第三話 飲み会は楽しい
歩くこと数分、たどり着いたのは年配の夫婦が営むこじんまりとした『居酒屋達平』である。
ちなみに僕が初めてお酒を飲んだ場所でもある思い出の場所だ。
ガラガラと引き戸を開けて中の様子を伺う。
店の外見は年季が建っているのか古臭い印象を受けるが、中は清潔にされており、その雰囲気がギャップを感じさせる造りだ。
カウンター席を挟んだ厨房で、見慣れた夫婦の姿を確認する。
軽く会釈しながら店内へ入り、テーブル席に目を向けると一人の男が既に座っていた。
「おっ、来たかタイト」
この場所の恰好には明らかに合っていないであろうアロハシャツを羽織り、こちらに手を挙げる男。
その男の名前は
僕とは違い少しぽちゃっとした体型でありながら、職業は中央警察署に勤める警察官……しかもこの居酒屋を営む夫婦の次男坊である。
そんなわけだからか、11時閉店の営業時間外でありながら自由に飲み食いできるのは拓志(僕たちはタックーと呼んでいる)のお陰でもある。ちょっとした貸し切りみたいだ。
「タックー、こんな時間に呼ぶなよ」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。明日は店が定休日だし、売れ残りをお前らが食ってくれるのは有り難いんだとよ。母さんが許可くれたんだ。じゃんじゃん飲んで俺んちに金を落としてくれ」
「お金取るのかよ」
「当たり前だろぉ、売れ残りとは言え、友達料金は無しだ」
そう言って豪快に笑う。僕が冗談で言ったことを真に受けない当たり、僕たちの付き合いの長さが分かるだろう。
「まぁ、俺の地元にお前らが就職したんだからな。呼びやすくてついつい呼んじゃうな」
「俺、明日仕事なんだが……」
「俺は非番だ。来たってことは飲みたかったんだろ? 知ったことか」
彼はジョッキのビールを飲み干して満足そうに頷いた。既に出来上がっているみたいだ。
俺も彼の母親にビールを注文して、到着を待つ。その間、二人の男が来店してきた。
「ああ! タックーだけ先に飲みやがって!! おばさん、俺ら二人にもビールで!!」
内一人、すらっとしていてこの4人の中で一番モテた男、
僕たちの住むこの街――
元々は陰の者の集まりだった三人の中に、趣味が合うことで次第に親友になった僕たちグループの陽キャ代表ともいえる。
その性格からか「陽」と名前の「吉春」からとって「よっち」とも呼ばれている。
「二人とも早いね~」
そしてもう一人、同級生だとは思えないくらい高い声が特徴的な、この中で一番背の低い童顔な男、
彼とは小学生の時からの知り合いで、同じ地元で生まれた親友と言ってもよい。
職業はパイロットで、国内線を担当している。崩壊した地元から離れたことで、大学の時に離れ離れになったが、五久市に空港を構える航空会社に就職していた。
職業がバラバラの四人であるが、仲が良い奴に恵まれたのは幸運なことだと思う。
「まさかこんな時間に4人揃うとはな~。特にマコトは忙しいから来ないと思ってたぜ」
と、タックーが言う。僕も同感で、僕とタックーかよっちとタックー、それか三人で飲むことが多い。
まぁ5割はタックーの独り酒の場合で占めているが。
ただ、マコトは誘った時の多くが空に出ており、酒の席に顔を出したのは久しぶりであった。
「偶々だよ。丁度シフトに入ってなかったんだ」
「いつ飛ぶんだ?」
「飛ぶってなんだ? 意識?」
「フライトの方に決まってるだろ!!」
よっちがくだらないギャグを言って僕たちを笑わせる。
暫くしてマコトはメモ帳を取り出して予定を確認した。
「明後日かな。それまでは暇だから明日も飲めるよ。まぁ、次の日に影響しちゃったら怒られちゃうから、嗜むだけ、だけどね」
「おおっ!」
タックーは興奮したように喜びを見せていた。
彼にとってお酒は生活に欠かせない一部となっているようだ。警察官なんだからアル中にだけはなるなよと毎回思っている。
「俺は仕事だし、疲れてそうだからパス」
と、よっちが言い、僕も同調するように頷いた。
「はい、お待たせ~」
その時、おばさんがビールを四人前とおつまみを持ってテーブルに置く。
残り物だと聞いたが、煮物に枝豆に唐揚げに……と本当に余り物かよと思うくらい美味しそうなラインナップだった。
美味しそうな匂いに僕らの喉が鳴る。
「「「「じゃ、かんぱーい!!」」」」
ジョッキを打ち付け、皆同じように一気に飲み干す。これが僕たちのいつものスタイルだ。
無くなったビールのジョッキを机に置き、おかわりをタックーが要求する、それに応えるかのようにすぐさまお代わりを持って来てくれたおばさんに感謝をしつつ僕たちは話に花を咲かせた。
多くは仕事に対しての愚痴だ。上司がうざいだの、疲れるだの他愛のない会話である。
そんな中、店内に設置されていたテレビからニュースが流れた。
『ニュースです。【パワー・ガール】大手柄です! 本日未明、大阪府で発生した立てこもりテロ事件を【パワー・ガール】が解決に導きました。逮捕された犯人グループは5人、リーダー格と見られている男は自然環境に対して政府に改善するよう要求しており――』
アナウンサーが原稿を読み上げ、その様子の映像が映る。
学校の制服ではない、ピンク色が特徴的な可愛らしいコスチュームを着た蓮華の姿が映っていた。
そんな彼女が勢いよく建物に突入し、武装した男たちを薙ぎ払っているようだ。まるでぬいぐるみを乱暴に扱うかのように軽々と男を制圧している。
「はー、あれ、タイトの所の妹さんだろ?」
そう、イケ男のよっちが言ったので俺は憤慨する真似をしながら妹は渡さんぞと抗議する。
よっちはそんな様子の俺に苦笑いを浮かべた。
「いやいや、ロリは犯罪だし範囲外だっての、このシスコンが」
「おおお、おい! シスコンじゃねえし!! てか妹をロリって言うな!」
「めっちゃ動揺してるし」
彼女は中学二年生である。年齢的にはロリだが収入的には大人なので思わず動揺しただけだ。
シスコンに反応して動揺したのではないと明記しておく。
ちなみにこの四人は妹がヒーローをやっていることを知っている。
「いいよな~、特殊能力。男なら憧れちゃうよな」
「そうだね。ボクもヒーローに憧れがあるから」
と、それぞれよっちとマコトが言う。僕とタックーは難色を示した。
特にタックーは職業柄、僕は身内に居るからかあまりいい印象を持っていないのだ。
「まぁ俺も特殊能力があればなーとは思うが、折角の能力に目覚めても犯罪に身を投じるやつらや、ボロボロになる奴らも見たことがあるからな。特殊能力も碌なもんじゃないぞ」
「同感。毎回冷やっとしながら活躍を聞いてるよ。今さっきのテロを制圧した、何てニュース聞かされても……気が気じゃないし」
蓮華本人は不良たちを懲らしめたことと同列して語っていたが、お兄ちゃん的には心配なのは事実だった。
ヒーローとは、命を懸けている仕事だからな。
思い出されるのは地元が崩壊した映像……あの事故で多くの人間が亡くなったんだ。
今でも定期的に日本では『
ふと、マコトに目を向ける。マコトの両親も亡くなったと聞いた。彼は優しい人間だ。特殊能力に興味があるのは、僕たちの様な悲しみを持つ人間を増やしたくないがためにヒーローに憧れているのかもしれない。
「まぁ、今のままが一番かもな。暇なときに集まって、飲んだくれているぐらいがな」
「飲んだくれはタックー、お前だけだ」
「そりゃそっか。あはははははは」
お調子者のタックーが〆てこの話は終わった。
そうして楽しい時間は過ぎていく。
気が付くとお酒の量が増えていき、段々と意識が朦朧としてくるのが分かる。
後半、どんな話をしたのか覚えて居なかった。けれども楽しかったなと言った感覚があった。
***
ピピピピ、ピピピピ―――
脳裏を直接刺激するような不快な電子音が鳴り響き、僕は意識を覚醒させる。
何度も見慣れた、木造の天井。カーテンの隙間から朝日が零れ、僕の顔に当たる。
「まぶし、もう朝か……」
無事に帰れたのであろう、しかし服は着替えておらずそのまま寝てしまったようだった。
飲み過ぎのせいか、意識がぼーっとしているのが分かる。
早く仕事に行く準備をしなければならないが、動く気力が湧かなかった。
しかし、そういうわけにもいかないだろう。暫く天井を見つめていたが、不快な音は止まる様子は無く、僕は渋々手探りでスマホのアラームを止めようと手繰り寄せ――腕の違和感に気付いた。
重い感覚が圧し掛かっているようなのだ。それは右腕のみならず左腕も同様だった。
まるで、何かがしがみついているような……そんな違和感。
酔っぱらっても、着替えなくても、布団でちゃんと寝たらしい。肩まできちんと覆っているからか、何がしがみついているのか分からない。しかし、腕よりも大きな膨らみが二つ、目だけ動かして確認できた。
何かいる。
恐る恐る、起き上がる……それと同時に腕にしがみついた違和感が消え、布団が捲れる。その正体が見えた。
一つは白、もう一つは黒。
白い髪の女の子と、黒い髪の女の子が僕の両側に寝ていたのである。
「……え?」
それも、何も身に着けていない状態で、だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
読んでいただきまして誠にありがとうございます。
小話〜五久市〜
東京の中心から高速道路に乗って1時間ほどの場所にある、この物語上の架空都市。
最近開発されてから商業施設やビルが増加、空港まで出来た。人口が増えた傾向がある。
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