第二十話 倒れた原因

「……て、ノム! ベル! 何だその恰好!?」

「開口一番がそれとは、元気そうでなによりじゃ」


 彼女の言葉にはっとして辺りを見る。

 正面とカーテンで仕切られた隣に空いたベッドが点在。当然、僕の横にもカーテンで仕切られており、隣の様子をちらりと覗くとお爺ちゃんが寝ているようだった。


 どうやら入り口から見て四人部屋の病室の左奥で僕は寝ていたらしい。

 むにゃむにゃと気持ちよさそうに眠る隣のお爺ちゃんを起こさぬよう、小声に直しつつ二人に言った。


「いやいや、そりゃ服気になるでしょ! 学校の制服だし!」

「やはりご主人様の勤めている学校の制服でしたか! そうだと思っていたんです」


 うんうんとベルが頷く。


 彼女たちが身に纏っていたものは甲冑ドレスではない、何故か分からないが見覚えのある白蘭学園中等部の制服を身に着けていた。

 白を基調とした清潔感ある制服……の筈が、大きさはまばらだが全体的に青い点で染められていて違和感満載。

 まるで返り血を連想させる色の着き方に、そういえばゴブリンの血の色が青色だったことを思い出した。まさか……ね。


「お主をこの施設に運んだ女子おなごがこの服を着ておったのでな。ピンときたのじゃ」

女子おなごって……」


 僕を病院まで運んだ女子生徒? そう聞いて一人しか思い浮かばなかった。


「もしかして、その女の子ってツインテールの?」

「ついんてーる?」

「あ、いや、髪の毛を二つの束に結っていなかったかなと」


 ツインテールを知らないのか。分かりやすく指で二つのわっかを作りながらジェスチャーで伝える。

 その髪型に思い当たる節があるらしい、ノムはポンと掌に拳でハンコを押すような仕草をしながら言う。


「あぁ、そんな髪型であったな」


 やっぱり! 僕の妹……パワー・ガールが派遣されていたらしい。

 一体蓮華に何があったのだろうか……いつもならヒーロースーツに身を包んでいるのに制服で出動するだなんて……。

 ただ、僕を病院に運んだのが妹であれば、ヒーローが五久市に派遣されたということだ。


「……二人は妹に会ったのか?」

「妹とはそのついんてーるの女子(おなご)のことか。ならば会ってはいない。主は朝言っておったろう、世間体がどうとか。我も面倒ごとは避けたい。じゃから隠れておった」

「そうか! それは良かった」


 ノムの証言にほっと息を吐く。

 もし妹に会っていたら、ノムとベルのことどう説明すればいいか分からないもんな。


 残る問題はあの二人……鹿島、中山の安否か。

 既にもう事態は収集しているだろうと考える。


 現にサイレンの音が聞こえないのが例だ、窓から見える太陽の光は既に赤く染まりかけており今は夕方であることが伺える。

 僕は何時間寝てたんだろうか……。異界の門が発生してからかなりの時間が経っていることは想像できた。

 ベルとノムは鹿島と中山の事は知らないだろうし、後で知っている人に聞いてみよう。


「で、何で二人は制服に?」


 今はこの疑問を解消するのが先だろう。


「ご主人様が教師であることを聞いていたので、この制服を着たら喜んでいただけるかと思いまして」

「いや、僕は制服フェチだから教師になったわけでは無いから喜ばないが!?」


 僕にそんな趣味は無い!!


「ハハハ、冗談じゃ」

「そもそも制服はこんな青くない! もっと、こう、白い!」

「ふむ、文句が多いの。とすればこうか?」「こうですか?」


 二人は輝いたかと思えば青く染まっていた制服がちゃんと違和感のない、元通りの制服に戻っていた。


「あ、あぁ。合っているがどういう仕組みだこれ……」


 朝も二人はこうして服を身に着けていたな。

 起きたときは裸だったのにいつの間にか甲冑ドレスを着ていたんだ。


「これも魔法によるものじゃ。魔力を練って外見を変えておる。こうして人間の姿になっているのも我らの魔法じゃ」

「またしても魔力か、魔法って便利だな……」


 魔法、ね……。

 いつの間にか『魔法』に関して僕の中で浸透したらしい。

 何度も摩訶不思議なことを体験したのだ、流石にもう驚かなくなっていた。


「そういえばあの時の『結界・・』も多分魔法なんだよな。一体どういう原理なんだよ……」

「「!!」」


 僕の言葉に二人が反応した。 え、何?


「ご主人様、今『結界』と言いませんでしたか?」

「へ? あ、え。確かに言ったけど……。あれ、夢の話だっけ?」


 そうだ、結界はさっき見た夢の話だ。

 ここで起きた話ではない。けれど、ノムとベルは興味津々のようだ。


「夢とな。どんな出来事を見たのじゃ?」

「いや、暗い洞窟で二人に出会う夢……だったような。結界で外に出られなくてどうしようかと悩んでた時に二人が話し相手になってくれて……」

「それで?」

「ノムとベルを台座から引き抜いて結界を破ろうとしたところで終わった、いや待てよ……これも現実なのか?」

「そうです! 私たちが出会った時の事です! 思い出したのですね!」


 ベルは僕が話した内容に嬉しそうな表情を見せる。


「なるほどの、その出来事は事実だ。恐らく、ベルと魔力を一体化させたことで記憶を回復させたのだろう。ベルの得意分野は聖属性……回復じゃからな」

「魔力の一体化?」

「はぁ……主には説明することが多くてしんどいのじゃ。主は体験したはずじゃぞ。ベルを掴んだときに繋がった感覚を。それを我は一体化と呼んでおる。」


 魔力の一体化。


 そう言えば、あのゴブリンに一太刀入れる前に、一体化した感覚を僕は確かに体験した。

 その影響で僕が気絶している最中に見たあの長い夢は、本当の僕の記憶を映したのだろう。

 でなきゃ僕とノムとベルが出会った事実をどう説明すればいいんだ。


「そうか……。思い出したよ」


 だとすれば一つ聞かなきゃならないことがある。


「あの時、契約するときに僕の魔力を使うとか聞いてないような」

「へ?」


 先ほどの夢を思い出す。アノ絶望的な状況で二人は提案してくれた。

 けれども『契約』については何も聞いていなかったことを思い出した。


 多分、契約で重要な要素である『魔力』について。


 この契約のせいでベルに殺されかけたこと、今でも覚えて居るからな。


「君たちは聖剣を扱うことが出来る契約だと言ってただけで、魔力について何も聞いてないような」

「そ、それは……。説明が面倒だっただけじゃ! 主には説明することが多いのでな! 毎度説明するのも面倒だったのじゃ! 特にあの時は一刻も早くあの場所から抜け出したかったからな! それに後でキチンと説明した筈じゃぞ!」

「確かに! 君たちが僕の魔力で活動できることは聞いた! けどそれは契約した後……家の中でだ! まだ説明していないこともあるんじゃないか?」


 僕の問いにノムは何かあったっけ? と首を傾ける。

 しかし、ベルは何か心当たりがあるようだった。


「恐らくですが……ご主人様が倒れたのは魔力不足が原因かと」

「魔力不足?」

「ええ、魔力不足になった私たちが眠るように、ご主人様も体内の魔力が枯渇してしまうと気絶してしまうのです……」


 な、なんだって? 確かに急に意識を無くしたと思ったよ。

 ストレスのせいかと思っていたがどうやら違ったらしい。


「ちょっと待ってよ。魔力は僕が寝ているときに補充したって言ったよな? それ以降僕は魔法なんて使ってないし魔力が切れるなんて……」

「何を言っておるんじゃ。聖剣の力を使う、即ち魔力を消費しておるのと同義。ベルを使用した時、あの一振りで主が知らぬうちに魔力を消費したのじゃ」

「あ、あの一振りで!?」

「そうじゃ。それに、聖剣の力はそんな物ではない。例えば身体能力が向上しとるはずじゃ」

「身体能力の向上……」


 そういえば朝、僕の体は妙に軽かった。

 レスリング部のインターハイ選手を倒したし、ゴブリンだってバールで吹っ飛ばした。

 それに加えて階段の上り下りもスムーズだったような……。


 考えられることは一つ、ノムの言ったことが本当なのだとしたら。


「想定外なことは一つ……。主の魔力量は想像以上に低い! 一般人に比べれば多いのだろうが勇者に比べれば遥かにな。じゃからあそこで気絶したのじゃ」

「な、何だってーーーーーーー!!!」


 気絶する前、校舎から僕を追うゴブリンの声が聞こえた。

 妹が助けに来てくれたから助かったのであって、もし誰も助けに来なかったら……僕はどうなっていたんだ!?


 そう考えると自然と声が大きくなってしまった。


「元気そうじゃないか、御剣君」


 そんな時、入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 カーテンに手を伸ばし、その声の主を見る。


「こ、校長先生!?」


 お見舞いに来たのだろうか。

 相変わらずしわ一つないスーツが特徴的な髭おじが手に花束を持ち病室に入ったようであった。

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