1-ⅩⅧ ~和解する2人~
「……別に、断ることもできたんだよ。ただ、金かかんねえし就職もできるなら、ってことで、自分から入学したわけで……だから、泣くなよ」
「でも……紅羽さん、ずっと無理して力抑えてるって」
「もう慣れてるよ。こちとら2年もやってんだ、こんなこと」
愛が泣きだしてしまったので、蓮は彼女と別室に隔離されることになった。現在いるのはビル3階の空き部屋だ。来客などの宿泊スペースである。
「それで……どうだった、俺がいないとき」
「あ、うん。特に何もなかったよ」
「……そうか」
ひとまずほっとする。安里たちが付いているとはいえ、自分がいない間に何かあろうなど想像したくもない。
「ところで、紅羽さんこそ、なんで平等院さんと一緒にいたの?」
「あ? ああ、それは……」
彼女と出くわしたいきさつを話すと、愛は首を傾げる。
「映画?」
「おう。なんでもすげえつまらねえらしいんだけど、どうしても見たいんだって」
「つまらない?」
「どこのレンタルショップにもないらしくてな。タイトルもわかんねえから、安里に見てもらうのが一番早いだろ」
「それは……そうだね」
ふと、蓮は違和感を感じた。愛の様子が、どこかおかしい。
「……どうした?」
「いや、その……なんというか。ちょっと引っかかって。映画……」
「つまらねえって言ってたってことは、一度見たことあるってことだよな」
「……そうですよ」
不意に安里の声がした。床を見ると、安里の顔が床に現れる。先日もやっていた、部屋間の移動だ。
ただし、昨日と違って、現れた安里の顔色は優れない。
「どうした?」
「ええ、ちょっとね。時に、愛さん。あなた、映画鑑賞が趣味でしたよね?」
「え? そうですけど……それが何か?」
「ご存じありませんか?『ゾンビ・イン・センターオブジアース』」
一瞬、部屋の空気が凍った。
「……え、何だそれ」
「……『ゾンビ・イン・センターオブジアース』? 確かに知ってます。うちにDVDがありましたから」
「えっ」
蓮は愛の方を見た。明らかにヤバイ感じの映画のタイトルなんだが。しかも、あるって言った? 借りて見たことある、とかじゃなくて?
「それ、最後に見たのは?」
「確か、私が幼稚園くらいの頃だから……12年前くらいです」
「5歳児が見る映画じゃねえだろ、どう考えても」
「……なるほど、これで繋がりましたよ」
一度こっちに来てください、と安里は言うと、溶けるように床に消えていった。蓮と愛は顔を見合わせて、下に降りる。
事務所に戻ると、がっくりうなだれている安里と、困惑している十華たちがいた。
「……やあ、来ましたね。最初に一つだけ。愛さんと平等院さんは、同じ幼稚園だったわけですね」
「ええ、そうですわ」
安里の問いに、十華が答える。
「え、マジ?」
「ああ。当時のお嬢様と立花嬢は、仲が良かったと記憶している」
補足したのは後藤だ。サングラスを上げて、愛と十華を見やる。
「……どうやら、十華さんが探していた映画は、愛さん。あなたと見た映画のようなんですよ」
「え……?」
愛は、十華の方を見た。十華は恥ずかしそうに顔を背けている。
「む、昔あなたの家に遊びに行ったときに、「面白い映画がある」って誘われて、一緒に見たでしょう? その時の、映画よ」
「ああ……それなら売ってないはずだよ。だって、あの映画もう絶版だもん」
「……で、その映画がわかったのはいいけどよ、なんでわざわざ見ようなんて思ったんだ? 面白くないんだろ?」
蓮の問いかけに、十華はしばらく黙っていた。
だが、愛の方を一度見やった後、観念したように口を開く。
「……仲直りが、したかったのよ」
「仲直り?」
「その映画で喧嘩して、それから疎遠になっちゃって……。小中は違ったし、高校で再開はしたけど、私は特進科で彼女は普通科だから話しかけづらいし……」
「それで、せめて共通の話題を、ってことでその映画を探していたわけですね」
安里の言葉に、十華は頷いた。
「特に最近、彼女の周りで良くないことが起こってるみたいだったから、せめて話し相手くらいにはなれたら、って思ったんだけど、きっかけがなくて……」
「平等院さん……」
「立花さん……その……ごめんなさい。辛く当たってしまって」
十華はそう言って、愛に深々と頭を下げた。
「い、いや、そんな……。こっちこそ、ありがとう。気にかけてくれて」
「……愛ちゃん……! ごめんなさい!」
十華はぽろぽろと涙を流して、愛の胸に崩れ落ちてしまった。その様子を見ていた後藤が、一瞬もらい泣きしていたのを、蓮は見逃さなかった。
「……あんたも大変だな。門限とっくに過ぎてるのによ」
「お嬢様に機嫌を損ねられて、また逃げられても困るんでな」
蓮が話しかけると、すぐに元のポーカーフェイスに戻ってしまう。可愛くないな、と思ったが、よく考えたらオッサンの可愛らしさなんて需要などないことに気づいた。
「しかし、これでまあ、一歩前進じゃないですか?」
「あ?」
「彼女が今回の事件の犯人ではない、という事ですよ。先ほど彼女と「同化」しましたが、そう言った痕跡は見受けられませんでしたしね」
そう言えば、平等院十華は今回の事件の最有力容疑者だった。蓮にその意図は正直全然なかったのだが、図らずも安里が「同化」したことで、彼女の潔白は証明されたことになる。
「となると、やっぱり外部の犯行か?」
「いや、それは分かりませんよ。また振り出しですからねえ」
立花愛をピンポイントで狙う理由。そして、複数の人間を操ることのできる資金力。その2つの接点から、十華が怪しいと踏んでいたが、見事に外れたわけだ。
蓮は溜息をついた。この事件自体は、実際何の好転もしていないという事だ。
「……大体、愛ちゃんは映画の趣味がおかしいのよ! 誰彼構わず薦めるから、学院でも浮いてしまうの!」
「え、でも、見方によっては面白いのに……」
「あなたの見方は普通の人はしないの!」
急に、さっきまで言い感じだった二人の喧騒が聞こえてきた。何事かと思えば、十華が愛に説教を決めている。
「おいおい、何ケンカしてんだよ仲直りした側からよ」
「だって、この子全然自覚ないんだもの! いくら自分がB級映画好きだからって、むやみやたらに人に勧めるのはやめなさい!」
「で、でも、映画ならみんなで見た方が面白いし……!」
「聞いたわよ! 視聴覚室で上映会したらしいじゃない! 死屍累々だったってみんな言ってたわよ!」
どうやら、愛の映画の趣味は一般からかなりかけ離れたものらしい。
「……安里、お前そういや、10円に触って映画のタイトルわかったんだよな」
「その呼び方はやめてちょうだい!」
反応する十華はともかくとして、安里の身体がビクン、とはねた。珍しく脂汗をかいて、笑顔もひきつっている。
「……見たのか? 中身」
「いやあ、蓮さん。映画って面白いですよ。脳が理解を拒否するというのは、初めての感覚でした」
安里の「同化」の最大の特徴は、相手の記憶などの情報をすべて客観的に見ることにある。つまり、本人が覚えていないことも、記憶情報として読み取ることができるのだ。
そしてこいつは、件の映画を愛と十華が一緒に見た時の記憶情報を垣間見た。それは、安里もその映画を一から見たという事なる。
「愛さんの映画の趣味は、人にお勧めしにくいものがほとんどのようですね……」
「ちなみに、お嬢様の好きな映画は、『ローマの休日』だぞ」
後藤の補足を耳で受けながら、蓮は二人のケンカを眺めていた。しばらく続いていたが、気づけばすっかり治まったようで、もう笑って次の話題に移っている。
「……世話の焼ける奴らだなあ」
小さく呟いて、蓮は身体を伸ばした。
なんと、もう夜が明ける直前だ。
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