第十六話 五久市に到着
「話がついたからスマホを返すわ」
数回やり取りをして、爺との連絡を終えた朱音はスマホを蓮華に手渡した。
蓮華は訝し気な表情を浮かべながらジト目で朱音を見つめる。
「な、何よ……?」
「いえ、勝手に電話番号見てないですよね?」
「当り前じゃない。それより話がついたから早く車で向かうように。早くしないと五久市にモンスターが出現して大変な事になるわよ」
「急に急かしてくる……」
本当に……? と疑いの晴れない蓮華は渋々スマホをスクールバックに仕舞った。
当然朱音が言った事は嘘だ。電話を切る一瞬の隙に蓮華の番号を盗み見て頭にインプットしていた。万が一の場合はこの番号に掛けようと画策する。
流れ星は当然気付いていたが口を挟むことは無くニヤニヤしてその光景を見つめていた。
「分かりました。行きます。時間も無いので!!」
「いってらっしゃい……ってヒーロースーツに着替えないの!? あと、そっちは階段よ?」
「こっちのほうが早いから! スーツは車で着替える!!」
彼女を示すピンクのヒーロースーツは昨日の夜に洗濯に出していたらしくスクールバックに入っているようで、ちらりと見せた。
子供相応無邪気に駆けていく。そんな彼女の姿を見て朱音はほっと息を吐いた。
蓮華は未成年ながらヒーロー経験が長く、実力もある。衛星も無かったころ、突如として発生した異界の門のモンスターを一人で全滅させたこともある。よほどのことが無い限りは彼女一人に任せても安心だろう。
万が一に備えて流れ星にも助太刀してもらいたかったが……彼は気まぐれな節もある。自分の指示にも従わないし。朱音の経験上、こういった人間は自分の行動を操作されるのが嫌いな人種なので扱いに困る代表格だ。
「朱音さん良かったんですか? パワーちゃんを階段に向かわせて」
感慨にふけていた朱音に対し、不意に流れ星が問う。
「どういう意味よ?」
「いや、彼女屋上に向かってますよ」
「えっ……!!」
屋上、そこにはヘリポートがある。しかし、ヘリコプターは全機出動中だ。
下に降りず何故蓮華が屋上に向かったのか朱音には想像がついた。こっちのほうが早いからと彼女は言った。つまり……。
アラートが鳴り響く最中でも聞こえる爆発音に、朱音は急いで音の先を窓越しで確認した。
そこには綺麗に整備されている筈の入り口前の通路が砂煙を上げている。周囲の人はびっくりした様子で砂煙を避けていた。
砂煙に浮かぶ小さなシルエット。蓮華は服に着いた埃を払いつつ、本社前に止められていた黒塗りの車に飛び乗る。
「あ、ああ……。パワー・ガールうううううううう!!」
彼女の脚力ならば屋上から飛び降りるのも容易である。
別にその点に関しては問題ない。しかし、三十五階からだ、着地の際に発生する衝撃は地面を穿つには充分な力があった。
砂煙が晴れて、その悲惨に抉れた地面が浮き彫りになる。大理石の床が削れ、破片が散乱し見るも無残な姿と化していた。
直すのにもお金がかかるのだ。いくらぐらいかかるのか、想像するだけで涙が出てきた。
「ちょっと流れ星!! 気付いてたなら注意してくれても……あら?」
朱音は流れ星が居た場所に目を向けるが、そこには誰もいない。
先ほどまで彼が手にしてたパソコンのみが置かれていた。
***
「爺! 車を出して!!」
「はいっ!!」
車に文字通り飛び込んだ蓮華は運転手にそう命じながら車のドアを閉じた。
アクセルを全開にして発進したために、急な重力が体に圧し掛かったことで蓮華はバランスを崩して隣の席に体を倒す。
ピタッと頭に段差を感じた。誰も居ない筈の隣の席で。
先ほどもこんな経験をした気がする。蓮華は視線を上に向けると、まず初めに星が見えた。
ヘアリングに装飾された星。こんな奇抜なアクセサリーを着けている人物を蓮華は一人しか知らない。
「
すぐさま起き上がり車内で出来るだけ彼と距離を取りつつ抗議した。
「何でって僕も五久市を救いに行くのさ。ヒーローとして」
「さっきめんどくさいとか言ってたじゃない!!」
「こんな車があるのなら乗って行くよ。走って行くのがめんどくさかっただけさ」
超速ヒーロー『
彼の足は音速を超える速さで移動できる。よって三十五階から蓮華の車に乗り込むくらいは造作も無いことらしい。
いつのまにか車に乗り込んでいた流れ星を、運転手はルームミラー越しに見つけ、ぎょっと目を向ける。
「運転手さん、僕のことは気にしないでいいから運転してくれ。彼女と同じヒーローなんだ」
「は、はぁ……」
運転手は彼の言葉に頷く。
「いや、爺! コイツは勝手に……もおおおお!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。ほら、早く着替えたら? ヒーロースーツに」
流れ星はいつの間にか制服から黄色いスーツに着替えていた。
額に掲げている星も奇抜だが、スーツも派手だ。彼のスピードに耐えられる伸縮素材で加工されているようだが……。
「アンタが居たら着替えられないでしょ!?」
「運転手もいるじゃないか。車で着替えるんでしょ?」
「爺は運転してるから見ない! よね?」
「え、えぇ。勿論です」
急に話を振られた運転手は冷や汗をかきながら答える。見れる訳がない。
彼女は特殊能力で力だけでなく感覚が向上している。つまり、視線に敏感だ。もし、着替えを見たとなれば……潰されかねない。
「ゴホン、おっと!」
運転手は誤魔化すように咳払いし、ハンドルを切った。
前方の車を強引に追い越したようだ。車体が揺れ、またしても流れ星の体に触れる。
「爺! 何してくれてるの! 運転が乱暴になって……え?」
いつものスピードよりも更に加速して道を抜けていることに蓮華は気付いた。
窓越しにその異常すぎるスピードを確認した蓮華は運転手に尋ねる。
「爺。何かいつもよりスピード出てるような……。安全運転なの?」
「お任せくださいお嬢様。緋色様の命令です。警察に捕まらないように素早く五久市に行くようにと」
「ええええええええええええええええええええええええ!!!」
先ほど電話した内容を蓮華はあまり詳しく聞いていなかったが、朱音は運転手にそんな指示をしたらしい。
いつも送り迎えしてくれている時はルームミラー越しに見える優し気な目で対応してくれていた。
しかし、今日に限っては……と言うか、朱音と電話してから怯えが見える気がする。運転手は朱音の指示通り、車道を百キロ超えるスピードで走っていた。
障害物があれば強引に避け、曲がり角はドリフトして速度を落とすことなく進む、そんな荒々しい運転だ。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「パワーちゃんは臆病だな。全然ゆっくりじゃないか」
「流れ星は黙ってて! アンタ規模で語られてもこちらとしては大問題よ! それに後ろ!!」
ファンファン!! と勢いよく迫る警察のサイレン音に不安が加速する。
赤と青のランプを点灯させ、三人が乗る車を追いかけてきているようだ。
「明らかにスピード違反で追いかけてきてるじゃない!」
「あれれ? おかしいですね。緋色さんが異界の門対策に警察が駆り出されているから大丈夫だと……」
「あの人はいい加減なことしか言わないのよ! それに私たちはヒーロー! 捕まるようなことしちゃダメでしょ!」
「万が一捕まっても運転者である私しか捕まりませんよ。……万が一の場合ですがね。シートベルト締めてください。少し本気を出します!!」
「え、ちょ……!!」
車は更に加速した。上下左右激しく揺れ、車が通れるかギリギリの道を進み、くねくねと曲がる。
シートベルトをしていなければ車内で体を打ち付けてしまうほど危険な走行だ。
気付くと後ろに警察は追跡していなかった。それをサイドミラーで確認した運転手は満足そうに微笑んで元の大人しい運転に戻した。
何分……いや、何十分そんな運転だったか分からない。蓮華の頭はくらくらと錯乱していて、実は一瞬で終わったとさえ思えてくる。思考が働きそうにない。
対照的に流れ星は楽しそうに微笑んでいた。
「いや、車って凄いね。遅い乗り物かと思っていたけどスリルがある」
「あ……アンタ目線で……かたられ……ても」
「パワーちゃん、見て。あそこ。多分だけど異界の門だね」
「え?」
異界の門。そう聞いてぼんやりと窓の外を眺める。
どうやら高速道路に乗っているようで、速度は出ていながらもスムーズな運転に戻っていた。
遠くに見慣れた五久市の街並みが見える。街の上は渦巻く雲と青白い光に染められていた。あれが異界の門だと判断するのに時間は掛からなかった。
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