第十五話 異界の門の異変
「朱音さん! 一体これはどういう状況ですか!」
慌ただしく駆ける職員の間を潜り抜けて朱音の元に辿りついた。
蓮華の姿を確認した朱音は汗を滲ましながら視線をモニターへと向ける。
「ようやく来たわね、パワー・ガール。アナタ、ここの他に支部があることは知ってるわよね」
朱音の質問に蓮華は頷いた。
ヒーローカンパニーには東京の本社のほかに九州、大阪、北海道の三つの支部が存在する。
元々は異界の門発生地であり、事件の発生がしやすい東京のみの会社であったが月日が経つにつれて、各地域にヒーローを求める声が多くなった。
異界の門発生は東京だけではない、ヒーローたちを何とかしてほしいと政府からの要望で各地域ごとに支部を建設、これによりヒーローが派遣しやすくなったと記憶している。
ただ、朱音的には気苦労が多いとの旨を蓮華は聞いたことがあった。
ヒーローは数が少ない、それは特殊能力に目覚めた人が少ないという理由もあるが、命を掛ける職でもあり殉職する例も多いからだ。
それなのに日に日にヒーローが求められる事案は発生しているし、猫の手も借りたい状況だと言う。その状況で支部の設立だ。まだ新しいこともあって手が回っていないようだ。
人手不足を補うために今では特殊能力が無くてもある程度能力のある人材を募集している。蓮華も一度試験官として携わったことがあった。
「で、支部がどうしたんです?」
「福岡での異界の門は、九州支部に派遣している『
ヒーローカンパニーでNo7の実力を持っている。数回異界の門のモンスターを対処したこともあるようなので蓮華は安心する。
「けれど問題は北海道と四国! 北海道支部はまだ出来たばかりだから主要なヒーローは所属していないし、四国に近い大阪支部の上位ヒーローは不在! No30以下のヒーローが対応に当たっているけど……」
朱音は力なく首を振った。
No30以下と言えば特殊能力を持たない一般人のヒーローだ。
戦闘能力を備えた者も居るが、異界の門から出現するモンスターに対応できるかと言われたら分からない。
勿論、No30以上のヒーローの中にも特殊能力は持たないが戦闘能力を持つ人物も居て、モンスター相手に蹂躙できる実力がある人物も居るので一概にいないとは言えないが。
「No30以下? 他のヒーローはどうしたんですか、ほら、
No1ヒーロー『
彼は日本で初めてのヒーローだ。空を飛び、敵を砕き、正義と秩序を守る超人。
全国各地を駆けまわり、日本を救うヒーローカンパニーの顔とも言えよう。
「彼は有休を取ってバカンス中。連絡が着かない!」
「ええっ!」
そういえば最近結婚したんだったっけ。十五年付き合ってた幼馴染と結婚したらしい。
結婚式の様子は大々的に報じられた。溜まっていた有休を使って新婚旅行中だったと思い出す。
だから正義の鉄槌が出向かう案件だった筈の大阪で起きたテロ制圧に呼ばれたんだった。
「なら他のヒーローは」
「アナタもだけど、上位ヒーローほとんど連絡が着かないのよ! こんなに忙しいのに!!」
朱音のあまりにも迫力のある怒りに蓮華は何も言えなくなる。
蓮華は真面目にヒーローカンパニーに通いながら学生をするヒーローであるが、上位のヒーローは自由人の場合が多い。
例えば普段は会社を経営し、ヒーローとして名を馳せることで会社の知名度を上げている人も居たり、芸能活動をしている者や、田舎でのんびり過ごしている者だっている。
けれども結果はしっかりと残している。悪人を懲らしめ、モンスターも排除している。
個人を縛ればヒーローを辞める選択をする者も居るため、人手不足のヒーローカンパニーは彼らの行動に何も言えないのである。
「ううっ、私がもっとしっかりしていれば……」
「しっかりしていても何ともならない気がする」
癖のあるヒーローを纏めるトップの朱音だが気苦労は確かに多いみたいだ。
現に、まだ三十代前半であるにも関わらず若白髪が多くなったような……本人には言わないけど。
「なるほどね」
「
後ろから話を聞いていたのか、
手にはどこからか調達したノートパソコンを手にしており、蓮華にも見えないスピードでキーボードを叩いている。
ターンと音を鳴らし、画面を蓮華と朱音に向けた。何かを計算するソフトウェアが起動されており、日本地図内の各地で渦を巻くマークが三つ表示される。
「何これ」
「朱音さんが僕とパワーちゃんを呼んだ理由さ」
「え、だから、私たちが北海道か四国に行って異界の門の対処に当たるんじゃ……」
「違う、このビルに居を構えている上位ヒーローが向かったみたいだから失敗でもしない限り必要ないよね」
上位ヒーローの多くが別に家を建てて住んでいるが、少なからず給料を多く貰っても費用を安く済ませようとこのビルに住んでいるヒーローもいる。
ただし、連絡が容易につき、緊急時に向かう確率も高くなるが……。それも個人の自由だ。それを理解して住んでいる節がある。活動家なヒーローは喜んでこの建物に住んでいるのだ。
「えぇ。そうよ。アナタたちを呼んだ理由は他にある」
「そうなんですね。じゃ、北海道か四国に応援に向かうとか?」
「違うよ。分かんないかな。まだヒーロー達が必要な理由。僕の超速的な思考だと直ぐ分かったよ」
確かに彼は足だけでなく思考回路も早い。
成績も白蘭学園で一位のようだ。
流れ星の頭の良さには納得しているが言い方に納得できない。蓮華はカチンと来た。
「ぶっ飛ばされたいの!?」
「ちょ、ちょっとパワー・ガール。抑えて! このビルを破壊する気!? それに流れ星君も知ったのなら勿体ぶらずに教えてあげなさい!」
「やれやれ、仕方ない。これまで起きた異界の門は何らかのエネルギーで発生している。今日起きた異界の門は三つ。これらのエネルギー相関を調べて計算しなおすと……あら不思議」
三つ表示された渦は異界の門を示しているらしい。しかし、この渦がゆっくりと流れている。
時間経過と共に流れた渦が交差し、新たにもう一つ渦を造り上げた。
「何……コレ……」
「計算した結果、何処かにもう一つ異界の門を作るらしい。あくまで予測だけど」
「もう一つの異界の門!? 何処に出来るっていうのよ」
「それは分からない……。もしかしたらもう発生してるのかも」
彼がそう言った瞬間、今までより強いアラートがモニタールーム内に鳴り響いた。
「大変です! またしても衛星に異界の門反応アリ!!」
「ふぅ。やっぱりね。遅かったようだ」
モニターに新たなターゲットを映し出す。場所は……蓮華はターゲット場所を確認してゾッとした。
そこは五久市、兄と母が暮らす街だったからだ。
「い、五久市!?」
「確かここ、パワー・ガールの……」
「そうです! 早く助けに行きましょう! お母さんやお兄ちゃんが……!!」
慌てた様子の蓮華を見て、朱音は職員と二人に向けて指示を出した。
「急いで五久市に避難勧告を発令!! パワー・ガールと流れ星の二人には五久市に行ってほしいの」
「勿論です!!」
「めんどくさーい」
蓮華は乗り気に、流れ星はめんどくさそうに言葉を返す。
そんな態度に腹が立つ蓮華は流れ星を一瞥し、見限ったように溜息をついた。
「こんな奴連れていく必要はありません! 私一人でも異界の門のモンスターは倒せます! ヘリを一台貸してください!!」
「流石はNo5だね。一人で異界の門を対処しようだなんてさ」
「うるさい! 役立たず!」
蓮華が地方へ駆けつける際にはヘリコプターを使用している。
そのため、今回もヘリで向かおうとしていたが……朱音は首を振って答えた。
「それが……今、ここにあるヘリコプターは四国と北海道に向かうために全部使用しててね」
「そんな……!」
「なるほど、だから『役立たず』の僕を呼んだのですね」
流れ星が笑みを浮かべる。
嫌な予感がして蓮華は流れ星を見つめた。
「僕のスピードなら五久市まで……障害物を加味しても1~2分で着きますから」
「あ、朱音さん!? もしかしてコイツの背中に乗って五久市に行けと!?」
ぷるぷると震えて流れ星に指さし、異を唱える。朱音は苦笑を浮かべて頷いた。
「だ、ダメ! 私をおんぶしていいのは……」
「誰もおんぶとは言ってないわ……。パワー・ガールが特定の男性以外が苦手なのは知ってるけど……これは四の五の言ってられない状況なのよ。それに流れ星くんはヒーローだから大丈夫よ」
「そういう問題じゃ無いんです。それにコイツは生理的に無理です……!!」
「酷いなぁ。いや、僕も行くとは言ってませんけど」
ワーワーと言い合い。
まるで子供の駄々のようだ。素直に言うことを聞かない子供二人に朱音は頭が痛くなる。
そう言えばパワー・ガールの兄は教師をしていると聞いた。子供の相手をするのはこれほど難しいとは思わなかったので子供の相手を仕事とする教師は大変だろうなと痛感する。
まぁ、ヒーローも自由人が多いので二人のように言うことを聞かない事が多い。そんな彼らを纏める自分はもっと大変だけど。
「兎に角、私は別の方法で行きます! ここから五久市は……距離はありますけどいけないことは無いので!!」
そう言って蓮華はスマホを取り出した。仕事用ではない、プライベート用のものだ。
彼女はどこかへと電話を掛ける。朱音はこの非常時に誰にかけているのか相手が気になった。
「誰に電話かけているの?」
「運転手。私がここに通勤するために雇ってる爺よ」
そういえば、と朱音は思い出した。蓮華が個人的に雇っている運転手を。
運転手を紹介したのは朱音自身である。彼は……元レーサーだ。
「ちょっと貸してちょうだい!」
耳にスマホをあてていた蓮華からするりとスマホを抜き取って自身の耳元にあてる。
「あっ、プライベート用なのよ! 返して!」
「分かってる! けど彼のことは私がよーーーく知っている。もしかして彼ならば何とかなるかもしれない……!」
「へ……?」
強引に奪い取ることも出来るが蓮華は、何かを思いついたらしい朱音からスマホを奪わなかった。
耳元で鳴る三回目の呼び出し音の後、不意に男性の声が聞こえる。
『お嬢様。どうなさいましたかな』
「ごめんなさい、私だ」
『あ、緋色さんッ……!』
「どうです? ちゃんと運転手やってるようで。安心しましたよ」
『へ、へぇ……』
スピーカーから漏れている会話に、流れ星が興味深そうに蓮華を見つめた。
まるで朱音を恐れているような爺の初めて聞く声音に何が何だかと首を振って答えた。
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