わせている。


「……エクソシストって、あの?」

「それしか、ないよね」

「あの、いわゆる悪霊退治とかを生業にしている……」

「……その、エクソシストだ」

「ジョン、のしかかり」


 蓮の指示で、蓮の膝の上にいたジョンが、思い切りラブに跳びかかる。超大型犬であるジョンののしかかりは、リアルに威力80くらいありそうな衝撃を、ラブに与えた。おまけで、身体も痺れそうだ。


「ぐわああああああああ! ほ、本当なんだ、信じてくれ!」

「信じられるか。もうちょいマシな嘘つけバカヤロー」

「し、証拠もある!私たちの首に!」


 愛がアイニの首を探ると、ネックレスが出てくる。十字架の飾りのついたものである。


「この、このロザリオが、エクソシストの証なんだ!」

「……これ、お土産屋とかにある奴じゃねえの?」

「見る人が見れば、それが本物だという事がわかる!」


 そうは言っても、見る人がそもそもいないから問題なわけで。


「……あの、お話だけでも聞いてみませんか? なんか事情があるみたいだし」

「……確かに、今まで襲ってきた奴なら、こんな変な嘘ついたりしないしな」


 愛に言われて、蓮はひとまず二人の拘束を解いてやる。ビニール紐なので、はさみで切れば簡単だ。


「……では、改めて自己紹介を。私はラブという。対悪魔専門のエクソシストだ」


 そう言い、ラブは名刺を蓮たちに差し出す。


(名刺なんてあるんだ……)


 そう思いながら受け取ると、全く同じ肩書とスマホの番号が書かれていた。しかも、デザインがちょっとオシャレなのが腹立つ。


「アイニよ。ラブとは相棒をしているわ」


 アイニも名刺を渋々差し出してくる。


「神秘の秘匿とか言ってなかったか? なんで名刺なんか持ってんだよ」

「別にこれくらいなら、神秘の秘匿に抵触はせんよ。どうせ偽名だし」

「自分で言っちゃうのか……で、うちに何の用だよ?」

「お、そうだった。実は、我々は悪魔を探しているわけだが」


 ラブ曰く。


 彼らは「神託」を受けて、「邪神」を退治するために派遣されてきたらしい。


「まあ、我々の任務は情報収集なんだけどな」

「なんだ、「神託」だの「邪神」だの。胡散臭えな」

「そう言われても仕方ないが……実際、存在するものなのだから仕方ないだろう。ことの発端は……今から、10日ほど前になるか。邪神召喚の儀式が行われたのだ」

「10日くらい前?」


 そのくらいの時期だと、確か愛の依頼を受けた時期だ。痴漢やら襲撃やら爆発やら、様々なことがあったので印象に残っている。


「……そういえば、そんなニュースあったよね。宗教団体で、ブラジルでテロがあったとか……」

「あ、そのニュース私も見たよ。それに、地震もあったんだよね」


 ああ、と蓮は思い出した。そう言えば、朝起きたら足がやけに汚れていた日だ。


「そう。あの儀式は、邪神を召喚するための儀式だったんだ」

「でも、ブラジルでやってたんですよね? なんで日本に?」

「儀式の現場を調べた結果、召喚場所は地球上の正反対の位置、つまりはこの付近であることが判明したんだ」


 ラブが、神妙な顔で告げる。


「あれから10日経つが、一向に邪神は姿を見せない。それで、もしかしたら人間に憑依したりしているかもしれない、という事で調査に我々が派遣されたんだ」


「はあ……」


 イマイチ信じ切れない、という顔をしている蓮たちに、アイニはいらいらしたように告げた。


「……ここまで話したのに、まだ信じられないようね」

「そりゃ、まあ……」

「ピンとこないというか……」

「にわかには信じがたい内容ですし……」


「はあ。……あなた、ちょっとこっち来なさい」


 アイニが、ふと気づいたように愛に手招きをした。


「私ですか?」

「そうよ。こっちこっち」


 アイニにそう言われ、愛は恐る恐る近づく。


「もっとよ」

「え?」


 そうして、愛が顔がくっつかんばかりの距離まで近づいた時。

 アイニは、愛の唇を奪った。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


「なっ……!?」

「何してんだお前!」


 そして、アイニの口から、何かを吸う音が響く。5秒ほど口を吸い続け、彼女たちはようやく口を離した。

 愛は突然のことに驚いた困惑と、何か力が抜けたようで、床に倒れてしまう。


「あ、おい! しっかりしろ!」


 蓮がアイニを睨むと、彼女は彼女で、口の中に何か入っているようだ。


「……すまないが、瓶はあるか?蓋ができるやつ」

「いや、お前ら、何やって……」

「彼女の口の中のものを見ればわかる。だから用意してくれ。コップではダメなんだ」


 ラブの真剣な顔に、蓮は不承不承ながらも台所へと向かった。


「兄さん、この間鮭フレーク食べ終わったから、その瓶使ったらいいよ」

「おう、これか」


 空き瓶の中身を一応洗ってから、アイニに手渡す。

 アイニは瓶に口を付けると、中のものを一気に吐き出した。


「……ええっ!?」


 彼女の口の中から出てきたもの、それはドス黒い泥のようなものだった。明らかに粘性があり、妙にうごめいている。

アイニはすべてを吐き終えると、すばやく蓋をしめた。


「……これは、呪いよ。彼女、どうやら呪われていたようね」


 口の涎をぬぐいながら、アイニが言う。


「こ、コレがアイツの中にあったのか?」


 蓮も翔も、驚きを隠せずに瓶の中のものを見つめている。


「ええ。厳密には、彼女に憑りついていた、っていうほうが正しいけど。彼女、何か不幸があったんじゃない? ここ最近」

「あ、ああ。確かに、1ヵ月くらい前から悪い目に遭ってたらしいけど……それが、こいつの仕業っていうのか?」

「そうね。この呪いはだいぶ弱っていたみたいだったし、もう人に害を与える力は残ってないみたいだけど」


 二人は、ぽかんと口を開けて瓶の中の呪いと愛を見比べていた。


「ん? ってことは、もうコイツが襲われたりすることはないってことか?」

「どうでしょうね。この呪い、多分外付けのものだから……呪いの元を何とかしない限りは、100%安全とは言えないわよ」


 アイニはそこまで言い、蓮が預かっていたカバンからあるものを取り出した。うがい薬である。


「あれ、不味いのよね……」

「だろうな」


「……ともかく、これで信じてもらえただろうか? 我々が、悪魔退治専門のエクソシストだという事を」

「……ま、まあ」

「一応……」


 ラブの言葉に、蓮と翔は顔を見合わせる。


 アイニはうがいをしに洗面所を借り、愛はいまだに目を回している。ラブと紅羽兄弟で、話の続きをすることにした。


「では、本題に入ろう。我々の調査の結果、例の邪神が顕現したであろう場所は、この近辺だと推察されるんだ。当時地震が起きたというのも、邪神降臨の影響だろうな。それであたりを探っていたんだが……」

「つっても、特になんもなかったぞ? ……なかったよな?」

「うちの近所は全然なかったけど……。ちなみに、近辺ってどのくらいなんですか?」

「……地図、あるか?」


 翔がスマホで地図を見せると、ラブは「ああ、このくらいだ」と指さした。ざっと見て、蓮たちの家から安里探偵事務所、さらには桜花院女子校まで含まれている。


「広いな、近辺!」

「おおよそ4駅区間くらいか……」

「だが、謎も多いんだ。まず、邪神の気配が全くない」

「ここに降臨したってのが、そもそも間違いなんじゃねえの?」

「それはない。地震もそうだが、このあたりの悪魔が活性化している。邪神復活により、その前に地上に来た野良の悪魔どもがな」

「はあ、そうなんですか」


 全く現実味の湧かない二人は、適当に相槌を打つ。


「ちなみになんですけど……その邪神とやらが地上に現れたら、どうなるんですか?」

「……まず、地上は6度焼き払われるだろうな。その後、神々が降臨し最終戦争が始まる」

「めちゃめちゃヤバい奴じゃん」

「だから探しているんだよ。何らかの原因で力を失くし、誰かに憑りついている可能性もあるからな。降臨する前に対処しなくては」


(……兄さんとその邪神だったら、どっちが強いんだろうね)


 翔がぼそりと、蓮に耳打ちした。


(さあな。しかし、地上を6度ねえ……)


 もし、目の前にそんな奴が現れたとして。

 果たして、


 そんなことを考えているうちに、アイニが洗面所から戻ってきた。


「あら、その子、まだ目を回しているの?」

「そうみたいだな」

「多分起きたら凄いことになるわよ。何しろ、悪いものを全部吸いだしたからね。……で、話は聞いたのよね?」

「まあ、うん」

「協力してくれない? 怪しいものを見かけたら、連絡してほしいのよ。こっちでも確認したいから」


 蓮は、先ほどもらった名刺を見た。


「……ここにかければいいのか?」

「ええ。会いたければ連絡ちょうだい。しばらくは近辺を調べて歩き回っているから」


 そう言い残し、ラブとアイニは紅羽家から出て行った。

 残された蓮と翔は、顔を見合わせる。


 とりあえず、気を失っている愛を起こすために、ジョンに軽くのしかかりさせることにした。

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