1-Ⅴ ~石投げ犯の正体は?~

 男が目を覚ますと、視界は真っ白であった。


「な、何だこれ!?」


 よくスーパーなどでもらえるレジ袋だ。その中に自分が顔を突っ込んでいるという事を理解するのに、一瞬の時間を要した。


「起きましたね?奈多橋なたはしさん」


 奈多橋、と言われた男は、白い袋越しにぼんやり見える黒い影へと視線を向ける。声を発したのはこいつだ。


「あなたが気を失っている間に、ちょっと色々見せてもらいましたよ。奈多橋なたはし昭二しょうじさん、43歳。ホームセンターの定時社員さんですね」


 黒い影は奈多橋の勤めるホームセンターの名前を上げた。知らない人のほとんどいない大手である。


「な、何のつもりだ……?」

「いえね? あなた、ウチに石投げたでしょ」


 黒い影が話す中、奈多橋は身体が動かせないことに気づいた。手足を縛られ、首から下は見えないが、服を着ている感触がない。下着すら履いていない状態であった。


「危ないじゃないですか。子供の野球じゃないんですよ?」

「そ、それは……」


 奈多橋が何か言おうとしたと同時に、首の周りがきゅっと締まる。首が直接締まるほどの圧力ではないが、それでも袋が首の下を密閉してしまうには十分な力だ。


 呼吸に必要な空気が袋の中のみになり、へこへこと袋がしぼむ。


 このままだとどうなるのか、奈多橋は背筋が凍るような悪寒とともに気づいた。


「ま、待って、待って!助けてくれ!」

「助けて? 勘違いを。危ないことはしていませんよ?」


 黒い影が言うと同時に、袋の口が緩む。ほっとすると同時に、再び袋の口は締まった。


「わああああああああああああああああああああああ!!」


 奈多橋の絶叫が袋の中に響く。


「な、何が! 何が知りたいんだよ!?」

「おや、何か教えてくれるんですか?」

「な、何で俺がこんなことをしたのか!」


「お金積まれて頼まれたんでしょ? SNSに上がってた高額バイトで」


 声の言葉に、奈多橋の胃がきゅうっと縮んだ。


「なんで、知って……」

「あなたのスマホを見たんですよ。スマホでこのビルの2階に投げ込むように言われたんですね」

「そ、それは……」


「あなた、結構生活に困窮していたんじゃないですか?借金の督促メール、すごい量ですよ」

「そ、そうだよ! ここに石を投げるだけで、10万もらえるんだ!」


 観念したのか、開き直ったのか。奈多橋は元気を取り戻し、袋の酸素の事も忘れて叫んだ。


「なんでだよ、それだけのはずだったのに! なんでこんなことになってんだ!?」

「……さあ?」


 黒い影はおどけたように肩を竦める。そして奈多橋の視界から消えていった。

 去り際に、首もとが緩み、息ができるようになる。だが、手足は依然縛られ、全裸のままであることは変わりなかった。

 奈多橋は何とか身をよじって、手の拘束だけでもどうにかならないかと必死にもがいた。縛られているのは手首に巻き付けられている縄が原因だ。何とか縄抜けができないかと手をすぼめて引く。

 それを1時間もしていると、やがて手の縛りが緩くなっていくのを、奈多橋は感じていた。もう少し、もう少しだ。

 1時間も放置されていることをどこか不自然だと思いながらも、どうにかこの縄をはずすことが先決である。その考えが頭を支配していた。

 それゆえ、奈多橋は縄を外し、顔を覆う袋を外すまで気づかなかった。


 自分のいた場所が、クリア板で囲まれていただけの場であるという事に。


「……え?」


 周囲の音は一切聞こえないが、自分のあられもない姿をスマホで撮影している人が多数。やがて、パトランプの光とともに警察がやって来た。

 つまりは、自分の痴態はずっとさらされていたという事か?

 奈多橋は一瞬顔面を紅潮させたが、すぐに蒼白となった。


「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫ぶ彼の声は、クリアケースの扉が開かれて初めて歩行者天国に響き渡った。


******************


「えー、と言うわけで。彼は結局雇われの嫌がらせ要因だったわけですが」

「と言うわけで、じゃないんですけど!?」


 安里探偵事務所でコーヒー片手に話し出す安里に、愛がツッコんだ。


「あ、あそこまでやる必要はあったんですか!?事情を聴くとか、それだけでよかったんじゃ……」

「まあ、それが大人の対応だってことは分かってはいますけど。僕、未成年なので」


「え……未成年? 安里さんっていくつなんですか?」

「16歳です」

「同い年じゃないですか!?」


 愛はさらに叫んだ。


「え、学校とかは……?」

「僕、海外の大学を飛び級で卒業しているんです。なので大卒ですよ」

「ええ……」


 呆気にとられる愛をよそに、安里は奈多橋から押収したスマホや財布を調べていた。


「手がかりになりそうなのは、メールくらいですかね。最後にメールがあったのは、あなたがこの事務所に来た直後です。つまりは、あなたがうちに来たのを確認して、石を投げるように指示した」


 指で空を回しながら、安里は思考を巡らせる。


「依頼と言うのは、こういうことでよろしいですか?」


 問いかけに、愛は重い頷きで答える。


「石投げられるっていうのは初めてなんですけど、何と言うか……多いんですよね。こういう、嫌がらせを受けるってことが」


「……朝のアレもか?」


 話を聞いていた蓮が、間に入った。


「はい。……あれで、3回目です」

「3回!?」

「しかも、こうなったの、ここ最近なんです。……1ヵ月くらいかな」

「1ヵ月!?」

「それはまた、多いですね」


 蓮は、朝自分が引き倒したあのデブのオッサンの顔を思い出した。


「……アイツもか?」

「いや、そこまでは……。顔、見てないんです。怖くて」


 まあ、そりゃそうか。下手に騒ごうとしてさらに危険な目に遭ってもおかしくないのだから。


「ふむ。ちょっとその人、当たってみましょうか」

「でも、名前もわかんねんだぞ。どうすんだ?」


 安里は、その問いにニヤリと笑う。


「なに、そこは探偵の本領発揮という事で」

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