第五話 主従契約!?
聖剣とは、神話や伝承などの架空の物語に出てくる剣のことだ。
通常の武器にはない、超自然的な力が付与されている剣。
僕は神話や伝承に詳しくは無いが、中学高校と愛読していたラノベにてその存在を知っていた。
異界の門が現実世界に現れる前まで大流行していたジャンル……異世界ファンタジー。
異世界転移、異世界転生、悪役令嬢、ゲームの世界……等々、様々な派生作品が様々な作者の手で生み出されているが、その元となったのが勇者が魔王を倒す物語だ。
仲間を集め、数々の冒険をし、人間の脅威となる敵のボス、魔王を倒してハッピーエンド……この一連の流れが異世界ファンタジーの王道と呼ばれている。
その魔王を倒すために勇者が手にしているのが『聖剣』と呼ばれる武器である。
そんな聖剣が僕の家に? というか地球に聖剣なんてあるのか? 何故女の子の姿に?
数々の疑問が頭に浮かぶが、まずは聞かなきゃいけないことがあることに気付いた。
「これからよろしく頼む、と言うのは……僕の家に住むってことか?」
「当たり前じゃろう、我らは主に拾われたのだからな」
自信満々な彼女の答えに頭が痛くなりそうだった。
住むと言ってもそんな簡単なことではない。
理由一つ目に、部屋の広さだ。
光熱費別の家賃三万五千円、築二十五年の木造アパート。部屋の広さは十畳、風呂トイレ別でキッチン付き。
不満点を上げるとすれば、最寄りの駅から離れていることと、近くにコンビニ等の商業施設が無いことくらいか。ただし歩いて十五分程の場所に勤務地があるため、僕にとっては一人暮らしをする分には申し分ない住みやすさだ。
それが三人になるとどうだろうか。気軽に住める空間では無くなると予想出来る。今の時点でギリギリなくらいだ、物を整理すれば何とかなるかもしれないが、彼女たちを置くスペースなんて現状無い。
理由二つ目に、世間体。
いきなり少女と住みだせば友人、家族、職場の人にどう思われるだろうか。
例え彼女たちが聖剣だとしても、人に見られれば何かしら疑念の目が向けられる。
教師と言う立場上、彼女たちを拾ったので一緒に住んでますなんて言った所で……そんな理由は通じない、彼女たちと一緒に住む理由にはならないのだ。
他にも数々なことが考えられるが、一緒に住みます、はいどうぞ! なんて選択難しい。
彼女たちを一瞥する。いくら聖剣とは言えど今の見た目はコスプレした少女だ。一緒に住むことによって、学校の先生と言う立場上色んな人に迷惑を掛けるかも知れない。特に逮捕面で。それだけは避けたかった。
「……一緒に住むことは、無理だ」
「なっ――! 何故じゃ!?」
「僕が君たちを拾ったと言うが、僕はこれっぽっちも覚えていないんだ。そんな簡単に一緒に住めないよ」
唖然とする彼女たちを見て、申し訳ないと思う。
「私を使いこなせれば、傷を癒すことが出来ますし、部屋に置いていただければ魔除けの効果もありますわ!!」
「我を使いこなせば、人を操ることや、夜目がきくようになるぞ!!」
「何それ! ――いや、いらないいらない!」
明かされる彼女たちの能力に、少し興味が出る。
しかし、彼女たちと一緒に住むことは出来ない……。
「分かってほしい。いくら君たちが聖剣で、二人を僕が拾ったんだろうとは思うけど、いきなり一緒に住むなんて出来ないよ。本当に申し訳ない。せめて元の場所に戻すことぐらいはする」
二人の表情が暗くなるのが分かった。
そんな二人に僕はどんな言葉をかけてやれば良いのだろうか。僕には言葉をかけてやれる資格も無いのかも知れない。
酔っぱらった勢いで拾ったと言え、彼女たち相手に無責任な行動をするべきでは無かったのだ、と反省する。同時に何故か罪悪感も芽生えた。
「そうか……我等を元の場所に戻すと言うか。しかし、既に契約をしてしもうたぞ! 主がいなければ我らは存在できぬ、どうすれば……」
「姉様、ご主人様は所詮
「べ、ベル!? もしや?」
「そうするしかないでしょう。姉様、申し訳ございません」
二人、顔を見合わせた後に僕に視線を向けた。
先ほどまでの柔らかな表情とは一変、シルフィベールと名乗る白髪の少女に宿った重圧に僕は自然と一歩後ろに下がっていた。
まだ暑くは無い時期であるのにも関わらず、シルフィベールから視線を向けられただけで僕の顔から汗が滴る。な、なんだこの気迫は。
「ご主人様、お願いいたします。私たちをここへ置いてはくれませんか?」
「だから、それは……」
「無理、なのですよね。でしたら、仕方ないですよね」
シルフィベールの様子がおかしい。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ベル! 落ち着け! 主は記憶が……!!」
シルフィノームはそんな彼女をなだめようと腕を拘束し、僕に近づけまいと奮闘する。
しかし、それを逃れたシルフィベールは僕を押し倒すと僕の胸に跨った。ドレスがちくちくして痛い。それよりも、何が起きたのか分からない。
「ご主人様、申し訳ございません。貴方は私たちと契約したのです。それを反故するとなれば、強制解除しなければなりません」
「強制解除……?」
「貴方の死を持って、契約は解除となります」
そう言って、彼女の腕が白色の刀身へと変化する。
「ご主人様。私たちを受け入れないのであれば、死んで貰います」
彼女は腕の刀身を僕に振りかざし――そのまま何事も無く、むにゃむにゃと眠りについた。
ドッドッドッと心臓の音がうるさい。それより、僕に何が起きたのかようやく理解した。
今、殺そうとした? 僕を?
可愛い顔して僕の胸に顔をうずめて眠っている、こんな少女が僕を殺そうとして来るだなんて。僕はシルフィノームに視線を向ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、間に合ったのじゃ」
彼女の手から、黒い靄の様なものが出ていたのが確認できた。
多分、彼女の能力で眠らせたのだろう。額には脂汗が滲んでいるようだ。
かなり体力を消耗しているように見える。
彼女が止めてくれなかったら僕は死んでいたのかも知れない。
「すまぬ、主よ。妹は昔から先走り癖があってな。昔も、このような無茶をして我らは封じられたのじゃ。まだ説明しておらぬと言うのにな」
「説明……?」
「まだ主には説明していないことがある。話を聞いてもらえぬだろうか」
説明……彼女たちの言い分だと、僕はまだ何かやらかしているみたいだった。
すやすや寝ているシルフィベールをゆっくりと僕から降ろして、敷いた布団に寝かせる。
まだ心臓の音が高鳴っている。僕は殺されかけたと言うのに現実味が沸かない。とにかく、今はシルフィノームに話を聞いてから考えよう。
「……僕は何をやらかしたんだ?」
胸の鼓動を落ち着かせるように、出来るだけ優しい口調で尋ねた。
「あぁ。主は覚えてないみたいだが、我と主は契約をした。それは我らを生かす為の契約。主従契約じゃ」
「主従契約……? もしかして、君たちが僕のことをご主人様だとか、主と呼んでいるのは――」
「そうじゃ。この契約は聖剣である我らが、主のことを持ち主だと判断した契約じゃ。我らは決めた主のみに扱うことが許される高貴なる剣。その力を引き出す為に、主から魔力を与えられなければならん」
「魔力?」
あまり聞きなれない言葉が連なる。聞けば僕は酔った勢いで聖剣を拾っただけでなく、その持ち主として認めた契約――主従契約なるものを交わしたのだという。
聞けば、魔力とは、詳しくは分からないがこの世に漂うエネルギーの様な物で生き物はこのエネルギーを一定数貯蓄することが可能のようだ。
魔力は摩訶不思議な現象を呼び起こす。
そういえば、世界には以前より魔法や魔術について描かれている題材がある。
ラノベでも異世界ファンタジーで魔法を使うのに魔力を用いる作品も多い。
魔女狩りなんて言葉もあるくらいだが……まさか現実世界の人間も魔力を持っているなんて。
彼女たちの言う、魔力で摩訶不思議な現象を本当に起こせるのであれば、世界には映画のように魔法を使える者が居るのかもしれない。それを僕が知らなかっただけなのかも。
例えば、先ほどシルフィベールを眠らせたこと、あれも魔力を用いたことで使用した力なのだという。
夜、僕が寝た際に一緒に寝ることで貯蓄した魔力を吸収したようだ。僕の魔力を元に彼女たちは活動することが出来るらしい。
「ちなみに、聖剣の姿で話した時に脳内で声が聞こえたじゃろ」『あれも魔力を用いて主に直接言葉を伝えたのじゃ』
「わっ」
現に口も動いていないのに言葉を交わすシルフィノーム。
あまりにもファンタジーすぎる説明に、僕は唸る。
しかし、二人を見て嘘をついているようにも思えない。
特殊能力がこの世界に存在する以上、魔法だって存在する可能性も高いのだ。
話を整理してみる。
彼女たちは僕から魔力を得る契約をした。彼女たちが生きるためには僕が必要で、その契約を反故するのであれば僕を殺して契約を破棄するしか無いのだそうだ。
「それで彼女は……。僕を殺した後はどうする気だったんだ? 契約を破棄したとしても君たちは生きられないだろ?」
「さぁの。しかし気持ちは分かる。あんな光も何も無い場所に長い間眠っていたのだ。戻りたくないのは我も同じ。それに、主から魔力の供給も無ければ永遠の飢えが我らを襲う。我らに死は無いが主が死ぬまでの、長い期間の飢えじゃ。ならば眠った方がマシだとベルは考えたのじゃ。とうの昔、同じような苦しい目にあったからの」
目を細めて遠くを見つめて語るシルフィノームの姿に僕は何も言えなかった。
「…………」
「我らには主しかおらん。どうか考え直してくれぬか」
改めてそう頼まれて僕は考える。
僕が彼女たちを起こしてしまった、だから彼女たちは僕を頼りにするしか無い訳で。
それを僕が拒絶してしまった。
人間は何も食べないことが続くと苦しみの末死ぬ。それが餓死。
彼女たちは聖剣故、死ぬことはないらしいが、彼女たちには意思があり、死ぬような苦しみが僕が死ぬまで続く。それは死ぬより辛いことではないか。
シルフィベールは眠っている。
いつ起きてまた襲い掛かってくるか分からないが、その寝顔は先ほどまで僕を襲ったのが嘘かのように可愛らしい。
シルフィノームはシルフィベールに力を使ったからか、疲れを見せている。
それを表に見せず、シルフィベールを守るようにして僕を見つめていた。
元はと言えば僕が酔った勢いによるもの、シルフィノームの話を聞いて、罪悪感が強くなる。
出来るなら助けてあげたい。見殺しにはしたくない気持ちがふつふつと湧き上がった。
「その、魔力というのは僕が君たちにあげたとしても僕には何とも無いんだよな?」
「詳しいことは分からぬが人間に宿る魔力は、寝る、食べる等の行為で回復するらしい。それに主は魔法使いでは無いのだろう。宝の持ち腐れじゃ。まったく、羨ましいものよな。我らは主から与えられた魔力しか貯蓄出来んというのに」
「そうか……」
彼女たちを助けたい。
ならば僕が取れる方法は一つ。
「保留……だな」
うん、とは即決できない。僕が取った選択は保留だった。
せめて彼女たちにとって、一番良い策が出るまでは僕の部屋に住んで貰うしかないだろう。
部屋を片付けて、他の人にバレないように生活すれば暫くはこの家に住めるだろう。
ピピピピ、ピピピピ!!
耳に不快な電子音が入ってくる。このアラームは仕事に行く時間を告げるアラームであった。
僕はシルフィベールを起こさないように素早くアラームを解除し、その場を立つ。
「どうしたのじゃ?」
僕の行動に疑問を持ったシルフィノームが首を傾げて尋ねた。
「仕事に行かなくちゃいけない。君たちの事情は分かった。取りあえずは解決策が見つかるまでは僕の家に住んで良いことにする。シルフィベールに伝えてくれないか?」
「ふむ、解決策が見つかるまで、とは?」
「それは……君たちが住むことに、僕が許しても社会がそれを許さないだろう。何か理由が無い限り、二人と一緒に住むなんて判断は出来ないんだよ」
「主にも事情がある、という事か」
「そうだ。……だから、大人しくしててくれたら助かる。これを食べて待っててほしい。出来るだけ早く帰ってくるよ」
僕はシルフィベールに朝食用の菓子パンを4つ手渡した。昼食も兼ねてである。
「おおっ、これはパンというやつか?」
「そうだ。と言っても君たちのご飯は魔力か……」
「いやいや、物も食いたい。一度人間のご飯というものも食べてみたかったのじゃ」
「食べれるならいいけど……。ちゃんと封を開けて中身を食べるんだぞ。あと暇だったら、これでテレビを見ててもいい」
テレビのリモコンの操作方法を教えて僕はカバンを手に取る。
着替える時間は無い、昨日着てそなまま寝てた仕事着を今日も着ていくことにするか、と簡単に消臭スプレーを振りかけて玄関に立った。
「早めに帰ってくるのじゃろ? ベルには説明しておく。取りあえず、置いてくれるとな」
「そうだ。ありがとう。シルフィノーム。それに色々とごめん」
「主よ、我のことはノムと呼ぶがいい。ついでにシルフィベールもベルと呼ぶがいい。その方が呼びやすいじゃろうて」
「分かったよ。の、ノム……。それじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃいなのじゃ~」
彼女の送り出す声を聞いて、僕は家を出た。朝から色々あったが、彼女たちが本当に居るのか実感が沸かない。
ふと、僕の部屋……201号室に目を向ける。変わらない佇まい、変わらない朝。
「やっぱり夢じゃ、ないよな」
僕はそう呟くと勤務地である学校に向かって行った。
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