第9話 さようなら

「ディアナ! もう一度、僕を候補に入れてくれないか? 心を入れ替えるし、勉強だって真面目に頑張る! だから…っ!」


 立ち上がり、机を乗り越えようとするジャンを後ろに居た従者達が急ぎ取り押さえました。


「私と子供はどうするの?!」


「う、うるさい! 僕は平民になりたくないし、犯罪者にもなりたくないんだ!! 僕を愛してるなら身を引けよ!!」


 あっさり女性とそのお腹に宿る子供を捨てましたわね…。

 とうとう女性の方が泣き始めました。泣きながらジャンを罵っているようですが、泣き声交じりなので何と言っているのかわかりません。


「ディアナ、僕は君を、君だけを愛して――」


「同じ事を何度も言わせるつもりですか。絶対に、お断りですわ。さようなら、ジャン」


 最後まで言わせずに遮った私の言葉を合図として、従者の一人が応接室のドアを開けます。その前に立ち並ぶ、我が家の騎士達。辺境に置いて彼らの強さを知らぬ者は居ないでしょう。彼らは立ったまま胸に二度拳を打ち付け、主君足る私達に簡易の礼を取ると、手早く行動に移ります。


「は、離してくれ! 僕はまだ!!」


「お願い、離して! 私は関係ないの!」


 裁判から逃げないように、罪人として運ばれて行くお二人。


「ディアナ! 僕は、ディアナあぁぁっぅぐふぅ…もががっ…」


 扉が閉まっても聞こえる呼び声。途中で口を塞がれたようですが、あの様子では牢から解放される事なく、次に会うのは法廷になるでしょうね。それまでにどこまで反省し、改心されるのか。態度次第では多少の温情があるかもしれませんが…正直言って、そんなジャンの姿は全く想像付きませんけれど。


「さて、予定の昼食の時間まではもう少しあるな。ディアナ、疲れているだろう。部屋で休んでいなさい」


「はい。そうさせて頂きますわ」


 お祖父様の優しい言葉に甘えて、疲れを自覚していた私は自室に戻る事にします。お祖母様はもう少しお祖父様と話したいようですので、退室するのは私だけです。


「………最後まで、謝罪の言葉がないとはな」


 去り際、静かになった応接室でポツリと呟かれたお祖父様の言葉が、妙に私の耳に残りました。




 あれから一年後に、私は候補から一人を選び、正式に婚約致しました。女辺境伯となる私を支えてくれる、この方となら共にどんな困難な道でも歩んでいけると感じたことが決め手でした。

 更に二年経ち、来月には結婚式を挙げる予定です。私よりもお祖母様が張り切っており、招待客のリストや教会の飾り付け等、最終確認に余念がありません。もちろん、私の結婚式ですので、気恥ずかしさや嬉しさが混じったような不思議な心地を感じながら、どこかそわそわしながら準備を進めております。


 そうそう、招待客にはあのボクス男爵家の名もあります。主家である当主の結婚式の招待を受ける事は大変栄誉ある事ですので、喜んで参加されるとの返信がありました。ボクス男爵は嫡男が爵位を正式に受け継ぎましたので、健康面でも安心ですわね。


 あのジャンについてですが、あの後の裁判は通常数か月続く場合があるところを何と一ヶ月も掛からず、終わりました。何せ、被告人本人が私の姿を法廷で見つけるなり、『結婚してくれ』と叫ぶだけで弁明らしい弁明もなく、最後には猿轡を付けられる始末。反省も謝罪も、最後の最後までなく、もはや有罪一択しかありませんでしたもの。


 貴族法に則れば、貴族でない者が貴族として身分を詐称し有罪となった場合、刑罰は全財産没収の上、生涯投獄されるか最悪死罪となります。ただし個別の家名を詐称した場合は、名を使われた貴族家に対しての賠償金が必要となりますので、投獄や死罪の代わりに罪人として未開拓地への派遣や鉱山送り等もありますわ。働いたその賃金が全て賠償金に充てられるのです。


 当然、ジャンは鉱山送りとなりました。病気になろうと死のうともその身が帰ってくる事はありません。当然今どうしているかなど、私は一切知りません。それが罰なのですから。


 一方で、妊娠されていた女性の方は、賠償金はありますが、厳しい修道院にて生涯神に仕える事と無償で働く事となりました。生んだ子供も併設されている孤児院に預けられますので、だいぶ温情が懸けられた形になります。法廷ではしきりに謝罪し反省した姿でしたし、彼女はまだ改心出来る余地がありましたからね。ジャンが辺境伯となる事を信じていたからこその暴挙だったようですわ。


 今、私の手元には二つの形見があります。

 私の母が着たウエディングドレスを私用に手直しした、純白のドレス。

 私の父が身に着けていたカフスを美しいレースに縫い付けた、チョーカーネックレス。

 汚れもなく色褪せてもおらず、どちらも大事に取っていた物でした。この屋敷から腕利きの仕立て屋に運ばれて、この手に戻ってきたところなのです。私の結婚式にこれ以上なくふさわしいモノに生まれ変わり、私はきっと誰よりも幸せな花嫁になりますわ。




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