第十七話 ヒーローの戦闘
「モンスターは!?」
「もう出現しているみたい。ここから見る限りでは大型や中型では無さそうだ。数はあるように見えるけど」
流れ星の観察結果に蓮華はホッとする。大型や中型は強いモンスターが多く戦いづらい。それに街へのダメージも深刻になりやすく、シェルターに避難している人にも危険が迫る場合が多い。
対して小型は比較的戦いやすい。数が多いのは厄介だが二人でも何とかなるだろう。
「時間短縮の為に高速に乗るルートで五久市に向かいましたが、その判断は不味かったかもしれません」
運転手の爺が何かを見つけたらしい、今まで速かったスピードが緩やかになる。
その呟きに反応して蓮華はフロントガラスを見つめる。先には車が停止しており、渋滞になっていた。
「な、何で……」
「恐らく警察が交通規制をしているのでしょう。異界の門がでてますからね。下道ならもう少しは行けたかも知れませんが……」
「爺、朱音さんからどう行けばいいかルートは聞いてないの!?」
「いえ……ただ、五久市に行けと」
「んもう! あの人は!」
車は完全に停車し、渋滞の一部へと成った。
強引に行けるようなスペースも無い。万事休すだ。
ここからは自分の足で行けというのだろう。無茶なことを要求してくると蓮華は察する。
「仕方ない。爺、お疲れ様。ここからは走っていくことにするわ」
「ここからですか!?」
「えぇ……。ヒーロースーツに着替えるのを忘れてたから着替えたいのだけど……。
そう言ってスクールバックから目元を隠す仮面を取り出して装着した。
「むっつりスケベは酷いなぁ」
「事実でしょ」
「揶揄っているだけだよ。君の反応は面白いから」
「そんな恰好で言われても変態にしか見えないわ!」
彼の黄色いヒーロースーツは、世間ではカッコいいと評価されているが蓮華含む一部ではタイツの変態と見られていた。
イケメンだからこそこの恰好も許されるのであろう。流れ星の好みで作成されたらしい。もう少しマシな恰好でもいいのに……、と蓮華は思っている。
「まぁ、それは置いといて、真面目な話をしよう。異界の門は既に開かれている。走って行くんだろ? 僕が連れて行ってあげようか?」
超速のスピードを持つ彼の提案に、蓮華の顔が歪む。
「嫌! アンタに触れられたくない」
「今はそんな事気にしている余裕は無いと思うんだけど……」
流れ星が街に目をやると、そこからは黒煙が上がっていた。どこかで火があがっているようだ。
ヒーローが来なければモンスターたちは好き勝手暴れる。時間が経てば猶更、街への被害は拡大するだろう。
それに、お母さんやお兄ちゃんの安否も気になる。お兄ちゃんは学校のシェルターに避難している可能性が高いが、お母さんはちゃんと公共のシェルターに避難できたか……。
スマホに未だ連絡が無いことから不安だった。
「……あああ、わかった! アンタの提案に乗る」
「そうこなきゃ」
「変な所触らないでよね!!」
車を降りて、流れ星は蓮華をどう運ぶか思案する。抱っこやおんぶだと拒絶されるだろうし、走りづらい。
超高速に計算された彼が叩き出した結果は……肩に担ぐことだった。
この体勢ならばスピードも出せるし、嫌がらないだろう。本当はふざけたい所だったが異界の門は既に開いている。対処が先だ。そう判断した。一応、流れ星もヒーローである。
案の定、不服そうな顔で担がれる蓮華を運転手は心配そうに見つめた。
「あああ、足に触れて……!!」
「おんぶや抱っこはダメだろうからと、君のことを考えてこんな恰好で運ぶのに他に何処へ触れろと? お尻?」
「……足でいい」
「あと、振り落とされないようにしっかりと僕を掴むんだ。絞め殺さないように加減してくれたら嬉しいけど」
「わわわ、分かった」
流れ星の指示に従い、蓮華はぎゅっと彼を掴む。どくんと流れ星の心臓が跳ねた。
幸い、蓮華には流れ星が顔を真っ赤にしていることに気付いていないようだ。
こうして密接に触れる機会は滅多にない。流れ星が彼女に淡い恋心を抱いているなんて思いもしないだろう。
「じゃ、じゃあ行くよ」
今まで冷静に保っていたが、思わず噛んでしまうほど少し高揚していた。
勿論、そんな彼の気持ちを蓮華は知る由も無い。
「行ってらっしゃいませ。お嬢様、流れ星様。お気をつけて」
運転手の送り出しに、彼女は頷きで答えた。
――刹那。足を踏み出す、力強く地面を蹴り、前へと進んだ。
まるで時が止まったかのように周りは動きを止める。木々も、車も人も。音もゆっくりに聞こえる世界。その中を駆け進んでいく。
実際は流れ星の思考が活性化し、頭の回転が早くなったことでそう見えているだけだ。
車を避け、高速を降り、障害物の少ない車道の真ん中を通って五久市を目指す。
住民はちゃんと避難しているみたいに見えた。通った道すがら人の気配は無く、がらんとしていて誰も見当たらない。
キチンとヒーローカンパニーの通知が町内に届いているようで安心する。もしかしたら建物に居るかも知れないが。全部を調べることは無理だ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
足を止めて息を吐く。その瞬間、時間は動き出した。
想定よりも距離があったらしい。消耗したスタミナを回復させるために息を整える。
「げほっ、ごほっ」
一方蓮華は咳を出していた。超速が人体に与える影響は少なくない。
重力がかかるのだ。普通の人間ならば高速道路から五久市までの距離でも耐えきれず吐く。ただし、流石はパワー・ガールと言えよう。咳を出すだけで済んでいるようだ。
「五久市に……着いたの?」
「あぁ。やっぱり距離があると疲れるな~。細かく見たわけじゃ無いけど見た感じ人の姿は無かったかな」
その報告を聞いて安堵した。連絡が行き届いているのなら、特にお母さんは避難している可能性が高いからだ。
「本当に一瞬みたいね……。あっという間に着いた。ちょっと苦しいけど」
「ちょっと苦しいだけなら大丈夫だよ」
「……で、いい加減降ろしなさい? このまま力技で降りることも出来るけど」
肩に担がれたままの蓮華の抗議に、仕方なくその場で降ろす。
初めてシッカリ触れることが出来た温もりを手放すのは心残りだったが殺されたくはない。
「異界の門はどこ?」
「あそこだよ。もう閉じかけのようだね」
流れ星が指を差した先、そこはよく知っている。大都の勤める白蘭学園の敷地である。
白蘭学園が見える距離まで移動したからか、異界の門の青白い光が直ぐ近くで確認できた。
流れ星の言葉通り、モンスターを一定数出現させた門は次第に小さくなり、そのまま消え始める。渦巻いた雲は正常に元通りになり空を流れた。
「白蘭学園の敷地に!?」
「そのようだ。もうモンスターは増えることはないだろうけど、かなりの数が街に居る」
流れ星の言葉に、蓮華自身も察知していた。辺りにモンスターの反応を。
『グゲゲゲ、グゲゲゲ……』
気味悪い笑い声が聞こえる。その声はモンスターが発したものだ。
視界に捉えた一匹はまるで子供のように小さな容姿、緑色の肌が奴らを不気味に映す。明らかにモンスターだった。
「気味悪い……!!」
蓮華は視界に捉えたモンスターに突っ込んでいった。モンスターも同様に蓮華へ棍棒を向ける。
左手の甲で棍棒を弾き、右手で拳を作る。拳はモンスターの腹を目がけ、腕の筋力のみでその体を吹っ飛ばした。
青い返り血が制服を濡らす。ヒーロースーツで来なかったことを少し後悔した。
『『グゲゲゲゲゲゲ!!』』
そんな後悔する隙に、背後から襲う二つの人影。
しかし、体勢を立て直す寸前に意識を刈り取られ、その場に崩れた。
首から出血しているのか血が噴き出ている。死んでいるようだ。
「
「僕の攻撃にはモンスターを殺傷できるような力はありませんから。それを言うならパワーちゃんも大概では?」
流れ星の手には小型のナイフが仕込まれていた。それで首を掻っ切ったらしい。
しかも相手が襲う最中に高速で近づいたのだ。多分、直ぐに首が切られたことを理解していなかったと思う。
対して蓮華の放った一撃は、小型のモンスターには強すぎた。
壁に激突し、ぼろぼろになった死体がコンクリートにめり込み、原型を留めていない。
えらくあっという間に倒せるモンスターに流れ星は微笑んだ。
「それでは、どちらが多くモンスターを倒せるか勝負でもしますか?」
ゲームを提案できるぐらいに弱いことを先ほどの戦闘で悟る。
「するわけないでしょ……。そんなことより、はやく倒しましょ。この街の人を守るために」
断りながらも、このモンスターを弱いと思っていた。
個々の力は全くない。確かに戦闘能力の無い一般人であれば集団で襲われればどうしようも無いだろうが、ヒーローカンパニーに所属するヒーローであれば力で対処できるだろうと。
暫く見つけたモンスターを狩り続け、その数が数十匹を超えようかとしたとき。
突如何かを破壊したような音が蓮華の耳に入って来た。厳密に言えば小さな音であったが。
「今の音……学園の方からよね?」
何だか嫌な予感が胸の辺りを過ぎる。
この音にお兄ちゃんが関わっているような、そんな予感を。
「流れ星、この辺りのモンスターを任せるわ! 私行くところがあるの!」
「え、ちょっと!」
無性にこの音が気になっていた。確かめずにはいられない。
足に力を込めてそのまま跳躍する。そのままおよそ50メートル先に着地。またしても跳躍し、学園へと急いだ。
急にこの場を任された流れ星は困惑しつつ彼女を見つめる。普通の人間が飛べる距離ではない。パワーガールだからこその跳躍力だった。
「全く……。彼女には手を焼かれるね」
流れ星は汗だくになりながら笑みを浮かべた。
学園に到着した蓮華は襲い来るモンスターを蹴散らしながら音を辿った。
しかし、気のせいだったのか破壊音は聞いたきりで以降は何も聞こえてこない。
ふと、兄の勤めている中等部の校舎が目に入った。
「屋上なら何か分かるかも……」
そう判断してまたしても跳躍した。校舎の壁に四つ足で着陸するとそのまま屋上へと駆け上がる。
ちなみに彼女が壁を昇れるのは彼女の握力のお陰だ。まるで猫のように四つ足で壁を伝って屋上へと侵入した。
「よしっと……あれ?」
屋上へ到着した彼女は真っ先に塀の傍で横たわるモンスターの姿を確認する。
穴が二つ空いており、そこから血を流して死んでいるようだ。
いくら弱いモンスターとは言え、誰かがこのモンスターを殺したらしい。それに屋上の窓ガラスが割れている。何かがあった事だけは分かった。
「まだ私たち以外にヒーローは派遣されて無いはずよね。一体誰が……」
ふと別校舎の屋上に目をやると、人影の様なものが見えた。複数の人影だ。
もしかしたらこのモンスターの死体に関わった人物がいるかも知れない。それかモンスターか。
正体を探るべく跳躍で塔屋に登った。
「……あれ?」
塔屋からは別校舎の屋上が良く見えた。しかし、複数居るかと思った人影の姿は無い。
ただ一人、見覚えのある男性が横たわっているのが見える。まさか、まさかまさかまさか。
「お兄ちゃん!?」
勢いよく跳躍して別校舎に渡った蓮華は横たわっている人物が兄、御剣大都であることを判断する。
その傍らにモンスターらしき首が落ちていて、一瞬ぎょっとした。まさかお兄ちゃんは……。
「むにゃむにゃ……ここは……どこだ……むにゃむにゃ」
「へ?」
寝言が聞こえた。どうやら夢を見ているらしい。
脈も正常に動いているし、血が噴き出ているような目立った外傷は無い。生きていることが分かって安堵する。
「こんな呑気に寝ちゃって。どんな夢を見ているんだか。それにしても良かった! てっきりモンスターに襲われて死んだかと……」
屋上に繋がる扉が壊され、遠くの方へ転がっている。
もしかしたらこの破壊音が爆発音に聞こえたのかも知れないと推測する。
現にモンスターの首が転がっているくらいだ。戦闘があったに違いない。
「……ん?」
だとしたらこれは誰が倒したモンスターなんだろうか。
お兄ちゃん? いや、そんな筈はない。
「もしかして違うヒーローが来てるとか? そんな報告聞いてないけどな……」
もし援軍が来たのならばマスクに内臓されているスピーカーから報告があるはず。
そう考えているとき、校舎内で奇妙な音が聞こえてきた。
『グゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!』
「え? 校舎内にもモンスターの鳴き声が!?」
一先ず、考えるのを後にして蓮華は拳を構えた。ヒーローとして仕事をするために。
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