1-XⅣ ~紅羽蓮無双・お嬢様学校編~
「……なんすか、帰りたいんすけど」
「安心したまえ。お嬢さんに危害を加える気はない」
蓮を囲んでいる円の、向かい合っている男が言った。
「ただ、お嬢様の仰せでね。普通科の平民風情が護衛を雇うなど、百万年早いとのことだ」
「……なんだ、そりゃ?」
「私も正直バカバカしいのだが、お嬢様の命令でね。君の護衛としての実力を見てほしいとのことなんだよ。酷なことだがね」
「つまり?」
「要約すれば、ただの嫌がらせさ」
囲んでいる男たちは、小さく笑った。蓮は、あまりの光景に言葉を失う。
「……おい、こんなことする奴って、例の10円か?」
「い、いや。平等院さんはこんなことしないと思う……。多分、他の人」
愛に念のため確認を取る。
男たちは構えながら円をどんどん狭めていく。その顔には笑みを浮かべていた。どうやら、完全になめられているらしい。
蓮は、激しくムカついた。そして、激しく後悔した。
いくら、ムカついたからとはいえ、大人げなかったと思う。
さすがに、男の一人の顔面を陥没させたのは、大人げなかった。
完全に一瞬だった。正面の男はボクシングの経験者であり、そう簡単に負けることはないと自負していた。蓮を囲む一団の中でも、トップクラスの実力者だったのだ。
そんな彼が瞬きした瞬間、眼前には拳が迫っていた。いや、迫る、と認識する前にはすでに意識が途切れていた。
普段なら感じることのない、肉と骨が変形して内側にめり込む感触を一瞬感じたのち、「あっ、やべ」という言葉だけが、最後に聞き取れた言葉だ。
男ははるか後方へと吹っ飛び、校門に激突する。そのまま起き上がることもできず、ただ身体をわずかに痙攣させるばかりだ。
蓮たちが囲まれている校舎前から校門までは、おおよそ70mはあるだろう。
間にいた女生徒たちから、悲鳴が上がった。
「な……!」
どよめく男たちの中心で、紅羽蓮は突き出した拳を振っている。
「あっぶね、脳みそ貫通したら死んじまうもんな」
そして、囲んでいる男たちを睨む。
「……で、まだやるわけ?」
心臓を掴まれるような寒気を感じたが、不幸にもこの男たちは死線をくぐり抜け、生還した者たちであった。
自分の恐怖を制御し、戦う意志を陰らせることはない。むしろ、さらなる警戒のためか、得意の獲物まで取り出す始末だ。
やれやれ、と蓮は溜息をついた。
「なんでむしろやる気出してんだよてめーらは」
その言葉を皮切りに、男たちは一斉に間合いを詰めた。
前にいた男は4人。素手にナイフにブラックジャック。変わり種はヌンチャク。香港映画か。
まずはナイフを持つ奴から。刃物なんて振り回されて、愛に当たってキズなど付けられない。突き出された手を掴み、膝で肘を砕く。
絶叫とともに、ナイフを持つ手の力が抜けた。適当にナイフを蹴り飛ばし、ついでに男の腹も蹴り飛ばす。はるか後方、校門を越えた。もちろん立ち上がれるはずもない。
ヌンチャク野郎は頭狙い。ひょいと躱して顔面に掌底。くらりとしている隣で、ブラックジャックが降り下ろされる。ヌンチャク野郎を掴んで盾にした。硬いゴムが、ヌンチャク野郎の後頭部に叩き込まれる。あとはまとめてどつくだけ。2人一気に片付けた。
最後の素手の男は、拳に拳を合わせてやれば、向こうの拳が勝手にひしゃげた。
うずくまる男の頭に、横から蹴りを一発。これで前は全滅。
ここまでの所要時間は、おおよそ5秒。
後ろから蓮を羽交い絞めにする男がいた。しめたとばかりに、正面に男たちが回り込むが、これは悪手だ。
蓮は羽交い絞めする男の襟を掴むと、そのまま前へと腕の力を込める。
力任せのそれは、蓮の1.5倍はあろう男の身体を浮かせる。
正面に回った男は、その男に潰された。放られた男は、そのまま掴まれて他の男めがけて再度放られる。
「う、動くな!」
蓮が声のした後方を見ると、男たちが愛を挟んでいる。
「……そいつには手を出さないんじゃなかったのか?」
「う、うるさい!」
形勢逆転のつもりなんだろう。男の顔には若干の余裕がある。
そのにやけ面は、すぐに苦悶の表情へと変わった。腹部への衝撃とともに、男は校舎の方へと吹き飛ばされる。玄関のガラスを突き破り、校内へと突っ込んでいった。
もう片方の男は、何が起こったのかわからなかった。人質を取ったはずなのに。普通なら、多少なりとも動きを止めてもいいはずなのに。
そう思った直後には、太い首を手刀で打たれて、呼吸困難に陥っていた。
「人質取る気もないのに取るからそうなるんだよ。……で、まだやるか?」
蓮は愛を自分の身体に引き寄せると、倒れている男の頭を踏みつけた。
残っている連中は、ここまでやればさすがに心も折れたようで、力なく立つだけだった。
「ば、バケモノ……!」
蓮を見る男が、ポツリという。気づけば、周囲にいる全員が、そのような視線を蓮へと向けている。
「……そうだよ。だから、絡んでくるんじゃねえバカヤロー」
蓮が倒れている男の襟をつかんで、引っ張り上げた。男の意識は、完全に途切れている。
蓮の後方から、石が飛んできた。蓮はそれを首を振って、見もせずに躱す。
振り向くと、震えながら蓮を見据える女が一人。
「……は、放せ! うちの者を放せ! このバケモノ!」
随分と小柄な、それこそ蓮の妹の亞里亞よりも小さい。およそ高校生とは思えない体格である。着ている制服の豪華さから、特進科の女子なんだろうことは察しがついた。
「お、お嬢様……!」
倒れている男のひとりが声を絞り出した。
「……なんだ、お前がこいつらのご主人?」
「そ、そうよ!」
蓮は男の手を離すと、彼女に歩み寄る。近づいてみると、蓮の胸くらいまでしか身長がない。
こんなチビのガキンチョが、よくもまあ悪趣味なことをしてくれたものである。
「つまりは、お前が俺を襲えって言ったわけだな?」
彼女は黙って、目を逸らしてしまった。
「おい、こっち見ろガキンチョが」
蓮は彼女の頭を掴んだ。もちろん潰れるほどの力など込めるはずもない。だが、周囲にはにはそんなことは分からない。
トマトのように彼女の頭がはじけてしまうのではないか。嫌な想像に、全員の血の気が引く。
当の彼女の目には涙が浮かぶ。だが、気絶しないのはお嬢様としてのプライドゆえか。必死で蓮をただただ睨みつけていた。
蓮は、観念したようにため息をついて、彼女の頭から手を放す。圧迫された痛みに、少女はその場にへたり込んでしまった。
「二度とこんなことするんじゃねえぞ」
それだけ言い捨てて、蓮は颯爽と歩き去った。茫然としている愛の背中を叩くと、
「行くぞ」という言葉とともに、押していく。
その場にいた全員が、ただ、見送ることしかできなかった。
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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。
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蓮「ナチュラルにバケモノ呼ばわりしやがって、とんだクソガキだぜ」
愛「わかってたことだけど……紅羽さん、かなり強いよね? 格闘技とかやってるの?」
蓮「いや? ケンカしてたら慣れた」
愛「慣れでこんなになる!?」
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