第二十一話 予感

 いつの間にこの病室に入って来たのだろうか。

 二人の話に夢中で校長先生の存在に気付かなかった!!


 少なくとも魔力だなんだと言った話を聞かれたのだとしたら頭が可笑しくなったのではと思われても仕方ない。

 僕の額に汗が流れていく。


「御剣君、お見舞いに来たよ」

「あ、ありがとうございます」

「……ん? 君たちは?」


 校長先生は近くの机に持ってきた花束を置く。

 話を聞いたわけでは無かったのだろうか、彼の興味は話の内容では無く、ノムとベルの二人に向いているようだった。

 僕の心配は杞憂だったみたいだ。しかし、想定外の別問題発生! 二人を何と説明すればいいのだろうか。


 ノムとベルの二人は空気を読んでいるのか大人しく校長先生を見つめていた。


『『こいつ(この人)は誰じゃ(ですか)?』』


 前言撤回、脳裏に二人の言葉が聞こえてきた。

 そりゃそうだ、二人がこの人のことを知っている訳がない。


「あー、僕の一番偉い上司である校長先生がお見舞いに来てくれるなんて嬉しいです!」


 と、回りくどく言ってみた。

 実質的には理事長が一番上でその次が校長だけれど、僕は理事長に会ったことが無いからな。

 いや、厳密に言えば関わりが全然ないだけで、入学式とかの式典の挨拶は何度か見かけたくらいである。


 何はともあれ、これで彼女たちに伝わっていればいいんだが。


「何故そんな回りくどく言うんだ……?」


 と校長の方は疑問を浮かべているみたいだが無視する。

 二人のことを何て説明すればいい? 二人は聖剣ですってか。いや、正直に説明するのはマズい。

 そうだ、今着ている服装は学校の制服! この状況を利用しよう。


「え、えーと。で、彼女たちは生徒です! 僕のお見舞いに来てくれたようで……」

「生徒? 俺は全生徒の顔と名前を覚えているんだが、二人には見覚えが無いぞ?」


 そう言われて言葉に詰まる。


 あわわわ……この校長、凄すぎだろ! 全生徒の顔と名前を覚えて居るって!?

 嘘をついているようには見えないのが校長先生だ。恐らく本当のことだろう。

 校長先生は自発的に朝の挨拶に偶に参加している姿を見かけるのだが、高等部の生徒の名前も知っていたような気がする。


 誤魔化し失敗。次なる策を出す。


「あ、いや……本当は僕の親戚でして。海外に住んでてつい最近遊びに来てたんです」

「なるほど、親戚か。ならどうして僕の学校の制服を着てるんだい?」

「え! あ、えーっと。妹! 妹の制服を貸してたんです。どうやら可愛い制服に憧れがあるみたいでして!!」


 この誤魔化しはどうだ!! これならば別に不自然な点は無いはず!!

 僕の答えに暫く何かを思ったようで、校長先生はノムとベルを見た。

 静まり返る病室に、僕の唾を飲む音だけが聞こえる。


 校長先生のへの字になっていた口元が徐々に上へと向き、笑みを浮かべた。


「ハハハ! そうか! 親戚か! とても美人さんだったからびっくりしちゃったよ! 妹さんも可愛いし、御剣一族は美形一族なのかな、なんてね」


 そう言って大きく笑う。ここ病室なんですが! お爺さん隣に寝てるんですが! そんなことはお構いなしのようだ。

 というかさりげなく僕の容姿には触れなかったのも気になる。いや、まぁ確かに僕は美形では無いけど!!


 校長は僕の上司と言うこともあり注意も出来ない。おろおろとする僕を見てか、慌てて口を紡いだ。


「失敬、ここは病室だったね」


 かろうじて常識は持ち合わせていたようだ。

 冷静になった校長はこほんとひとつ咳払いして言う。


「さて、私が来たのは君のお陰で生徒に被害が出なかったことを伝えたかったからだ、鹿島、中山両名には私からもこってりと絞った。次から無茶はしないだろう。本当にありがとう」


 それは感謝の言葉だった。

 被害ゼロ、それが表す意味は……鹿島と中山は無事だということだろう。


「二人は無事だったんですね!!」


 その報告が聞けただけで僕は安堵した。

 あの後ゴブリンを引きつけることに夢中で避難したかまでは見てなかったからな。本当に良かった。


「しかーーーし!! 君が無傷とは言え気絶するほど無茶をしたことには変わりない! 私がどれだけ心配したか……!!」


 感謝から一変、校長先生は人が変わったように僕を叱った。

 上司からの叱責、僕を心配してくれている感じがして本当に申し訳なくなる。

 二人の救助を志願したのは僕で、それを認めたのが校長だったから彼が心配してくれたのは事実なのだろう。


「ん?」


 校長先生の言葉に疑問が生じる。

 無傷? 僕はゴブリンにやられた左腕を見る。

 力強い打撃を喰らった。痣の一つは覚悟していたが……怪我はない。


「無傷ですか……?」

「ん? あぁ、病院の先生から聞いたよ。意識が戻れば今日中には退院できると。しかし、学校はまだ閉鎖しているから少なくとも再開は明後日になるだろうな。明日は休むように!」

「はい」


 ふと、ベルを見やるとVサインしていた。

 彼女が傷を直してくれたのかもしれない。

 回復に特化しているとか聞いたから、多分魔法で回復してくれたのだろう。


「まぁ校長先生とやら、心配するな。我がある――」

「本当に申し訳ないです! 以後気をつけまぁああす!!」


 僕たちの会話を聞いていたノムだったが、一区切りついたと睨んだのか会話に入って来た。

 ノムが何かを言い出しそうになったため、僕はすかさず彼女の口を手で塞ぐ。

 我が主とか言いそうになったよな!? 直前で阻止出来て本当セーフだ。


「わがある? て、御剣君、彼女が苦しそうだが!?」

「(校長先生が帰るまでは静かにしてて、な?)」


 我が主とか呼ばれているのを校長に知られたら今までの誤魔化しがパアだ。

 小声でノムに言う、しかしノムの返事は……。


『すまんな、主よ!!』


 脳裏でそう言うと、彼女は唐突に手から黒い靄を出した。あれは見たことがある。

 確かベルを眠らせた魔法にそっくりだ!! その光景を見て驚く校長先生が、靄に包まれる。

 校長の意識が無くなり倒れる前にベルが椅子に座らせた。連係プレイだ、最初からこうするつもりだったみたいに。


「な、何で校長先生を眠らせたんだ?」

「申し訳ございません、ご主人様、私がお姉さまに頼みました」


 申し出たのはベルだった。

 なるほど、今まで静かだと思っていたのは念話で会話してたからなのか。


「ご主人様は世間体というものを気にしていらっしゃることをお姉さまから聞きました」

「あ、あぁ……」


 朝、そんな話をノムにした。

 僕が彼女たちを拒否した理由が世間体だった。ノムから聞いていたらしい。

 それと校長先生を眠らせたのとどう関係があるのだろうか。


「私、考えましたの。もし、私たちがご主人様の生徒になれば世間体を気にする理由が無くなるのでは、と」

「そうじゃ、じゃから我らが留学生とやらになれば、主の家に住む理由が出来ると考えたのじゃ!! ベルはやはり天才じゃな!!」

「留学生!?」


 留学生制度は白蘭学園にも存在する。


「つまりホームステイ先を僕の家にして世間体問題を解消するってのか!?」

「そういうことです」


 ベルが得意げな表情を浮かべて言った。

 そういうことなら確かに世間体問題は解決する。

 いや、教師のアパートに住むことは問題だが、高等部で、ホームステイ先が見つからないとの事情で教師の家をホームステイ先にした留学生が居るのも事実だった。


「留学生か……よくそんな考えに至ったな」

「それはご主人様の家でこれを見つけたからですわ」


 と、どこからか白蘭学園のパンフレットを取り出した。

 そこに留学生制度に関して書いてある。彼女たちは異世界の存在なのにどういうわけか日本語が読めるらしい。

 そもそもの話、日本語を話せている時点で言語の問題はクリアしているのだろう。


 ラノベを読んでて思っていた、日本人、異世界語を簡単に習得しすぎ問題は彼女たちにも適応されているのかもしれない。

 それならば日本の学校に行ける資格を有する。


「でも、校長先生を眠らせたところでどうする? 留学生と言っても、パスポートとか、資料とか必要になるだろう?」

「そこで彼の出番じゃ。この校長とやらは主の一番偉い上司なのじゃろ?」

「そうだけど……」

「ならば彼に何とかしてもらうのじゃ。資料の改ざんとか」

「えぇ!?」


 僕が制止の声を上げる前にノムは校長先生の眠る傍に立って、両手を頭に載せた。

 そのまま靄を出す。


「あががががががががががががが!!」


 明らかに人間の発する音じゃない!!


「ちょ、ノム!?」

「大丈夫じゃ。ちょっと操るだけで……」

「それが大丈夫じゃない!!」


 しかし、今無理矢理はがしても悪影響が出る恐れがあるから無闇に手が出せない!

 数秒、そのまま時間が経過し、ノムは汗を拭った。終わったらしい。


「ちょ、大丈夫なのか? 白目向いてるぞ!?」

「我は聖剣じゃぞ? 人を操る魔法くらい造作もない!」


 かなりスタミナを消費しているようだが、その慎ましい胸を張りながらどや顔で言う。いや、そっちの心配をしてるんじゃないけど!?

 直後、校長先生の白目に黒目が戻った。意識を回復させたらしい。焦点が合っていないのかボーッとしているようなので声をかける。


「あ、あの……」

「留学生、資料、造る」

「へ?」


 な、何か単語だけ言い出した。メッチャ怖い。


「ふっ、何でもない。御剣君、まだ医者を読んでないならナースコールで呼ぶと良い。退院できるぞ」

「へ、あ、はい。大丈夫ですか、何かされてませんか?」

「何かされるとは?」

「あ、いえ。気にしないでください」


 先ほどの壊れたおもちゃみたいな言動は気のせいだったのだろうか。

 校長先生は何事も無かったように席を立つと、笑みを浮かべながら背を向けた。


「では、私は帰るよ。留学生……君の親戚の子の資料をかいざ……作成しなくてはならない」

「え」


 ばっちり洗脳されとる!! 本当に大丈夫なのか!? 心配が勝つぞ!?

 校長先生はそのまま病室を出て行ってしまった。静寂が病室内を包み込む。


 と、その時、ピロン! と机の方で僕のスマホの通知音らしきものが鳴った。

 聞き覚えがある、僕のスマホの通知音だ。幸いにも壊れていなかったらしい。

 僕は机の上にあったスマホを手に取ると、画面を開いた。


「なんですかそれ」

「確か朝に音を発しとった機械じゃな」


 と、ベルが覗き込んでくる。ノムも気になったのか覗き込んできた。


「あぁ、これはスマホと言って連絡用の道具だよ。この機械で色んな人と連絡が取れるんだ」

「私たちの世界でいう【念話機】という魔道具みたいなものですか?」

「いや、君たちの世界の道具は僕には分からないけど……うわっ」


 そう言いながら操作すると、未読メッセージが94件あった。

 その内二割が幼馴染グループのメッセージ……異界の門のせいでタックーが業務に出ることになったようで、その愚痴が占めていた。

 で、八割が我が妹からの熱いメッセージだった。


『お母さんは無事』

『業務があってお見舞いいけない』

『大丈夫? まだ目が覚めてない?』

『お医者さん、嘘ついてたんだ』


 エトセトラエトセトラ……医者をぶっ飛ばしかねないメッセージに冷や汗が溢れる。

 早急にメッセージを返した。


『今起きた。聞いたよ。蓮華ちゃんが助けてくれたんだね、ありがとう』


 そう打つと、業務中であろうにも関わらず数秒でメッセージが返って来た。


『よかった!! 今日、忙しくてさ!!』

『そうなんだ』

『うん、今ニュースでもやっているけど日本中が大変だったんだよ!』


 日本中が大変だった? 異界の門は五久市で発生したのに? 僕は蓮華のメッセージを見てテレビを付けた。

 運が良いのか、そのままニュースが表示されている。

 病院のテレビで、イヤホンを繋げなければ音は出ない。

 しかし、画面だけで何が起きたのかが分かった。


【日本四か所で異界の門発生! 死傷者数合計200人を超える!】


 どうやら五久市だけでなく、福岡、香川、北海道で異界の門が発生したらしい。

 その映像が映し出されている。あの奇妙な青白い光。間違いなく異界の門だ。


 思い出すのは先ほど見た本当に起きたであろう夢……二人と出会った洞窟内でも僕はあの青白い光に遭遇した。

 ノムとベルは出現したモンスターのことを知っていたようだし、あの現象は二人と関係あることは確かだろう。

 いや、二人だけでなくあの異世界が関わっているのは間違いない。


 僕は何かに巻き込まれてしまったことは容易に想像できた。

 その予感は当たることになる―――。


 けれども今の僕はただテレビのニュースを見ることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る