都の混乱

 朝。これ以上ないほど心地の良い睡眠を妨害したのは、突如として1km離れた場所に現れたドス黒い闇魔力だった。慌ててカーテンを開くと窓の外は完全な闇。……ん? 闇?


(どういう状況だろう。常夜体質の誰かが魔法でも暴発させたんだろうか。いや、それなら目視可能な範囲内に夜が途切れる部分があるはず。それがないということはそれだけ強敵だとういうとか?)


 頭を出す為に窓を開け、左右を見ようとした。だが、強めに頭を打った。


(あ、雨戸か。うわーこれは恥ずかしい。今すぐ死にたい誰か殺してくれ)


 気を取り直して雨戸を開く。するとそこには太陽光に照らされた見慣れた風景があった。


(良かった。常夜体質は僕と相性が悪すぎるからな)


 とはいえ闇魔力が消えたわけではない。したたかに頭を打ったおかげで眠気は吹き飛んだ。魔力は動いていない。その方向に眼を凝らす。


(んーアレはなんだろう。生物ではないようだが、確実にアレから闇魔力が流れ出している………そういう事か! この距離でこれだけの魔力が感じられると言う事は、もうそろそろ……ほらな)


 僕が住む街からアレ闇魔力供給装置に向かって住民が列を成し始めた。

 闇魔力供給装置スコタディ・シスケヴィ。今となっては見ることが減った催眠兵器。ほんの少しの悪意や憎悪を膨れ上がらせ、闇魔力に変換する、世界魔法大戦で使用された人工兵器。大国一つを傷付けずに占領、従属させたとの記録があるほど強力だそうで、実際僕も自らに魔法をかけていなければ列に並んでいただろう。

 しかしアレは、3年ほど前に滅んだ魔軍の長の冥府の王ハデスと、死者の女神ペルセフォネによって破壊されたはずだ。何故ここに、現世にあるのだろう。

 まぁいい。見つけてしまった以上破壊するしかない。この距離なら当てられるだろう。しかも僕には……


「おーい狩猟の神アルテミスー手伝ってくれー」


「はいはーいりょうかーい」


 心強すぎる仲間がいる。

 今回は生き物を倒すわけじゃない。邪魔は入らないはずだ。最強兵器とはいえアルテミスの魔力をくらえば潰れる。


「アルテミス。今日は君が射ってくれ。僕は破片の後片付けをしないといけないから。任せたよ?」


「任せとけっ!」


 目を閉じて魔法を発動する。


光速移動フォス・ラヴィテス!」


 風を切る音。凄まじいほどの空気圧。それが止み目を開けば、横には供給装置があった。


(やっぱりこの魔法、便利だな。ただ、自分しか使えないからパーティに参加している時は基本使えないんだよなぁ)


 ちなみに目を瞑って使ったのは、決して目が潰れてしまうからなどではない。怖いからだ。それはそうだろう? 光の速さで移動するんだぞ? 怖いのは当たり前だ。

 そんなことを考えつつ、手を挙げる。

 すると僕の家の方が一瞬輝き、アルテミスが放った矢が供給装置のコアを貫いた。


(流石すぎるな。寸分の狂いもない)


 飛び散った破片に手をかざす。


光の保護フォス・ハイレイン


 眩いばかりの光の檻が現れ、供給装置だったものをそれに全て閉じ込める。そのまま騎士団本部へ向かう。

 今回僕が射たず、アルテミスに任せたのには意味がある。僕の弓で射ったとしても「高速移動」を使えば1秒未満で回収に向かうことはできる。ただ、アレの核を破壊した者には呪いが掛かってしまうのだ。決してアルテミスを嫌って射たせたわけじゃない。アルテミスは貞潔の神だ。つまり、呪いの効果を受けない。僕が呪いを受けるより、アルテミスが呪いを打ち消す方が良いだろう?


(そういや仄華と楓はどこ行ったんだ? まさか情報が入ってないのか? でも魔力感知で分かる筈だ。うーん何かあったわけではなければ良いけど)


 なんだか嫌な予感がしてきた。急ごう。


 ***


「なんだこれ……」


 思わずそう零してしまうほどに、都は荒れ果てていた。

 門兵は大の字で眠り、外壁には数えきれないほどの落書き。門を潜れば街中から酒の匂いがする。これも供給装置の影響か?

 取り敢えず騎士団本部へ向かう。途中知らないお姉さんに「そこのお兄さん。こっちおいでよ」と声を掛けられたが、華麗にスルーしてやった。

 本部の門を叩く。すると中から少しやつれた楓が出てきた。


「あ、炫! どこ行ってたんだよー大変だったんだぞー」


「何があったんだ? 何故都がこんなにもけがれ廃れた?」


「お前急に辛辣だな。助けてくれ。ボスがおかしくなっちゃった」


 ボス。本名は藤神凛音ふじかみりんね。騎士団長であり、この都の副長。史上初の女性団長だ。魔法属性は聖。僕らのように神を従えるのではなく、存在そのものが神のようなもの。彼女は普段人前に姿を現すことはなく、語りを挟んで会話をする。ちなみに彼女は僕らと同い年だ。だから僕らはよく彼女と顔を合わせて笑い話をした。

 凛音は名前とは真逆で、熱い心の持ち主だ。一度話始めると止まらない。しかも為になる。

 楓に連れられるまま凛音のいる部屋に入る。


「おぉー炫ぅー久しぶりぃー元気ぃー?」


 確かに変だ。

 凛音の話し方は基本的にクールだ。少なくとも語尾を伸ばすことはない。


「凛音? どうしたんだ?」


「えぇーなんかねぇー体がふわふわしててぇー頭もぷかぷかしててぇーなんだか凄い楽しいのぉー」


 これは闇魔力供給装置の影響か? 

 確か遥か昔、まだ聖属性者が世界を統べていた頃。聖戦が勃発した。その終末の決め手となったのは「七つの大罪」が聖属性陣営に現れた事だ。どこから現れたのか、どこへ去っていったのかは不明。ただ、今一番有力とされている説は、「魔力供給装置により聖属性者が七つの大罪と化した」というもの。聖戦終結後の研究結果から、大きな魔力を持つ聖属性者が魔力供給装置の効果を受けると七つの大罪のいずれかの罪を負う、というものは事実となっている。

 つまり凛音は闇魔力供給装置の効果を受け、七つの大罪「怠惰たいだ」を得たということか?

 七つの大罪における怠惰は「なまける」ではなく「自信を失う」という意味だが、今の凛音をその言葉以外で表せない。怠けきっている。

 一刻も早く助けなければ。とはいえどうすれば良い? 闇魔力供給装置は破壊した。今は残り香の影響だろうが、不安だ。

 仕方ない。待とう。凛音が正気に戻らないと今回の件についても話せないしな。


 ***


「本当に申し訳なかった。私の失態を見られたのが炫と楓でまだ良かった。2人がいなかったらどうなっていたか……」


「別に良いよ。久しぶりに昔に戻ったみたいで楽しかったから」


「そう言ってもらえるとありがたいな」


 結局凛音が元に戻るまで3時間かかった。何度も外に出ようとする凛音を止めるので必死だったが、楽しかったのは本当だ。冷や汗は掻いたが。


「それで、どうしたんだ炫。何かあったんだろう?」


 おっと忘れていた。


「えっと、今回凛音がおかしくなったのも、恐らく都民がおかしくなったのも、コレのせいだ」


 光の檻に入れてある闇魔力供給装置を見せる。


「ほぅ? なかなか珍しいものを持ってるじゃないか。」


「それってあれか? 魔力なんちゃらってやつか?」


「魔力供給装置だよ楓……」


「そうだったな。わりぃ」


「炫、それはどこで拾ったんだ?」


「そんな子猫みたいな感覚で拾えるものじゃないけどね。これは都の南西1kmの平原の中に突如として現れたんだ。朝気付いた」


「炫は眠っている間も魔力感知をしているんだったな。なら現れたのは今朝とみて間違いないだろう」


「うん。それですぐにアルテミスに射ってもらって回収した。その後都に戻ってきたら門兵は寝てるし、いかがわしいお姉さんに勧誘されるし、凛音はおかしいしで大変だったよ」


「なるほど。門兵は不問としておこう。そのいかがわしいお姉さんとやらが務める店は潰しておくべきか?」


「知らないよ。繁盛具合によるんじゃない?」


「その店は繁盛しているのか?」


「行ったことないし見たこともないよ……」


「そうか。今度訪問して探るとしよう」


「何でだよ……」


「今はそこではなかろう。魔力供給装置がどこから来たのかを探る必要がありそうだ」


「そうだね」


「して炫、楓。頼めるか?」


「おっ仕事か?」


「楓……実は騎士団暮らし飽きてきたんだろ」


「そ、そんな事ないよー」


「では2人とも頼んだぞ。あと、仄華にもよろしくと伝えておいてくれ。」


「「了解」」


 僕らは並んで仄華の寮へ向かう。

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