エピローグ 新たな脅威

「じゃあ、お前たちはこの校舎を調べてくれ。何か異変が起きればすぐ連絡するように」


 夕焼けの光が辺りを照らしていた。

 異界の門発生から9時間――ヒーローの活躍により、既にモンスターは一掃されている。


 課長が複数の警官の部下に指示を出したのは午後18時頃だった。

 彼らの仕事はモンスターの残党を調査すること、ヒーローがいくら倒したとは言え、今回の敵は相当数がいたようで生き残りが居る可能性があった。

 そうすれば街に危害が及ぶかもしれない、そこで集められた警察の人間が複数のチームで周辺を捜索するよう指示が出されていた。


 見つけたら報告、弱っているようなら処分せよ。との指示を。


「くそっ!」


 その中で悪態をつく男が一人となだめる男が一人。


「まぁまぁ、今日非番だったのに呼ばれたくらいでそう怒るなよ北上きたがみ

「……すみません、先輩」


 一人は、御剣大都の友人である北上きたがみ拓志たくしとその警官の先輩である。

 現在夕暮れ時で電灯が校舎の廊下を照らしており、その中を様子を見ながら二人組で進んでいく。


「でも違うんですよ! 友人と飲む約束をしてたのにドタキャンしてしまったんですよ」

「まぁ滅多に無いとは言え、この仕事柄突然呼び出されることはあるし仕方ないことだ。その分、特別手当も出るしいいじゃねぇか」

「金よりも酒ぇ……」


 そんな他愛もない話をしながら教室や室内、トイレを確認しては移動していく。

 異常は見られない。異常はない方がいいのは分かっているが、折角の非番を台無しにされて少し腹が立つ。

 学校に来たのは久方ぶりだった。高校を卒業してから警察学校に通ったがあそこは学校と言うよりも監獄……いや、やめておこう。


「それにしても『異界の門ゲート』の発生した中心地だったからか、酷くやられているな」


 先輩が辺りを見渡しながら呟く。

 その発言には同意だった。窓ガラスは強化ガラスを採用しているらしいが、力技で割れている部分が複数見受けられる。


 夕焼けと相まって、拓志はまるでゾンビに浸食された世界で生き残ったJKが学校に暮らすアニメを思い出して重ねて見た。


「白蘭学園だったから良かったものの……県立とかのまだシェルターが整備されていない学校だったら大変だな、こりゃ」


 ハハハ、と先輩は力なく笑う。

 白蘭学園はシェルターを設置している学校の一つだが、全国各地の学校にはまだ普及されているわけでは無い。

 大規模なシェルターの設置にはかなりの金額がかかるため、国の予算では全国の学校にシェルターを設置するなど未だ実現には至っていないとニュースで見たことがあった。


「そういえば、この学校に俺の友達が勤めてるんですよ」

「この白蘭学園に?」

「えぇ、タイトって言って高校の時に知り合って、今では飲み友達です」

「いいなー。俺の友人は皆、色んな場所に行って中々会えないからな……。羨ましい!! 大事にしろよ?」

「勿論、他にも友達はいますがアイツには助けられてますからね。大事な友達……親友ですよ」


 高校に入学したばかりだった当時を思い出す。暗くて友達が居なかったあの頃を。

 けれどもそんな拓志にも友人が出来た。

 今でも付き合いのある友人を。


「あぁ! くそ!! やっぱり飲みに行きたかったなーーー!!」


 酒は唯一のストレス発散方法だ。けれど、一人での酒では無く一番は友人と飲むということである。

 非番の日くらいは楽しく飲みたかった。


 そんな拓志のイライラを見てか、先輩警官の一人が提案した。


「ま、俺も早めに終わらせたいし二人で分かれて現場を見るか?」

「いいんすか?」


 何かあった時速やかに対応できるため原則二人一組で行動することが指示されている。


「いいでしょ。ヒーローがモンスターを全滅させたのならそうそう生き残りなんて居ないだろうし、なんなら早めに終わらせて俺と一杯行くか?」

「それは素敵な提案っす! じゃあ先輩は二階で、俺は三階を見ます」

「よし」


 夜にまた誘っても断られる可能性は高い。

 なら、交友を広げると言う意味で先輩と飲みに行くのも悪くないだろう。

 そう判断した拓志は先輩の言葉に頷くとすぐさま行動を開始させた。


 階段を登って先輩と分かれた拓志は迷うことなく三階へ、るんるん気分でふと廊下を見渡した。

 電灯は点いてはいるが夕暮れと相まってどこか奇妙に映る。

 独りぼっちがその気持ちを加速させているようだ。


「何か気味悪いな……」


 ぽつりと呟く。

 嫌な予感が胸を過ぎったが、そのもやもやした感じを振り払うように前を見た。


 早く飲みに行きたい。ならば行動に移すのみだ。


 教室の明かりは付いていない、一々自分で付けないと室内を確認できないので面倒だと感じる。


 と、そんな中少し奇妙な事に気付いた。廊下を見渡してそのうちの一つの教室に電気が付いているのである。

 誰かの消し忘れか、はたまた誰か居るのか。


 ゆっくりと教室に近づいていく……そのまま音を立てずに屈みこむと、明かりのついている教室をちらりと覗き込んだ。


「えーっと、約束通りならこの中に~」

「!?」


 今、現場は封鎖されてて立ち入り禁止である。

 誰も居ない筈の教室、そこに女性らしき人の影が見えたのだ。

 見間違いかと電灯の明かりはバッチリとその姿を映していた。目視できた、幻覚では無かった。


 後姿しか見えないがクッキリと布が食い込んだお尻にスラリと伸びた腰。

 背中には蝙蝠らしき羽がはえていて長い黒髪が彼女の妖艶さを醸し出す。美しい肢体をしている、と拓志は思った。


 コスプレなのだろうか。

 以前行ったコミックフェスでそんなコスプレをしている女性に会った記憶があった。

 それにしても随分と際どい衣装である。自ずと釘付けになっていた。


 彼女が何をしているのか知りたい。


 そう思った拓志は彼女の行動を見つめる。

 どうやらその女性は掃除ロッカーを開けているようだった。

 中に何が入っているのだろうか、拓志からでは机や本人が邪魔をして覗けない。


「……! ……!!」

「これは……と活……す……」


 誰か……居るのか? つまり、教室で誰かとコスプレ逢瀬を楽しんでいるのか?

 相手の声はバッチリ聞こえないが誰かと話しているようである。けしからん。

 校舎で楽しんでいる不届き物がいるとは。羨ましい!!(本音)


 そんなことを思った拓志は注意しようと立ち上がった瞬間――掃除ロッカー内が液体で広がった。

 ブシュッ! と何かが弾ける効果音と共に、彼女の後ろ……即ち、拓志の方に飛んでくる。


 それは頭だった。


 化け物の頭。これはニュースで見たときと同じモンスターの頭だ。

 化け物と拓志の視線が合った。


「ヒィッ!!??」


 思わず拓志は叫んでいた、その声に女性に気付かれることを考えずに。

 その場を後ずさる。しかし、進行方向の先には壁が無い空間であるにも関わらず、柔らかいものにぶつかった感触が拓志を包んだ。


「だーれだ」


 先ほどの際どい衣装の女性の声だ。女性の感触がそこにあった。

 指が拓志の肩を抑え、その場から逃げ出そうとする拓志を離さない。

 教室内に女性の姿は無かった。ということは、つまり、あの教室内から一瞬で背後に!?


「あら~、まさかこんなところに人が居るなんて……結界を貼っておいた筈なのに……。あぁ、なるほど」


 彼女は独り言を呟いている。何かに納得している様子であった。

 恐怖で顔が動かない。だから彼女が何者か確認できない。

 そんな様子の拓志にケタケタと笑う女性。


「き、君は何者だ……!?」

「アタシが何者? それを聞いてどうするの?」

「報告する……!! 不審者だろ、君!?」

「別に不審者じゃないけれど仲間が来るのは面倒ね~。まぁ報告は出来ないのだけど。君に決めたから」

「俺に、決めた?」


 何を言っているのだろう、と拓志は思った。


「そう、決めたの。だから教室に入って中央に立って」

「なっ!!」


 彼女の命令、それは従う意味を持たないただの言葉。

 そんな言葉に素直に体が動いていた。意思と関係なく動いていく様はまるで操り人形のようだった。

 拓志は教室の中央に立った。体は動かない。そんな様子を見た女性は愉快そうに笑った声が聞こえた。


「じゃじゃーん」


 女性は彼を後ろから抱きしめるように腕を体に絡ませながら手に持っている何かを見せた。

 それは結晶のような、綺麗で神秘的な塊のようだった。


 その塊に薄っすらと先ほど目の合ったモンスターの姿が映っているようだった。


「な、何だこれは!?」

「これはもう一つのアナタ。そのアナタは魔王様の命に従うの。この世界を支配する使命を下してくださる」

「何を……言って……」

「そのために犠牲となってね、人間」

「な……ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 塊を彼の左胸に突き刺した。そこにあるのは心臓である。

 視界は自身の血で赤く染まり、激しい痛みが襲う。

 ドックドックと心臓の高鳴りが早くなるのが分かった。

 止まるのではなく、凄まじい速度で脈が上がっている。体が熱い。熱くて言葉が出ない!!


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「あはははははははは!! ああ! 魔王様!!」


 元々小太りだった容姿がブクブクと次第に肥大化していく。そのたびに痛みが止まらない!!

 内側から何か入り込んで、このまま爆発するんじゃないかと思う。あるのは恐怖。

 その最中、今まで見えなかった女性の顔を拓志は一瞬見た。


「そ、その顔は!?」

「ざぁんねん!! 惚れちゃった? でも自惚れんなよ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 痛くて何も考えられない!!

 そうして、意識は完全に閉ざされたのであった。



***



「お、おい! 大丈夫か!?」


 誰かにゆすられているみたいで意識を覚醒させる。

 何だか頭がぼーっとしているようだ。


 目の前に居たのは見覚えのある男、そうだ。先輩だ。


「先輩?」

「あぁ、全然お前が報告に来ないから何かあったんじゃないかと見に来たんだ。そしたらお前が倒れてて……何があった?」

「いえ、こけて頭を打っただけです。特に何も」

「こけて頭を打った? ったく! 驚かせるんじゃない。気を付けろよな」

「はい。ご心配ありがとうございます」


 拓志は笑みを浮かべて先輩に謝罪した。


※これで第一章は終わりです。

この小説のフォローやレビュー、感想下さりありがとうございます!(嬉しい)

第二章更新は九月を予定してます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る