第十八話 出会い(前)

 ぴちゃん、ぴちゃんと雫が鼻先に滴り、顔を濡らす。


「ん? ん~?」


 その感触が嫌で、僕は薄っすら目を開けて裾で顔を擦った。

 状況は分からない、が、目を開けたハズなのに視界は薄暗く全体が良く見えない。

 この薄暗さと、しんと沈んだ湿気を含んだ空気がどことなく不気味さを感じさせる。


「ここは……どこだ?」


 体を起き上がらせた僕は手をまさぐり、周囲に何かないか確かめることにした。

 当たったのは壁、しかしゴツゴツと凸凹で堅く、触れただけでパラパラと粉が落ちる様子はとてもどこかの部屋の中だと現すことが出来ないだろう。

 起き上がってから反対側の壁に触れてみようと模索する。

 大体歩いて十歩ほどの先にゴツゴツとした、同様な感触が手に伝わってきた。


「……洞窟?」


 一度、大学時代に友人と洞窟に訪れたことがある。

 そのような壁の質感に似ているような気がした。まぁ、そこは明るく照らすように上に電灯が設置されていたが。


 ポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。夜中の二時を示していた。

 洞窟に居るからか、扇の様なマークどころか電波を表す針も一本も立っていない。完全に圏外で、誰かに電話をしても繋がらない状態だ。


 先ほど、たっくーの親が営む居酒屋で飲んだくれていたことを思い出す。酔った拍子に何処かの洞窟に入ったらしい。

 しかし、どこの洞窟に入ったかすら記憶が無い。……そもそも五久市に洞窟なんてあったか?


「おーーーーーーーーーい!!」


 無意味だとは思ったが、誰か居ないかと声を上げる。無論、反響するだけで返事は無いが。

 溜息をつきながらスマホのライトを頼りに僕は壁に沿って出口に向かうことにした。方向は勘だ。

 ライトで道筋の奥を照らすも見えるのは両面に広がった岩肌の壁のみである。


 どこかで迷宮を脱出する攻略法として「左手法」というものを聞いたことがあった。

 壁に左手を常に着けた状態で前進することでゴールへと辿りつくという手法。

 素人の僕にはそれくらいしか知らないので、壁を頼りに進んでいく。


 不思議と一本道が続いていた。分かれ道もなく突き進む。

 ようやく目が暗闇に慣れて来た頃、僕は奥で光を見た。その光は出口を示すものだと信じて、まるで惹かれるように歩みを進める。


「ここは……」


 出口に辿りついたと思っていたが、そこは出口では無かった。

 大広間の様な広い空間、周囲には何もなく、その中央で台座の様なものに突き刺されている二本の剣。

 この剣が光を照らしながら眠るように鎮座している。光の正体はこの剣自身だったのだ。


 黒と白。


 どこか寂しそうな雰囲気を纏う二本の剣に、好奇心が出た僕は歩みを進めた。


 まるで美術品のように繊細で触れたら壊れそうな儚さを印象付ける。

 これは何なのか、僕は何を見ているのか、ふと、話しかけていた。


「君たちは何でここに居るんだ?」


 まるで人間に問いかけるような質問に、口をつぐむ。

 当然、返事などあるはずもない。しかし、返事と言わんばかりに剣自身の光が強くなった気がした。

 何だ? 触れろとでも言っているのか? 僕は意識せず自然と二本の剣のグリップ部分に両手を伸ばした。


『我を目覚めさせたのはお前か』

『私を目覚めさせたのは貴方様ですね』


 脳裏に言葉が浮かんでくる。明らかに僕の物ではない別の誰かの言葉だ。

 驚きのあまり、剣から手が離しその場に尻餅をついた。


「誰だ!? 今の声は一体……!?」


 問いかけても声は聞こえない、この場に居るのは僕だけだ。


 ……あと、この剣も。


 まさかと思い、目を向ける。今の声はもしかしてこの剣の声なのではないかと。

 ごくりと息を飲む。僕の考えを確かめるかのように、もう一度触れてみる。


『何じゃおぬしは! 大きな声を出すからこちらも驚いてしもうたわ!』


 触れた瞬間、またしても声が流れ込んできた。まるで怒っているような、そんな感情を孕んだ声だ。

 声の主はどちらなのだろうか僕は白色の剣と黒色の剣を見比べる。


『姉様、この方は状況を理解出来ていないようですわ。私たちの言葉が分かりますか?』


 別の声音がまたしても脳裏に流れる。雰囲気は似ているが全く別の人が喋っているようだ。

 この声には怒気を孕んでいないようで、優し気な印象を受ける声が脳内に直接聞こえた気がした。


「分かる。どこからか声が聞こえる……。この声は、やっぱりキミたちが?」

『そうじゃ。喋ることなど容易いのじゃ』

『まぁ、今は貴方様の魔力を借りて喋っていますが。ちなみに私は白い方で、姉様が黒い方です。区別つきますでしょうか』

「あぁ……」


 誰が喋っているのか分からなかったが、説明されたおかげで区別がついた。

 どうやら、古風な喋り方が黒色の剣、丁寧な喋り方が白色の剣らしい。


 本当に剣が喋っているとは……。どういう仕掛けで喋っているのだろう……。魔力とか言ってた気がしたが。


 台座から抜こうとして力を加えてみるがびくともしない。


『抜こうとしても無理じゃ。やはり我ら目当てで来たと見る! お主は何者じゃ!?』

「ぼ、僕は御剣大都です!」

『名前を聞いたわけでは無い!』


 何者かと問われても名前ぐらいしか分からないよ。自分は何者なのか、哲学だな。


『大都さん。アナタが私たちに会いに来て目覚めさせたと言うことは、また利用する予定でもあるのでしょうか? 勇者のように』

『長時間放っておいた癖に、人間と言うのは勝手な生き物じゃ! 我らは人間には従わぬぞ!』

『姉様の言う通り、人間に従う道理はありません』

「ま、待て待て待て! 何の話だ!?」


 一気に捲りたてるように意味不明なことを口々に言い合うので、状況を理解出来ない僕は二つの声を遮って尋ねた。

 すると騒々しかった二つの声が一気にしんと静まり返る。


『何の話か、だと……?』

『私たちを無理矢理利用する気なんですよね?』

「利用? ち、違う! 僕は君たちを利用しに来たわけでは無い! 目が覚めたら突然洞窟に居た! で、ここが何処か分からないから適当に歩いてたら……この部屋に辿りついてたんだ」

『本当に利用する気が無いのですか? 目が覚めたら……突然ここにいたと?』

『信じられん』


 自身に起きたことを正直に話す。しかし、信じてくれる様子は無い。

 まぁ僕自身信じられないのだから当然と言えよう。目が覚めたら洞窟の中で、進んだら剣がありました、何て。


 そもそもラノベとかで存在を知っていたけど、実際に「剣」を見たのは初めてだ。

 日本人には日本刀を飾る人が居るのはテレビで見たことがある。この綺麗な刀身を見て、こういった物を部屋に飾りたくなる気持ちが分かった。


 今更だが勝手に触っても良かったのだろうか。


「事実だ。ここが何処か分からない。出口はどこにある?」


 少なくとも飲み会から時間が経っていないので、五久市の何処かである、というのは分かる。

 ただ、スマホの電波が繋がらないため場所は分からない。こんな綺麗な剣が飾られているということは美術館の中? てか美術品が喋るのか?


『我らにも出口は分からん。ただ、道は一つしかない。もしかすれば出口はお主が通ってきた道とは反対側にあるかも知れんな』


 ふと、自身が通ってきた道に目を向ける。

 確かにこの部屋の出入口はそこしかない。一本道だったし、逆方向へ行けば出口まで進めるかも知れない。


「ありがとう、本当に何が何だか分からなかったんだ。邪魔して悪かった。僕はこれで」

『お待ちください!!』


 手を離して出入り口に向かおうとした矢先、白の剣に止められた。

 大きな声だったので思わず掴んだまま硬直する。


「ど、どうかした?」

『大都さんの話が本当だとして。……だとしたら妙では無いですか? 姉様』

『何が妙なのじゃ』

『ここはラヴェール王国の封印の間です。外には結界が張っているでしょうし、よくよく考えれば人間が一人で来られるような場所では無いです。ここは』

『ふむ……確かにのぅ。こやつに結界を破れるとは思えん』

「ラヴェール王国? 結界?」


 僕は聞き覚えの無い単語に頭がこんがらがっていた。

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