1-Ⅷ ~炎上、立花家~

「……おいおいおいおい!」


 朱部が急ハンドルを切って戻るよりも先に、蓮は動いていた。

 車のシートベルトを引きちぎり、ドアを蹴り飛ばすと、すぐさま燃える家の中に駆け戻る。


「あぁ、車!」


 安里が叫ぶのも聞かず、蓮はすぐさま家の前に着いた。


 中で爆発が起こったらしい。吹き飛んだドアの向こうでは、誰かが倒れていた。それに、じりじりと燃えている炎も見える。


 ためらいもせず、中に飛び込む。倒れている人に近づくと、それは中年の男性だった。気を失っているが、特に目立つ外傷もなかった。


「い、今の音は……!?」


 階段を駆け下りる音がした。ぱっと見ると、降りてきた愛がいた。


「紅羽さん!? これは……!?」


 そう言いかけて、蓮が抱えている男性を見た彼女の顔が青ざめた。


「……お父さん!!」


 やっぱりか。蓮は舌打ちした。

 ちらりと炎を一瞥する。キッチンの設備が爆発したみたいだが、何が爆発したのかは不明だ。それらしきものはすべて、炎に吞まれている。


「とにかく逃げるぞ」

「は、はい。お母さんもいるんですけど……」

「俺が探してくるから、オヤジさん頼んだ!外に出たら安里と合流しろ」


 愛に父を預けると、蓮は家の壁を蹴り破る。人一人と折れるくらいの穴を簡単に作ると、そこから二人を押し出した。


「お母さん、奥の家用のキッチンにいるはずです!」


 愛の言い残した言葉をたどり、奥へと進む。爆発の衝撃で家の中にまで火は迫っていたない。

 奥の厨房へと飛び込むと、そこには愛の母親が倒れていた。


 ただし、彼女を抱える男とともに、だが。

 黒に統一した服で、顔をマスクで隠している。そして手にはナイフ。


「……てめえ、何してやがる!」


 男は母を投げ捨てると、蓮へ向けてナイフを向ける。どうやら完全にやる気らしい。

 蓮はじろりと男を睨む。そのたたずまいは、何かの構えというものは感じられない。


 男は一言も発さず、蓮へとナイフを突きつけた。それを半身で躱すと、そのまま裏拳を充ててくる。上体を反らして躱すと、次は回し蹴り。姿勢を変えずに飛んで躱した。


 ここまでの動きで、一度跳びすさり、間合いを取る。それからは攻めあぐねているのか、じりじりと足のみで間合いを詰めてきている。


 明らかに素人の動きではない。ナイフの扱い、それにそれを合わせた格闘術のプロフェッショナルだ。考えなくとも、先ほどの爆発もこいつの仕業だろう。


 まったく、安里の説が本当なら、とんでもないことである。


「お嬢様のいじめにしちゃあ……やりすぎなんだよ」


 蓮の身体から、赤いオーラがにじみ出た。……ように、男には見えた。

 ナイフを持つ手に緊張が走る。マスク越しでもわかるほど、呼吸が荒い。


 再び攻め込もうとした瞬間には、視界が真っ黒になっていた。


 男の顔面に、蓮の右膝がめり込む。そのまま頭をひっつかむと、勢いのまま厨房の壁をぶち破った。


 そしていつの間に掴んだのか、愛の母も抱えている。


 吹き飛ばされる男はそのままに、蓮は母を抱えて入口の方へ向かった。意識を断ち切るつもりで叩き込んだので、当分気が付くことはないだろう。


 入口に戻ると、近所の人たちが集まっていた。その中心に愛たちがいる。遠巻きにサイレンが聞こえてきた。消防を誰かが呼んだのだろう。


「お母さん!」


 愛が慌てて蓮の抱える母のもとに駆け寄る。気を失っているだけだとわかり、ほっとしたのかその場にへたり込む。


「……どうして……」


 火が広がり、燃え始める家を茫然としながら愛が見つめていた。目からは、一筋の涙が落ちる。


「……なあ……」


 声をかけようとする蓮を、安里が制する。首を横に振った。

 蓮はアイコンタクトで、安里に犯人らしき男がいることを伝える。安里はさらにアイコンタクトで、朱部に家の裏を見に行かせた。


「……それにしても。ですね」

「……ああ。こりゃあ、ひどすぎる」


 蓮の拳に力が入る。仮に拳の中に何かが入っていれば、何であろうと潰れるような力だった。


「許せねえ……!」


 到着する救急車と消防車による消火活動を、蓮たちは最後まで見つめていた。


******************


 幸い、愛の両親は命に別状もなく、かすり傷で住んでいたため、退院で済みそうだった。ただ、弁当屋部分は燃えてなくなってしまい、住宅部分も半焼という結果だった。近隣にまで広がらなかったのは不幸中の幸いだと、近所の人は言う。


「……で、立花さんはどうしますか?」

「……私、どこに行けばいいんですかね? 私がいるだけで、他の人も巻き込んじゃったら……」

「なら、巻き込まれても平気な人の所に行くしかないんじゃないですね」

「え?」


「立花さん、うちで働きませんか?住み込みで」


 安里がにこやかに、愛に問いかけた。


「実は困ってたんですよね。うち、料理できる人がいなくて。ご飯とかことごとくカップ麺とかなんですよ。あとはコンビニ弁当とか。おんなじ物ばっかりで飽きるんですよね」

「野菜とか、かじるか焼くかくらいしかやり方知らないし」


「……は、はあ……」


「お弁当屋さんの娘さんですもんね?お宅の手伝いなどされていました?」

「ええ、一応は……」

「なら、ぜひとも。私共にその料理をふるまってもらえませんかね?」


 安里は愛に頭を下げて頼み込んだ。さりげなく彼女の手を握ろうとするのを、蓮がひっぱたく。


「……で、どうすんだ。実際」


 愛は少し悩んだが、やがて肩を落とした。どうやらほかの案が浮かばなかったらしい。


「……お願いしても、いいですか?」

「こっちこそ、頼む」


 こうして、立花愛が安里探偵事務所の仲間になった。

 にこやかに笑う安里が、蓮の方へと向き直った。


「ああ、蓮さん。あと、わかってます?」

「わかってるよ。学校は当分さぼりだ」


 愛の護衛をするとなると、学校に行っている暇はない。もっとも、ほとんど出席など意味のない学校だから別に問題ないのだが。

 懸念すべきは、不良どもが小屋を荒らすことくらいだろう。それは、掃除すれば済む話だ。


「あと、立花さん絡みですからね。情報は本人にも共有しましょうか」

「……いいのか?」

「身内ですから、ね」


 安里はそう言って笑うと、一度着替えなどを回収してから事務所へと戻ることを告げた。


 一度蓮の家に行き、着替えを用意する。

 帰ると、家族一同目を丸くしていた。


「蓮ちゃん、しばらくお泊りするの?」

「おう。連絡もいいや。なんかあったらこっちからするから」

「そう言って、ほとんど兄貴連絡してこないじゃん」


 亞里亞のツッコミを無視して、蓮は着替え一式をカバンに詰めて家を出た。

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