1-Ⅵ ~襲い来る者たち~

「蓮さんが助けたという事は、同じ車両ですよね。何線の電車です?」

徒歩とある線、午前7時55分発」

「はいはい。何両目かってわかります?」

「えっと……」

「5両編成の、4両目です。いつもは5両目なんですけど、今日は混んでたので隣に移ったので、覚えてます」

「ありがとうございます。徒歩線の4両目ですね~」


 言いながら安里はパソコンの画面をいじる。そして、パソコンの画面をプロジェクターに繋いだ。


 白い事務所の壁に、混雑した朝の満員電車の様相が現れる。


「……ええっ!?」

「これで間違いないですかね?」

「おう。ここ、俺だ」


 蓮は人ごみの中から、わずかに飛び出ている赤いとげのようなものを指さす。蓮の頭のツンツンの部分だ。


「いや、待って!? なんでこんな、電車の中の映像があるんですか!?」

「まあそれは、企業秘密ですね。えーと、今日の痴漢さんは……?」

「こいつだ。このデブ」


 蓮が見覚えのある男を指さす。その前には愛がいたので、こいつで間違いない。


「じゃあ、彼が何者なのかを、ちょっと調べてみましょうか」


 安里が画面を操作すると、男が拡大される。スーツ姿の男の、でっぷりした顔がアップになり、一同顔をしかめる。


「何かヒントになりそうなものは……と。あ、ありましたね」


 安里が拡大したのはスーツの襟の部分だ。そこには、白い何かが付いている。


「バッジですよ。こういうの、会社によって違うんですよねえ」


 よく弁護士だったり検事だったりが付けているイメージのあるバッジだ。企業によってあったりなかったりだろうが、この男の会社は作っている企業らしい。


 画面上のバッジの解像度を上げ、どのようなバッジが使われているかがわかる。どうやらロゴのようだった。


「会社のロゴですかね。多分これ、アルファベットの『B・B』でしょう」

「……これだけじゃ絞れねえな」

「いや、そうでもないですよ」


 安里はそう言うと、バッジを切り取って画像検索にかける。

 ちらほらと、同じようなバッジの画像がヒットした。


「こういうバッジは、製作事例として業者が画像を載せているケースもあるんです。あとはこのサイトに行けば……ヒット」


 画面には、「黒熊不動産」の文字が表示される。


「徒歩線の沿線で、支店がありますね。ここの3つ先が最寄り駅です」

「わかりました。行きましょう」

「……え、ちょい待てよ。BBで、何で黒熊?」


 その場にいた全員が、意を発した蓮を見た。

 目を丸くする一同の視線に、蓮は冷や汗を垂らす。


「なんだよ。俺なんか変なこと言ったか?」

「あの、その……」

BLACKブラックBEARベアー


 朱部がぽつりと言った。蓮はさらにそこから3秒ほどで、ようやく理解するに至る。


「……あっ」

「さて、ウチの蓮さんの頭の悪さが露呈したところで、行きましょうか」


 呆れるように発された安里の言葉に、全員が外出の準備を取る。だが、安里は蓮を手で制した。


「待った。蓮さんと愛さんはダメです」

「あ?なんで」

「相手が警戒するに決まってるでしょう。何しろ、朝に痴漢した女の子とガラの悪い男の子ですよ?」

「でもよ……」

「いいから、留守番してなさい」


 安里と朱部はそのまま、足早に事務所を出て行ってしまった。


 ぽかん、とした蓮と愛は、そのまま応接用の椅子に座る。


「……行っちゃった」

「まあ、言ってることも妥当っちゃ妥当だな」


 それから、2人の会話はぱたりと止まってしまった。蓮は首を鳴らし、愛はそわそわとしている。


「あ、あの」

「あん?」

「朝は……ありがとう。それに、さっきも」

「ああ、あの石か」

「その……朝から思ってたんだけど、あなた、何者なの……?」


 愛の怪訝な視線は、至極まっとうだ。ビル間を悠然と飛んだり、飛んできた石をノールックで掴んだり。


 百歩譲って後者はまだいい。問題は前者の方だ。


「あなただけじゃないわ。安里さんや、朱部さん……なんか、普通の人じゃない、って感じがするんだけど……」

「……アンタが気にすることじゃねえ」


 蓮は愛の言葉を一言で一蹴すると、うーんと上半身を伸ばした。

 しかし、一方の愛はどうも気になるようで、蓮の方をじっと見つめている。


「……とりあえず、お茶でも飲むか?」


 彼女の視線から逃れるように、蓮はソファから立ち上がった。


 そして、事務所のキッチンへと向かう足が、2,3歩で止まる。そして、蓮は舌打ちした。


「……全然、暇なんてないじゃねえかよ」

「紅羽さん?」


 愛が蓮の舌打ちに立とうとするのを、蓮は彼女に覆い被さる形で遮る。


「えっ……!? ちょ、ちょっと!?」

「動くな!」


 蓮が叫ぶと同時、先ほどとは別のガラスが割れる。

 飛来物を蓮は見やった。火炎瓶だ。


「どんどん過激になって来やがった……!」

「ど、どうして……?」

「こっちが聞きてえよ!」


 愛を庇うように、蓮は上体を起こす。彼女を押し倒したことについては、この際言ってなどいられない。


 少し目を閉じると、周囲の気配を探る。このビルに用事のあるような酔狂な者は少ない。それはこの事務所でバイトをしている1年強ですっかりわかりきっている。


 ビル周囲に数人。明らかに通行人でない挙動をしているのが4人。

 悟り、下にいる愛を見る。一人にするわけにはいかない。だが、あいつらをほっとけば確実にエスカレートするだろう。安里たちが戻ってくるまで籠城、という手も、連中がどこまでやるかわからない以上、愛に及ぶ危険は計り知れなかった。


「あ、紅羽さん……?」


 彼女は不安げな顔でこちらを見る。密着している彼女の身体からは、震えが伝わってきた。


 蓮は頭を掻くと、その場から立ち上がった。

 それと同時に、頭に固いものがぶち当たる。先ほどと同様の火炎瓶だ。


 だが、蓮は微動だにしない。瓶自体は粉々に砕け散ったものの、目を開いたままぐらつくこともなかった。


「……おい、アンタ」

「は、はい?」


「ここにいろ。それで、ソファの下で絶対に動くな」

「で、でも……」


 戸惑う愛だったが、蓮の様相の変化に彼女の動きも止まる。


 蓮の表情や姿勢、仕草は一切変わらない。だが、明らかに周囲の空気が違う。


 近くにいるだけで押しつぶされそうな、そんな重圧を纏い始めていた。


「……さっき言ってた、何者って話な」

「え?」

「ちょいとだけネタバレしてやる。ここにいる奴はまあ、普通じゃねえ。まあ、俺が一番まともだとは思ってるけどな」


 蓮がポキポキと指を鳴らした。そして、首の骨も。


「―――――――俺は、まあ、簡単に言えば、『最強』なだけだ」


 愛がその言葉を聞いた瞬間に、蓮の姿は目の前から消えていた。


 それと同時、ビルの外からおぞましいほどの悲鳴が上がる。


 それも、同時に4ヵ所。


 呆けていた愛は悲鳴に我に返ると、あわててソファの下に潜り込んだ。そして、身を隠してじっとする。


 それから、30秒も経っただろうか。


 事務所のドアを開ける音がした。

 愛が恐る恐るソファの下から覗き込むと、そこにいたのは紅羽蓮である。


「だ……大丈夫だったんですか?」

「おう。なんてこたなかったよ」


 蓮がソファに座ると同時に、愛はソファの下から出た。


「おう、そうだ。ちょっと手伝ってくんないか」

「え、何をですか?」

「片付け」


 蓮はそう言って、手招きしながら事務所の外に出る。愛はそれに付いて、事務所のドアを開けた。


 事務所のあるビルの前は、ひどいことになっていた。


「な、何ですかコレ……?」


 そこにあったのは、ざっと30人はいるであろう人の山だった。そのいずれもが意識を失い、乱雑に積み上げられていた。


「4人かと思ったら、ぞろぞろ出てきやがって。ここじゃ邪魔だし、ひとまずどっかに連れてかないとな」

「で、でも、事務所に連れてくんですか?」

「まあ、それしかねえよな。とはいえ、アンタ一人にするわけにもいかないからよ」

「は、はあ……」


 蓮のいう事に多少戸惑いながらも、愛は手伝いとして周りの様子を探っていた。


「あ、そうだ。アイツに電話してくれ」

「安里さんにですか?」

「おう。あと、多分まだ来るから早く戻って来いって」

「わ、わかりました」


 愛は蓮のスマホを借りると、ラインで通話を始める。

安里に電話が通じた時、「そうですか。わかりました」とだけ返された。


 そうして、30人もの不届き者どもを事務所に運び終えたのは、おおよそ10分ほどである。蓮が一度に5~6人しか運べなかったのだ。通路が狭いせいで。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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安里「全く、いきなり火焔瓶投げてくるなんて、たまったもんじゃないですよ。ねえ、朱部さん?」

朱部「掃除するのは全部私で、貴方は何もしてないけどね」

安里「ハハハハ。……すいません」

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