第10話 おまけ


 ある日のこと。

 とある修道院から私の元へ、一通の手紙が届きました。




『慈悲深き女辺境伯 ディアナ・モンド様へ


 春の気配が修道院の庭を彩り、駆け回る子らの心躍る笑い声が響く今日この頃。お変わりなくご活躍のこととお喜び申し上げます。

 私のような者から不躾な手紙を送る事、伏してお詫びいたします。けれど、一度限りで良いのです。貴方様に感謝と謝罪を改めてお伝えしたかったのです。


 温情を掛けて下さり、本当にありがとうございました。

 そして、たくさんのご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。


 死罪となっても可笑しくなかった私ですが、貴方様の温情により子を産むことが許されました。

 産まれた子は、女の子でした。ジャネットと名付けました。罪人の子として育つより孤児院の中で健やかに育つ事はあの子にとっても良き事でしょう。母であるとは決して言えませんが、その成長を傍で見る事が出来る、それだけで私は一生の幸運を使い切ってしまった思いです。親子共々こうして生きていられるのは、全て貴方様のおかげです。深く感謝いたします。

 あの時まで、どうして何も考えずたった一人から与えられた情報を鵜呑みにしていたのか。町の方々からの不可解な反応をどうして気にしていなかったのか。今では私自身信じられません。思い返すたびに稚拙な自分が恥ずかしく、反省しております。ご迷惑をおかけしたこと本当に心からお詫びいたします、ごめんなさい。


 結婚なさったとの噂をお聞きしました。心から祝福いたします。誰よりも幸せになってください。先輩シスターから私のような者の祈りも神様は聞き届けてくださると教えて頂きました。遠く離れたこの地より、神様に貴方様へ多くの幸せ在らん事を祈り続けることをお許しください。

 お目汚し、大変失礼いたしました。』




 その内容は、謝罪と温情への感謝の言葉が連なり、産まれた子の事を少しと、私の幸福を祈る手紙でした。一枚の便せんにびっしり書き込まれており、貴族に送る手紙としてはぎりぎり許される範囲でしょうか。平民の方が貴族式の文章を書けるとは思いませんし、恐らくは元貴族のシスターに多少書き方を教えてもらって書いたのだと思います。季語らしき文章や、言い回しなど努力した形跡が見られますしね。

 その手紙には差出人の名前がありませんので、返事は致しません。それで充分なのでしょう。


 私はその手紙を、そっと引き出しの奥に仕舞い込み、目立ち始めたお腹を優しく撫でたのでした。

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