第38話 お願い

 道中、モンスターの襲撃があったものの、夜には予定の野営場所に着いた。

 暗闇の中を歩けるのは、一部の夜目が効くモンスターぐらい。

 エレンが覚えた《ナイト・ビジョン》で歩くことは可能だが、強行軍をしなければならない状況でもないのに負荷が増えるだけなので、夜は基本的に動かないのが鉄則だ。



 大きな焚き木をいくつか作り、パーティーごとに分かれて談笑している。

 就寝するにはまだ少し早い。

 御者以外は全員ギルド員ということで、持ち回りで寝ずの番をしようという話になったが、アルの道中の活躍により、俺たちは免除された。



「……あれ、アルは?」



 鍋から料理を皿に小分けして持ってきたエレンが、一人いないことに気づく。



「アルは馬車の中です。ケンタウロスと戦闘があったので、鎧を点検すると言って引っ込みました」

「……壊れたの? 一方的に攻撃しただけだったと思ったけど」

「念のため、と言っていました。珍しく、気合いが入っていますね」



 エレンから料理を受け取る。

 《天の杯》の食事より味気ないが、こうして夜天の下で食べるのがまたいい。



「リーナ、今日のアルバートは何だか、変な感じがするのだがどう思う?」



 クーデリアの言う通り、やけにやる気を出して率先してモンスターと戦っていった。

 どうしてなのか、遡れば……馬車での出来事か?

 仮にそうだとしても、あれがやる気を出す出来事とはとても思えない。



「確かに様子は変ですが、アル自身の心の問題だと思います。勝手に自分で解決すると思いますよ?」



 スタークの計画性の無さと無鉄砲さは、昔のアルに似ていなくもない。

 その昔、まだ俺とアルが路上で生活していたころ、アルが相手を見ずに食べ物を盗んでしまったせいで散々追いかけ回された。



 時には大人六人を相手に殴り込みをしたり、いい商売があるとホイホイ誘われて警察に逮捕されかけたこともあった。

 俺も巻き込まれて死にかけたことは一度や二度ではない。



「うーん、そう……なのか?」



 あまり納得していない様子のクーデリア。



「あの……今、大丈夫でしょうか?」



 俺たちから離れた場所で、スタークと食事をしていたはずのマリサが話しかけてきた。

 彼女の申し訳なさそうな表情から、どういう目的で来たのかすぐにわかった。



「もしかして、試験のお話ですか?」

「ど、どうしてわかったんですか⁉」



 大仰に驚くマリサだが、昼と同じ表情で話しかけられれば、誰でも察するだろう。



「そういえば、あの時はお返事ができませんでしたね。お断りします」

「……それは、試験のルール的にグレーだからですか?」



 予め断られることはわかっていたのか、意外にも落ち着き払った様子だ。



「違います」



 俺は、はっきりと否定する。



「仮にですよ? 私たちが一緒にあなたたちの割符を探して、見つけることができました。そのあとはどうするおつもりですか?」

「え? それは、迷宮に潜ったり……」

「私たちナシで、ですよね。はっきり言って、死にますよ?」



 そもそも試験は、実力がない人間をふるいにかけるためにあるもの。

 マリサが言う方法で合格しても、俺たちがいなければ迷宮で死亡する確率が跳ね上がる。



「私は、大人しく帰って魔法使いをメンバーに加えることをおススメしますよ」

「リーナと同意見だ。私たちは、エレンが迷宮の試験に合格するために必要な魔法を習得したからこそ、試験を受ける。君たちはもう少し、自分の命を大切にすべきだ」

「……うんうん」



 戦闘経験が浅いエレンでも、浅はかな考えだとわかっている。



「でも、それでも……! どうか、お願いします!」



 何度も頭を下げるマリサ。

 俺たちはほとほと困り果てた。



***



「──何だと? もう一回言ってみろ」



 乗合馬車の中で装備の点検をおこなっていたアルバートは、入口に視線を向けて聞き返す。

 彼のもとを訪れたのは、《天の杯》の一件から微妙な関係にあるスタークだった。



「一緒に、試験を受けてくれ…………ませんか? ケンタウロスで戦う姿を見て正直、物が違うって思ったよ。あんたはスゲーヤツだ。そんなヤツが入っているパーティーもきっとすごいんだろ。だから、あんたから学んで強くなりたいんだ」



 スタークの口から同じ言葉に願望が加わり、アルバートは装備から手を離す。

 プライドが高いことは、これまでの行動からわかっていた。

 まさか、こんなにも素直に頭を下げてくるとは思っていなかった。

 どう返答する?



 アルバートがケンタウロスと一人で戦ったのは、スタークに実力差を見せつけ、無謀な挑戦を断念させようという不器用な男なりの遠回しな方法だった。

 それがこんなことになるとは。

 アルバートは、装備を『収納』する。



「断る」



 何の迷いもなく、スタークの願いをあっさりと切り捨てた。

 彼らと行動を共にしても、アルバート含むリーナ一同にメリットがない。

 むしろ、お荷物が増えることで無用にリスクを抱え込むだけだ。



 シンシーとファルト、二人と一緒に戦ったのは、彼女たちがオリハルコンクラスで実力が確かなものだったからだ。

 《天の杯》で聞いた話では、スタークたちは幾度も迷宮の試験に落ちている。

 そんな人間たちと行動していては、不測の事態が発生しかねない。



「諦めて《天の杯》に帰れ。どうしても試験に合格したいなら、使える魔法使いを雇え」



 至極真っ当な意見で、スタークを説得しようする。

 魔力を持つだけで貴重であり、有用な魔法を使えるとなるとかなり少ない。

 いくら人数が少なくても、探せば一人か二人ぐらいはいるはずだ。



「それは……無理だ」

「あ? 何でだよ」

「な、何でもだ! 無理なもんは無理なんだよ!」



 少年の慌てようはいささか過大なように思う。

 何か理由があるのだろうが、詮索するほどの仲でもない。



「なあ、本当に無理なのか?」



 スタークの声は段々、懇願の色が強くなっていった。



「お前、どうして迷宮なんだ? 金が欲しいなら、普通に働けばいいだろ」

「……親が作った借金を返すためだ。あいつら、借金を俺に押しつけて蒸発しやがった。妹は借金の担保にされちまって、早く解放してやりたいんだ。真っ当に働いてたんじゃ、何年かかるかわからねぇ。その間に、妹が売られちまうかもしれねぇんだ」

「お、おぉ……そうか」



 聞いていた話以上のことが少年の口から出てきて、アルバートはどう返答していいかわからず、どもってしまった。

 金を借りた存在にもよるが、合法的に押さえられている場合、力づくは難しい。

 そんなことをすれば、捕まるのは少年のほうである。



「それに、俺には夢があるんだ」

「夢?」



「ガキのころにロクでもない両親が買ってくれた絵本の中の騎士が憧れなんだ。騎士になりたくても、この国の騎士のほとんどは、貴族の三男坊や四男坊。家の出自で決まっちまう。平民でもなれる方法は、士官学校で優秀な成績を修めるか、ギルド員で名誉を得ること。だから俺は、迷宮探索がしたいんだ」



 なるほど、と少年の考えにアルバートは納得する。

 フィリス王国の士官学校は門戸が広く、平民でも卒業は可能だ。

 ただし、とにかく金がかかり、資産家でもない限り卒業は難しい。



 必然、スタークが取れる手段はギルド員で名誉を得る以外にない。

 迷宮探索で名誉を得る方法は、ハイリスクハイリターンだが、彼の境遇を考えれば最短距離と言える。



「……悪かった。こんなメリットがない話、あんたには関係ないよな」



 何も答えないアルバートを見て、肩を落として落胆した声を漏らす。

 馬車から去ろうとするスタークの背に、アルバートは無意識で声をかけてしまった。



「別のパーティーに頼んだらどうなんだ? 仲がいいヤツはいないのかよ」

「何人かはいるけど、みんな合格してるから組めないんだ」

「そりゃ、残念だな」



 このまま話を切り、別れることはできる。

 少年はきっと、仲間の少女とともに迷宮に赴き、何もできずに逃げ帰るか、下手を打って死ぬのがオチだ。

 寝覚めは悪いが、世の中そんなもの。



 ──ふと、胸元が熱いと感じた。

 そこには、姉の形見であるペンダントがあるだけ。

 ペンダントに熱を発生させる機能はない。

 気のせいのはずだが、気になってしまい、つい取り出した。



 無骨なアルバートには似合わない片翼をかたどったペンダント。

 熱はもう、感じない。



『放っておくの?』



 聞こえるはずのない懐かしい姉の声が、ペンダントから聞こえてきたような気がした。

 幻聴だと断じることはできる。

 だがどうしても、無視することはできなかった。



「…………勝手に後ろをついて来るならいいぞ」

「えっ?」



 気づけば言葉が勝手に漏れ出た。



「い、いいのか?」

「よくねぇよ。ただ、このままにすればお前、単身だろうと突っ込んで死にかねないからな。死ねば目覚めが悪い」



「あ、ありがとう……ございます! よろしくお願いします!」

「やめろ、そのとっつけた敬語は。お前は警戒もあるだろ。とっとと寝ろ」

「ありがとう! 俺、頑張るから!」



 スタークには、なぜ突然アルバートが態度を軟化させたのかわからない。

 理由はどうであれ、よほど嬉しかったのか、上擦った声のスタークが馬車から去って行った。

 一人になったところで、若干の後悔が心の奥底ににじむ。



 自分は聖堂騎士団の騎士で聖女リィンの護衛役。

 早まったことをとリィンから呆れられ、クーデリアからは怒られ、エレンは……ぼぉっとしているかもしれない。



「…………ったく、悩むなんて俺らしくねぇ。適当な言い訳考えておくか。こういう時、姉貴なら率先して助けるんだろうな。俺とリィンを拾った時みたいに」

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