1-ⅩⅩ ~紅羽家への来訪者~

「……なんかあったのか?」

『具体的になんかあったわけじゃないんだけど、家の前に変な人がいるんだよ』

「変な人? どんな」

『なんか二人組で、こっちの様子を窺ってるんだよ。電信柱の陰で』


 蓮の目が鋭くなった。もしかしたら、襲撃の矛先がこっちになったのかもしれない。


「わかった。すぐ行くから待ってろ」


 蓮は電話を切ると、出かける準備を始めた。


「紅羽さん、どうしたの?」

「うちに怪しい奴がいるから、ちょっと行ってくる」

「ま、待って。私も行くよ。護衛対象と離れちゃまずいでしょ?」

「……悪いな」


 蓮の呟きに、愛は頷いた。事務所の留守番は十華がしてくれるというので、二人で事務所を出る。一応周囲を警戒するが、怪しい気配は微塵もない。


「……本当に、お前もう大丈夫なんじゃないか?」

「ど、どうなんだろうね」

「まあいいや。じゃ、捕まってろ」


 蓮はそう言い、愛を抱えた。以前の時と同じように、お姫様抱っこである。愛も今度は、舌を噛まないようにしっかり口を結んだ。


 勢いよく跳ぶと、向かいのビルの屋上を踏む。さぼりで煙草を吸っていたサラリーマンが、突然現れた二人組に咥えていた煙草を落とした。


「は……?」


 ぽかんとするサラリーマンに会釈だけすると、蓮はすぐに別のビルへと跳び移っていった。


 そうして、ビルを渡り、蓮は町の空を駆ける。


 5分もすれば蓮の最寄り駅だ。そしてそこから紅羽家はそう遠くない。ちょっと本気で走れば2分もかからなかった。


 そうして、紅羽家の前にいる二人組を見つけたのは、はす向かいの家の屋根に降り立った時だ。

 蓮はスマホを取りだし、翔に電話をかける。


『兄さん?』

「家着いたぞ。渡辺さんちの屋根にいる」


 蓮の言葉とともに、紅羽家の2階のカーテンが空く。次男の翔がこちらを見て手を振っていた。


「母さんと亞里亞は?」

『亞里亞はまだ学校。母さんはパートでいないよ』

「おまえ、いつ気付いた?」

『ジョンが吠えてたんだよ。それで何だろうと思ったら、あの二人がいてさ』

「なるほどな。……ちょっと話聞いてみるわ」

『うん。……ところでさ、一緒にいる人って、例の桜花院の人?』

「そうだけど、どうかしたのか?」

『呼んどいてなんだけどさ、あんまり無茶しないでよ?』

「……わかってるよ」


 蓮は電話を切ると、下の様子を覗いた。二人組がこっちに気づいている感じはなさそうだ。


 片方はがっちりした男であり、もう片方はやけに長いツインテールの女だ。白いコートに身を包んでいて、かえって目立っている。


「1回降りて、後ろに回り込むか。お前、ここで待ってろ」


 蓮の言葉に、愛は首を振った。


「い、一緒に行くよ。その方が安全だし」

「ああ? まじか……」


 蓮は屋根の上で、しばし考えた。ここに置いておくと、彼女はまずここから降りることができないだろう。もし、その間に襲撃があったりしたら……。


「……そうだな。わかったよ、後ろにいろよな」

「うん」


 蓮は愛を抱えると、渡辺さんの家の屋根から降りた。二人組には見えないように、裏側から降りる。

 その時、ちょうど、家から出てきた渡辺さんと出くわした。


「……あ、どうも」

「……れ、蓮ちゃん?」


 渡辺さんの家には、何度かお邪魔したことがある。もう家を出てしまった渡辺さんちの息子とは、小さい頃はよく遊んでいた仲だ。


「どうしたの。今、上から……」

「気のせい。じゃ、急いでるんで」


 蓮はそう言うと、愛を抱えたまますぐに駆け出した。

 渡辺さんはその様子をぽかんと見つめている。


「あの女の子、彼女かしら……?」


 そう呟いて、渡辺さんは夕飯の買い出しに出かけていった。


***************


 裏に回った蓮は、二人組の様子がわかる角にいた。まだこちらには気づいていないようである。


(俺が先行くから、後からついてこい)


 蓮の小声に愛が頷き、作戦スタート。


 音もなく距離を詰めた蓮の気配に二人組が気付いた時には、すでに遅かった。


「うぎゃあああああああああああああ!!」


 二人とも一瞬で後ろ手を極められて、地面に倒れこむ。逃げられないように、二人の足に蓮が腰かけたところで、愛がようやく追いついた。


「てめえら、何してやがる人んちの前で」

「お、お前この家の住人か……!?」

「そうだよ」

 そうしていると、紅羽家から黒い影が飛び出してきた。影はジャンプをすると、女の上に飛び乗る。ヒキガエルのような悲鳴が上がった。


「ぐえっ!」

「……ジョン!」


 ジョンの犬種はアラスカン・マラミュート。体高80cm、体重60kgと、一般サイズよりも大きめである。小さいときに蓮が拾った時から、よく食べるわんぱく坊主だった。


 ジョンは蓮を見るや、嬉しそうに尻尾を振る。「敵を捕まえたよ!」とアピールしているようだった。


「お、おう。よくやった」


 蓮がジョンの頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らす。それでも、のしかかりはやめない。


「ま、待て! お前、あの家の住人なんだよな?」

「そうだって言ってんじゃねえか。それが何だよ」

「お、俺たちは敵じゃない! 信じてくれ!」


 男は必死に叫んだ。とはいえ、ついこの間まで襲われている身としては、いまいち信用できない。


「……なあ、縄持ってないか?」

「縄!? ないよそんなの!」

「だよなあ」


 愛にダメもとで聞いてみたが、当然そんな物はない。それと同時に、翔が家から出てきたのは僥倖だった。


「兄さん、大丈夫!?」

「翔、紐持ってこい! 新聞捨てるときの奴」


 そうして翔が持ってきた紐で二人の手を縛ると、ひとまず家に引っ張り込む。

 外でこんなことしていたら、騒ぎになりかねない。

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