1-Ⅸ ~安里修一という怪物~

 安里探偵事務所に着くと、まずは車のトランクに詰めていた黒い男を引っ張り出す。朱部が秘密裏に隠しておいたのだ。


「……この人が、うちに火を?」

「まあ、これから聞くんですけど。間違いないでしょうね」

「おい、起きろコラ」


 蓮が男のわき腹に蹴りを入れる。手足を縛られている男は、咳き込みとともに目を覚ます。


「ゲホッ、ゲホッ! な、何だ!?」

「何だじゃねえんだよ、こっちの台詞だそりゃ」


 しゃがみこんだ蓮が凄む。男は全身の汗腺から汗が噴き出るのが止まらなかった。


「……お、俺をどうする気だ? 警察に突き出すのか?」

「わざわざ突き出すんなら、こんなことしませんよ」


 安里が男を見下ろして語り掛ける。その口調はいつも通り、おどけたようだ。


「ちょっと、お話聞きたいなって。素直に話してくれません?」


 男はそっぽを向いた。


「…………ふざけないで!!」


 愛が我慢できずに、男の襟を掴む。その目には涙が浮かんでいる。


「……なんで、私なんですか!? 私を狙うんなら、他の人がいる時に狙うのはなんでなんですか!?」


 力任せに、男を振り回すが、男は答えない。


「いい加減にしてよ! 理由があるなら、はっきりしてよ……! なんで、私なの……?」


 やがて握力が尽きたのか、愛は男の襟を離した。男の身体が、床へと落ちる。


「……どうして……?」

「それを調べるのが、僕らの仕事ですよ」


 安里がにこやかに、愛を男から遠ざける。そして、男の方へと向き直った。


「立花さん……いや、愛さんの方がいいですね。これから仲間になるんですから。僕のやり方というものを見てもらった方がいいでしょう」

「……え?」


 愛がその言葉に安里を見ると、彼の姿に違和感を覚えた。

 黒い髪、黒い目、黒いスーツ、黒い服。それに違和感はない。


 だが、手まで漆黒なのはどういうことなのか、全く分からなかった。手袋付けているかと思ったが、そうでもない。


 本当に、手が漆黒なのだ。


「その、手は……?」

「蓮さんから聞きましたよ? 僕ら、普通じゃないっておっしゃっていたそうで」

「そ、それは……」


 愛は不安げに蓮を見るが、蓮は心配ない、という風に目で告げていた。


「は、はい。朱部さんは銃とか、車とか普通に使うし、蓮さんは……すごいし」

「そうですよね。ま、別に隠してるわけじゃないんですけどね」


 すると、安里の黒い右手が、奇怪にうごめき始めた。


「自己紹介がてらパフォーマンスをしましょう。さて、まずはこの人ですが」


 右手はもはや手という定義を外れ、それは異形の触手といった方がいいであろう、そう言った形へと姿を変える。

 触手はうねうねと伸び始めて、男の目の前へと躍り出た。


「お、お前は……?」


 男が青ざめて安里を見つめた。安里は先ほどから、笑顔を一度も絶やしていない。


「じゃ、さっさと済ませますか」

 触手が、男の眼窩を貫いた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 男の絶叫が、事務所に響く。触手は目から体内に侵入しているようで、やがて男のマスクを突き破って飛び出てきた。


「愛さん、ちゃんと見ててくださいね? こういうの、慣れですから」


 安里は表情一つ変えず、触手を男に突っ込んだまま愛に話しかける。


「にしてもグロいから、とっとと済ませろよ。敢えてキモくしてんじゃねえ」


 すっかり慣れているのか、蓮は応接室のソファに座ってペットボトルのお茶を飲んでいる。


「はいはい。ええと……?名前は茅野悠斗かやのゆうと。年齢は28歳。結構若いですね。出身は宇都宮ですか。好物は餃子。安直ですね。職業は殺し屋で、他に仕事がなかったんですね。まあ、殺し屋稼業も落ち目なところに、今回の依頼が来たわけですか」


「あ、あが……!?」


 男……茅野悠斗は、驚きの声を上げた。

 自分の殺し屋としての名前は「黒川」だ。当然、この仕事の依頼を受けた時も、本名を名乗ろうはずもない。


 なのに、この男、本名を堂々と言い当てた。しかも出身まで。身分証も偽造していて、この事を知っているのは自分だけのはずだ。なのに、どうして知っているのか?


 戸惑っているのは、茅野だけでなく、愛もだった。


「安里さん、そ、それは……?」

「まあ、言っちゃえば超能力ですね。分かりやすく言ってしまうと」


 安里は触手をうねらせながらニコニコと笑っている。


「恥ずかしいんですけどね。一応名前を付けていまして。『同化』という能力なんです」


 安里修一曰く、「同化」とは。


 触れたものに自分が「なる」能力である。一度「なった」ものは、安里がその構造を記憶している限り再現することが可能であり、再現度をコントロールすることで自由に姿形を変えることができる、というとんでもチート、だそうだ。


「だから、こんなこともできますよ」


 安里がそう言うと、一度安里の顔が漆黒に変色すると、その形はやがて見覚えのあるような、ないような女の姿に変わっていく。


「あ、夕方の女」

「正解。じゃあ、これは?」


 蓮の回答に、安里の顔が再び変形する。

 やがて現れたのは、また別の女性の顔だった。


「……誰?」

「こんな奴いたか?」

「誰でもないでしょ」


 朱部の答えに、安里はやれやれと首を振った。


「朱部さん、もうちょっと引っ張ってもいいじゃないですかぁ。まあ、答えはですね。「適当な女性」です。誰でもない、パーツの寄せ集めですよ」


 やがて、女の顔から安里の顔はもとに戻っていた。


「……それは、安里さんの本当の顔なんですか?」

「どうでしょう?まあ、そう覚えてもらって結構ですよ」


 安里はそう言ってにこやかに笑い、ようやく男の顔から触手を抜き取った。触手は勢いよく縮み、やがて人間の右手へと形を変えていた。


「さて。彼から知りたいことは、大体わかりました。彼も、依頼人の詳細は知らないみたいです」


「ば、バケモノめ! 俺をどうする気だ!」


 茅野は叫んだ。黒い触手により、柄振られた眼窩は赤い空洞になっている。

 安里は彼をちらりと見ると、すぐに蓮たちの方に向き直った。


「今後の方針についてですけど」

「待て、待てよぉ!」

「うーん……朱部さん」


 安里が言うと同時に、朱部が麻酔銃を茅野に打ち込んだ。叫んでいた茅野は、一瞬でしゃべらなくなる。

 朱部は茅野を担ぐと、部屋を出た。


「じゃあ、ちょっと片付けが終わるまで休憩にしましょうか」


 安里はそう言って、にこやかに笑った。


******************


「結論から申し上げて、犯人は桜花院にいるのではないかと考えています」


 安里の一言で、事務所の空気が重く変わった。


「犯人は不特定多数の人間に「立花愛さん」への嫌がらせを依頼し、かつ、その「報酬を用意することができる人間である」という事。これらに該当するのは、彼女と接点があり、資金のある者。おあつらえ向きにお嬢様校ですからね、桜花院は」

「……学校の誰かが、私を恨んでるってことですか?」

「可能性としては。誰か身に覚えがある人、います?」


 安里の質問に、愛はうーん、と頭をひねる。


「いや……私個人としては」

「個人、ですか?」


 安里は眉をひそめる。何か含みのある言い方だった。


「桜花院はお嬢様校って言われてますけど、私みたいに普通の家の人も結構いるんです。それで、その……学校内では、いわゆる派閥みたいなのもできていて」

「派閥、ですか」

「2年生になると顕著になるんです。お嬢様は特進科、それで私は普通科なんです」


 愛がそう言ったところで、蓮が手を上げた。


「……本当にその学校の奴が犯人なのか? 報酬なんて、口でいくらでも言えるだろ」

「間違いないでしょう。報酬は前金で支払っている分もありました。それに、仮に報酬を払う気がなくても、愛さんの人間関係である可能性は高いでしょう。なら、まずは学校を調べるべきですよ」

「……わかった」


 安里に言い負かされ、蓮はおとなしく引き下がる。


「それで、本題はどうやって調べるか、ですけどね。今の桜花院に愛さんを行かせるのは、極めて危険だと思うんです」


 それは全員が同感していた。今までのケースだと、周囲に人がいて、巻き込むような事件になる可能性もある。プロの殺し屋まで雇うならなおさらだ。


「それで、護衛として蓮さんには彼女につきっきりでいてほしいんですよ。ぶっちゃけ、蓮さんなら巻き込まれても平気でしょうし」

「それに関しては否定しねえけど……。実際、学校の中とかどうするんだよ?」

「いや、行けばいいでしょう。桜花院。良かったじゃないですか、女の園ですよ?」

「そんな殺意のある女の園、嫌だよ……」

「まあまあ。こちらでも可能な限りサポートしますから」


 安里はにこやかに笑い、コーヒーを飲みほした。


「……やっぱり美味しいですね、コレ」


 そのコーヒーは、先ほど愛が淹れたものである。


「いやあ、これが毎日飲めるとは。雇って良かったですよ」


 そう言って笑う安里に、愛は困ったように笑って返すしかなかった。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


この作品を読んで少しでも「面白い! 続きが気になる!」と思ってくださった方は、★評価・♥応援・小説のフォロー・感想など、よろしくお願いします!!


安里「僕の能力、「同化」が初登場しましたね」

蓮「出やがったな、クソチート能力」


――――――正直便利すぎて、重宝する未来しか見えません。

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