浮かない休息

 無事に初任務を終え、再会を祝おうという事で行きつけの酒場に来た。勿論僕らは成年している。ちなみに今年で20歳だ。

 大部屋を貸し切ってそれはそれはもう大盛り上がり。3人の英霊も全員集合して大燥ぎ。

 仄華の英霊であるアフロディーテは飲みすぎて部屋の隅で真っ青な顔で三角座りしているし、エウプロシュネは何度目かも分からない乾杯の音頭をとっている。エロスに関しては眠りこけてしまっている。

 仄華の英霊は皆「美」に関する神だ。勿論容姿は美しいが、酒に弱い。

 対して楓の英霊達は酒に強い。ちなみに楓の英霊達は皆「過去の事象」に関する神だ。

 アフロディーテの横であれこれと世話を焼いているのがムネモシュネ。エウプロシュネをなだめているのがテミス。メイティスは楓と談笑している。アテナは仄華に抱きついている。

 そして僕の英霊達はシャイで、ずっと僕の後ろに隠れている。


「お前達……今日はみんなの親睦会も兼ねてるんだぞ? ちょっと話しかけておいでよ」


「で、でも……みんな酔っちゃってるし……」


「何言ってんだか。酔ってる時ほど絡みやすいもんだよ。全く、相変わらず人見知りなんだから……あームネモシュネ。こいつらと遊んでやってくれ」


「ああ分かった。宴会といえばトランプだろう。ババ抜きなんてどうだ?」


「ババ抜き……!」


 食いついたのはアトロポスだ。

 いつも引っ込み思案のアトロポスが食いついたのだ。みんなが食いつかないわけがない。流石記憶の神。どこかでトランプが好きだと言ったのを憶えていたのだろう。

 英霊達をムネモシュネに預けて僕は外に出る。

 昨日の戦闘で改めて自分の力不足を思い知った。まず、英霊達の力を発揮し切れていない。最上級魔法と言われる「運命」を操る3人の英霊を従えているにもかかわらず、巨影の1人も倒せなかった。


(とはいえ、仄華と楓は英霊を使わずにあの拠点を潰したんだよな。どう考えても異常だ)


 うんうんと頭を悩ませていると、背後に魔力を感じた。


「ん、ひさしぶりだな。アルテミス」


「バレちゃったかー久しぶりっ!」


 アルテミス。誰しもが耳にした事があるであろう月と狩猟と貞潔の神。特殊な魔力故に、夜の間しか魔法を使えない。だから昨日の戦闘時も現れなかった。


「で、何暗い顔してるの?」


「仄華と楓の足元にも及んでいないことを思い知って、1人反省会だよ」


「なら付き合ってあげる。昨日の戦いも見てたから。あ、ルシファーも呼ぼっか」


「あぁ、よろしく頼む」


 アルテミスが宙に魔法陣を描く。すると陣が蒼く輝きだし


「ん? どうした?」


 と間抜けした声を発しながら明けの明星ルシファーが降臨する。


「ルシファー。僕に足りないものはなんだと思う?」


「おぉ炫。昨日の戦いは散々だったなぁ。巨影はたまたま起き上がったんだよ。気にする事はないさ」


 会話が噛み合っていない。いつも通りだが。


「ルシファー。僕はどうすれば仄華や楓のように強くなれる?」


「はて、また炫は訳のわからんことを言い出す。充分強いではないか。普通の人間ならあの様にわしの魔力で倒れてしまうが、炫は違うではないか。炫。お前は誰よりも強いものを持ってあるではないか。強いて言うならば炫がそれに気付いた時、誰よりも強くなる。決して迷う事はない。真っ直ぐに、真摯に、仄華や楓と向き合えばいずれ分かるはずだ。じゃあな。わしは今から晩御飯だ。アルテミスも、炫を護ってやるのだぞ」


「はいはーい」


 ルシファーめ……また訳のわからないことを言い残して帰りやがった……


「ひーかーる? なーに冴えない顔してるの。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない。ほら笑って! みんなのとこに戻るよー」


「あぁ、そうだな。落ち込んでいても変わらないか。依頼こなしていくうちにルシファーの言ってた「僕が持っている強いもの」も分かるだろうし。今度はアルテミスも参加してくれよな。凄く心強いから」


「ひかるぅー照れちまうぜー! 可愛い奴めっ!」


 そう言ってわしゃわしゃと僕の頭を撫で回す。悪い気はしない。

 酒場に戻ると驚くほど静まり返っていて、誰かが何かしてしまったのかと心配したのだが、大部屋で全員が眠っていた。酒を煽りすぎた様だ。


「やれやれ、僕が飲み始める前に全員潰れたのか。では僕もその一員となろう。アルテミス、後片付けは頼めるか?」


「もっちろん! ぐっすり眠りな!」


 威勢のいい返事を聞いて、酒を少し飲む。それだけで僕の思考は微睡まどろみに飲み込まれていった。

 僕は絶望的に酒に弱いのだった。


 ***


「……し? もし……し? もしもーし? お、おはよっ」


「んぁアルテミス? おはよう……?」


「何寝ぼけちゃってんの……ほらそろそろ帰るよ? みんな起こすの手伝ってー」


「あ、あぁ。ありがとうな」


「いいんだよぉー」


 テーブルの上は片付けられ、部屋の隅には宴会後恒例の半透明ビニールに入れられた空き缶の山。

 窓の外は吸い込まれてしまいそうなほどの闇。恐らく午前2時くらいだろう。

 アルテミスは陽の光に当たると魔力が暴走してしまうため、陽が沈んでいる間しか行動しない。日中は僕の家の一室で読書に励んでいる。その中にルシファー降臨の魔法陣があったようで、気付けば仲良くなっていた。

 入り口の近くにいた仄華と楓を起こし、1人ずつ体を揺すっていく。

 エウプロシュネは「まだまだ飲むぞー」と言っていたが、流石に仄華に止められていた。

 こんな和やかな日々がこれから続いていくと思うと、不安など吹き飛んで心が躍ったのだった。

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