第四話 双子の聖剣?
「え、え……?」
二日酔いによって引き起こしている幻覚ではないかと考える。
だが目を擦り、ぼやけた視界が徐々に鮮明となるにつれてそれが幻覚ではないことが確認できた。
人だ、僕の部屋に、僕の布団で誰かが一緒に眠っていたのだ。
「うわあああああああ!!!」
僕は仰向けの体勢から足を動かして勢いよく布団から飛び出すと、背面の壁に背中を打ち付けた。
そのまま尻餅をついた状態で恐る恐る僕の眠っていた布団を一瞥すると、そこには確かに二つの人影が見えた。
「ふむ……うるさいのじゃ」
「……申し訳ないのですがその音を止めてはいただけませんか?」
「え、あ、はい」
うるさい、とはスマホのアラームのことだろう。
気が動転しているのか、無意識にスマホに手を伸ばし、素直にアラームを止める。その後声の主を改めて見るのであった。
声の主は二人とも女の子に見えた。それも凄い美少女である。
一人は、目を奪われるような綺麗な黒髪に琥珀のようなオレンジがかった金色の瞳、褐色の肌がカーテンの隙間から差し込む朝日に照らされて妙に艶めかしい。
もう一人は、ゆるやかに流れる美しい金髪に湖のようななめらかな青色の瞳、白色の肌が透き通っていて眩しく見える。
不思議なことに二人の顔立ちは似ていた。双子と言っても相違ないくらい顔の輪郭が整っている。
歳は中学生くらいだろうか。
妹を思い出すかのような、そんな幼い印象を受けた。
僕の布団に中学生が寝ている、それも知らない女の子二人がだ。
更に最悪なことにその二人に纏う布は一枚も無い……そう、全裸、すっぽんぽんである。
「ななな、何で全裸なんだ!? 服は!?」
「服? そのようなものは必要でしょうか?」
「なっ―――!!」
必要か必要じゃないか、それは勿論、必要だろう。
僕は慌てて勢いよく立ち上がると近くに掛けてあったTシャツを二枚掴みそのまま二人を直視しないように手渡した。
突然僕から服を手渡され、寝ぼけている褐色の女の子であろう声が僕に向かって尋ねる。
「なんじゃこれは……?」
「服! いいから着て!! 着てください!!」
必死の嘆願。そんな焦っている僕を見て二人はにやけているようだ。
「ふむ、成程の。一緒に眠るならこの恰好が一番寝やすいと思ったが……ちとマズかったようじゃの」
「そうですわね。確かに人間から見ると刺激的過ぎたかもしれません。
「へ?」
何処に? そう尋ねようとしたとき、彼女たちの身体が光に包まれた。
白髪の女の子は白色の、黒髪の女の子は黒色の、何とも不思議な光である。
あまりの眩しさに僕はうわっと声を漏らしながら反射的に目を瞑ってしまう―――。
程なくして、ゆっくり目を開くと……。そこには、確かに衣服を身に纏う少女の姿があった。
ただ、普通の衣服では無いように思う。
見た目の印象はドレスだ。煌びやかに彩られ、胸元が僅かに開いた先につつまし気な谷間を覗かせる。
カーテンから差し込む朝日によって光沢が目立ち、それが彼女たちを際立たせているかのように、それは魅力的に見えた。
少女の様な容姿なのに、着るとどこか色っぽさを感じさせる。衣服と言うより……中世の時代の「甲冑」を彼女たちの為に用意したドレスに改造した、という表現が僕の中で当てはまった。
「これで良いか?」
「へ、あ、あぁ……」
何かのコスプレなのだろうか、それにしてもこの衣装は何処から出てきたのだろうか。
少なくとも10畳ワンルームのこのアパートに隠しておくスペースは無いし、目を瞑った時間だって数秒程度に過ぎない。
彼女たちが発光したと同時に身に纏ったようにも思えた。
「あの……どうでしょうか?」
呆然と佇む僕に、照れながら白髪の女の子が僕に尋ねてくる。
どうでしょうか、とは。似合っているか、と聞いているのだろうか。
「あぁ、似合ってる……。二人とも……」
突発的に出た言葉に、何処か嬉しそうに二人は微笑んだ。
「ふふふ、褒められたな」
「はい、姉様」
白髪の娘が黒髪の娘に向かって姉様、と同調している。やはり姉妹らしい。
一方で、彼女たちが何者で、どうして僕の部屋にいるのか理解出来なかった。
記憶を整理しよう。
考えられるのは、昨日の飲み会で記憶を無くしたことである。
あの後、帰るときに僕は何かをしたんだ。そして、彼女たちを家に連れ込んだ。
起きたときに観た光景は、生まれたままの姿で僕にしがみついて寝ていて……。
サーっと血の気が引いたのが分かった。
僕は教師だ。しかも中学校教師だ。彼女たちに、このような年齢の女の子に何かしたとあらば、僕はクビどころじゃ済まない。逮捕され、刑務所に送られるのだろう。
い、いや! 待て!! 万が一のことがある。万が一、僕が彼女たちを何らかの形で保護したのだとしたら……? 例えば、家出して一日だけ泊めてあげたのだとか。
……言い訳ばかり頭に浮かぶ。そんなわけない。
だから知らなければならないのだ。僕が犯してしまった事実を。
「な、なぁ……。君たちは誰だ? 僕は昨日……君たちに何かした?」
意を決して二人に話しかけた。怖くて二人の顔をうまく見ることが出来ない。
そんな僕の様子に、黒髪の女の子は呆れたように、白髪の女の子は微笑みながら問いに答えてくれた。
「何を言っとるんじゃ?
「そうですよ
―――やってしまったと思った。
「求めた? 気持ちが良い!? 僕は一体君たちに何をしてしまったんだ……?」
しかも二人に『主』とか『ご主人様』呼びまでさせている。
やってしまった事実を受け、僕はその場に項垂れた。そんな様子を見た二人は何やら相談しているようだ。
「何じゃ、そんな動揺して。我らのことを覚えておらぬのか?」
「いえ、もしかすると、ご主人様はあの姿しか見てないから覚えて居ないのかもしれませんわ」
「なるほどのう、この姿なら主も分かるかの?」
あの姿とは? 僕が考える間もなく、またしても突然彼女たちは光に包まれた。
先ほどの何も着てない状態からドレス姿へと変化した、不思議な光に。
光が収まり、僕がゆっくりと目を開く……そこにいたのは二人の女の子……では無かった。
「……剣?」
視線の先にあったのは、床に突き刺さった二本の剣だった。
白色の剣と黒色の剣はまるで先ほどの二人の少女を思わせる。
それぞれ、刀身には紋章の様なものが描かれており、芸術品かのように美しいオーラを放つ。そう、床を傷つけたことをこの時に気付かないくらいには目を奪われていた。
「な、何で剣が、二人はどこ!? いや! これは……夢?」
『あの……ご主人様?』
白髪の女の子の声が聞こえて、ハッと我に返る。
どこから話しかけたのか、脳内に直接語りかけてきたかのようにその声は鮮明に聞こえた。
「夢じゃ無い? じゃあ二人は……」
『もちろん目の前に居ますわ』
『どうじゃ? 思い出したかの?』
剣、剣、剣……。
そう言われてみれば、朧気ながら記憶が蘇るのが分かる。
薄暗い洞窟の中、僕は壁を頼りに歩みを始める。
すると少し進んだ先にハッキリと目視できるくらい輝く何かを確認した。その何かに惹かれるように歩みを進める。
そこにあったのは二本の剣。何だか寂しそうな雰囲気を察知した僕はいつの間にか声を掛ける―――。
「な、なんだ、この記憶……」
思い出せない。この状況が何なのか、どういう経緯なのか、まるっきり靄がかかったかのように前後の記憶は曖昧で、思い出すことが出来なかった。
『ふむ、完全に覚えて居らぬようじゃぞ、我が主どのは。全く、このような者について行ったのは早計じゃったかの』
『何を言っているのでしょうか、姉様は。嬉しそうだった癖に。あんな場所に居たところで退屈な時間を過ごすのみではございませんか』
『な!』
『では、ご主人様には改めて自己紹介をした方がよろしいですわね』
呆然としていた僕の元に、可憐なドレスを身に纏う人間の姿に戻った彼女たちはゆっくり近づいた。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。
「我は黒聖剣・シルフィノーム。我らは魔を滅し、世界に平和をもたらすために創造された聖剣。主の所有物になることを認めたのじゃ。これからよろしく頼むの、我が主よ」
……どうやら僕は、聖剣なるものを拾ったらしい。
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