1-XⅢ ~怪しい女は10円?~
「いやあ、一時はどうなるかと思ったよ……」
愛が溜め息をつき、ぐったりうなだれながらぼやく。
現在はお昼休み。教室にはいづらいので、屋上で昼食と相成った。それは綴編と大して変わらない。
2人が用意しているのは、愛が作った弁当だ。本日の安里探偵事務所メンバーの昼食は、全員同じ、愛の手作り弁当。
「しょうがねえだろ。知らねえもんは知らねえんだから」
「でも、バスケのルールでも、あれくらいはみんな割と知ってるよ?」
「……ま、こっちとしては良かったよ。面倒ごとにならなくて」
蓮がルールを知らないことが分かった後、十華は「信じられませんわ!」と言って去ってしまった。結局、事なきを得たわけだ。
「俺がやったら、ゴール壊しかねねえし、ケガとかさせたら面倒だしな」
「そ、そうなんだ……」
失笑しながらもお手製弁当に舌鼓を打っていると、蓮のスマホが鳴った。安里からの着信だ。
「もしもし」
「どうもどうもお疲れ様です。どうです? なんか怪しいお嬢様はいますか?」
「ああ、それなんだけどよ、見た感じ、普通だとお嬢様どもと絡むことなんかめったになさそうなんだわ」
「おや。それでは、怪しいお嬢様はいない感じです?」
「……いや、そうでもねえ」
蓮は安里に、平等院十華の事を話した。妙に突っかかってくること、他の普通科女子には目もくれないらしいこと。ついでに蓮にも絡んできたことも。
「何ですか、その10円玉みたいな名前は」
「10円玉?」
「平等院で10なんでしょ? だから10円玉」
「……10円ねえ」
蓮は超適当にオウム返しをした。だが、安里はどうやらこのあだ名が気に入ったらしい。
「で、その10円さんくらいなんですね?愛さんに絡んでるお嬢様っていうのは」
「まあな」
「調べてみる価値はありそうですよねえ。拉致でもしますか?」
「さらっと怖いこと言ってんじゃねーよ」
「冗談ですよ。でも、とにかく彼女から話が聞ければいいんですけどね……」
これ以上の進展があるわけでもない。安里たちは、別の切り口から調査をしている。桜花院での調査は自分の仕事だ。蓮は電話を切ると、大きく背伸びした。
「……午後の授業終わったら、その10円のところ行ってみるか」
「びょ、平等院さんね?本人の前で行っちゃだめだよそれ?」
蓮をいさめる愛だったが、彼女は口元を隠して震えていた。
思いのほか、「10円」というあだ名がツボに入ったらしい。
それから午後の授業になり、蓮はもうどうせわからないのでひたすらに周囲の気配を探ることに集中していた。
(……今日は随分とおとなしいんだな。昨日あんなに暴れたってのに)
今日、蓮が同行してから愛は一度も襲われていない。授業中に何者か乱入してきてもおかしくはないが、そういう事も一切なしだ。
念のために愛の両親が入院している病院も安里が見張っているが、そちらも特に何事もないらしい。
(となると、本気でいつ来るかわかんねえな……)
そうなれば、もはや周囲の気配を探るしかない。
そして、蓮の気配を探る様は、周囲の女子たちを怯えさせるには十分だった。何しろ普段から寄っている眉間のしわがさらに深くなるからだ。
そうして、蓮が警戒すること、およそ2時間。
結局何も起こらないまま、本日の授業は終了と相成った。
教室からさっさと出ると、蓮は愛とともに特進科の校舎に向かう。豪華な外装は、もはや宮殿に近い。
「でっけえ校舎だな、近くで見ると」
「入れるのかな。確か校舎に入るの、許可証みたいなの必要なんだけど……」
愛が言う前に、蓮は特進科校舎の受付に話しかけた。
「平等院ってやつに会いたいんだけど」
「……入校許可証は?」
受付に言われて、蓮は朝学校に来た時にもらった許可証を見せた。だが、受付のおじさんは首を横に振った。
「それは普通科用の許可証だよ。特進科の施設には、それじゃ入れないよ」
「マジか? 俺たち、そいつに用事あるんだけど……」
「ダメなもんはダメだよ。悪いがね」
「じゃあ、取次は?」
「怪しい奴を取り次がせるわけにはいかないからね」
受付がそう言い、じろりと蓮を見る。これ以上話してもダメだと感じた蓮は、おとなしく引き下がった。
「……こりゃ待ってるしかねえか」
「え、ここで?」
「ほかにどこで待つんだよ」
「で、でも……」
愛が言い終わる前に、蓮は校舎の前に陣取った。
「おい、君……」
「いいだろ別に。中入るわけじゃないんだから」
「そうは言ってもだな……!」
受付のおじさんが駆け寄り、蓮の胸倉をつかんだ。
「いい加減にしろ! ガキの遊びで迷惑こうむるのはごめんなんだよ!」
「……遊び?」
蓮はじろりと睨み、おじさんの腕を掴む。彼は腕を離そうとするが、逆にピクリとも動かない。
「こっちだって遊びじゃねえんだよ……!」
「ぐ……!」
おじさんが身をよじらせようとするも、ピクリとも動かせない。
その時、受付の電話が鳴った。
「で、電話だ! 電話に出させてくれ!」
おじさんの叫びに、蓮は力を込めていた手をぱっと放す。よろめきながらおじさんは受話器を取った。そして「えっ!?」や「はあ……」といった反応を示している。
やがて受話器を下すと、蓮たちの下へ再度歩み寄ってきた。
「……君たちの立入りを許可するとの、理事長からの電話だ。ただし、入ったら理事長室に来てほしい、とのことだ」
受付のおじさんは、そう言うと特進科校舎用の入校許可証を取り出した。蓮が持っていた普通科のものよりも、はるかに豪華な金縁の許可証である。
「これを付けて入りなさい。理事長室は中央階段を上って3階にある。くれぐれも粗相のないようにな」
「へいへい。……腕、悪かったよ、掴んだりして」
「構わんさ。これも仕事だ」
受付のおじさんにそう言って一礼し、蓮たちは特進科の校舎へと足を踏み入れる。おじさんが恐る恐る袖をめくると、手の形の青あざができていた。
「……ありゃあ、あのまま掴まれていたら破裂してたな」
おじさんの身体から力がどっと抜けて、受付の椅子へとへたり込んだ。
******************
校舎に入ると、どよめきが起こった。
もちろん、普通科の女子といるはずのない男子がいるのだから、当然と言えば当然だろう。
だが、意外なことに、校舎内には結構男性がちらほらと見受けられていたのだ。
「……こいつらは?」
「多分、生徒の執事とか、それこそ護衛じゃないかな。結構、狙われる人も多いみたいだから」
となると、案外こっちでは蓮のような立場の人間は珍しくもないのだろうか。その割には目立っている気もするが。
「……勿論、護衛の人もエリートの人ばっかりだから、風格というか、仕草からして違うね」
「どうせ俺はただのチンピラだよ。……で、理事長室は3階だったな」
そんな視線にさらされながらも、蓮たちは理事長室へとやって来た。ノックをすると、「どうぞ」という声が響く。
ドアを開けると、そこにいたのは精悍な顔つきをした女性だった。
「どうも。理事長の
そう言うと、彼女は応接用のソファを手で促した。蓮と愛は、そこに腰かける。
「……立花さんの護衛については、引き受けていただいて感謝していますわ」
「まあ、それは仕事なんで」
蓮はちらりと染井を見た。どうにも、こちらを警戒している節がある。
「……俺、何か問題でも起こしましたかね。明らかな事件とかは起こしてないつもりなんですけど」
「ええ。あなたは、特に事件を起こしているわけではありません。……問題があるとすれば、あなたの通っている学校です」
「学校? 綴編ってことっすか」
「安里さんから聞きましたが、あなたは綴編高校に通っているのでしょう。……そして、桜花院の生徒がかつて、綴編の男子生徒に暴行を受けた、という話は?」
「ああ、こいつから聞きましたよ」
蓮は、親指で愛を差しながら答えた。
「でも、昔の話しでしょ。俺には関係ないっすよ」
「それが、昔でもない、といったらどうしますか?」
「は?」
染井は、じっと蓮を見た。そして、ため息をつく。
「……事件があったのは10年前です。そしてそれは、今も被害者の女生徒の心を傷つけ続けているんですよ」
「10年前って……」
確かに、最近でいえば最近だ。当事者はどちらもとっくに卒業しているだろう。いくら出身校だったとはいえ、それでこちらが被害を被るのは迷惑な話である。
「事件の傷はいまだ癒えていないのですよ。それは、当事者をずっと見ているのでわかります」
「見てる?」
「……この学校で、あなたも見たことのある方ですよ」
染井の言葉に、愛ははっと顔を上げた。その顔色は青白くなっている。
「……先生?」
染井は、息を吐きながら頷いた。
「ええ。立花さんの担任、妻咲ユイカさんは、本校のOGであり、10年前の事件の被害者その人ですよ」
理事長室に、しばしの沈黙が流れた。言わんとしていることは、蓮でもわかる。
「……で、俺はどうすりゃいいわけ?」
「できることなら、桜花院へ来ないでほしい。直接会わなくても、綴編の男がいるというだけで、妻咲先生にはかなりの負担になる」
「そりゃ無理だよ。こっちだって仕事で来てるんだから。こいつが学校来るなら俺だって来なくちゃならねえし」
「護衛をかえてもらうか、あるいは立花さんを休学とするか……。いずれにせよ、あなたは出禁となるでしょうね」
ふむ、と蓮は考え込んだ。愛を襲う事件の犯人について調べなければいけない現状、桜花院に行けないというのはまずい。かと言って、蓮は学校のブランドのせいでこの学校に入ることは今後できない。
「……ちょい、確認するんで待ってください」
蓮はスマホにて、安里に連絡をかける。
「……つー訳で、俺、桜花院無理っぽいんだわ」
「なるほど、そうですか。そうなると、朱部さんにお願いする形になりますかねえ」
「というかよ、最初からそうした方が良かったんじゃねえの?」
「そうでもないですよ。ある程度、確信も取れましたし」
「は?」
詳しいことはあとで話す、という事で、蓮は桜花院に近づかないことを約束した。そして桜花院の特進科校舎を出ると、ずらりと男たちに囲まれる。
それは、普段の不良どもとは違う。どこか気品のある、スマートな動きをした黒服連中だ。おそらく、どいつもこいつも格闘技の経験があるのだろう。
襲撃者だろうか。蓮は愛を庇って身構えた。
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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。
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蓮「なんだか急に物騒になって来たな?」
愛「だ、誰なんだろう、この人たち?」
蓮「心配すんな。俺がちゃんと守ってやるから」
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