第37話 前方から

 最初に気がついたのは御者だった。



「ん? 何だ、あれは?」



 御者の異変に気づき、窓を開けて外を見る。

 馬車の進路方向に土煙が上がっていた。

 何かがこちらへ近づいている。



「馬車にしてはスピードが出ているな。エレンは視力強化の補助魔法は使えるか?」

「……ちょっと待って」



 クーデリアの要請に程なくして、俺とクーデリアに魔法がかけられる。



「さて、一体何でしょう……ね」

「あれ……は」



 同時に前方から迫る存在を認識し、言葉を失う。

 おかしい、あのモンスターはこの地域に生息していないはず。

 現実逃避していても、モンスターがいなくなるわけでもない。

 速やかに行動を起こすべきだ。



「御者さん! モンスターです! すぐに止めてください!」

「な、何だって⁉ 逃げられないのか!」

「向こうのほうが速いです。どうしたって、襲われますよ」

「わ、わかった!」



 後ろについてきていたもう一台も一緒に止まり、何事かとギルド員が馬車から降りる。



「おい、寝てたのに何だってんだよ」

「何よぉ、早く迷宮に行きたいにぃ」

「一体何なんですか……」



 状況を理解できていないギルド員たちから文句が漏れる。

 って、クーデリアにボコられた額に傷のある大男がいるじゃないか。



「モンスターです。敵は、ケンタウロス」



 端的に俺が目撃したモンスターを伝えた。

 それだけで、ギルド員たちの顔に緊張が走る。

 わかっていないのは、エレンとスターク、マリサだけだ。



「ケンタウロスは上半身が人間体、下半身が馬の体を持つモンスターです。性格は獰猛、人間を見境なく殺し、女子供を好んで食べます」



 ヒエェっと情けない声がマリサから聞こえた。

 時速約七十キロで駆け抜け、個体によっては武器を携えて襲ってくる。

 遠くから視認した限り、五体のケンタウロスは素手だった。



 素手だからといって、油断していい相手ではない。

 敵は、俺たちよりも重量があり、激突すればこちらが複雑骨折である。

 対処法は落とし穴に嵌めたり、魔法による遠距離攻撃が有効だ。



 弓矢も有効といえば有効だが、上半身は人間のような姿なのに、見た目以上に硬いため効果は薄い。

 今から罠なんて仕掛けられない。

 とすれば、魔法で殲滅すべきだ。



「クーデリア。《インフェルノ》で焼き払ってください」

「いいのか? 一帯が火事になるぞ」



「エレンが水魔法を使えますし、他のギルド員もいます。消火はすぐに終わるでしょうから、さっさと倒してしまって、テセリオに行きましょう」

「全員下がってろ。俺がやる」

「アル?」



 装備を『展開』して、すでに臨戦態勢のアルが全員の前に立つ。



「無茶だ。ここは平原で障害物がない。正面から戦うには分が悪い」



 クーデリアの言う通り、ケンタウロスを相手に正面から戦うのはバカのすること。

 自分でもわかっているはずなのに、アルは頑なに戦おうとする。



「馬車は道からどかしといてくれ。戦闘中に巻き込まれちゃ、かなわねぇからな。ぜってぇ、後ろには行かせねぇがよ」



 言うや否や、アルが駆け出す。

 あいつ、どうしたんだ?



「仕方ありませんね。御者を手伝いましょうか、クーデリア。みなさんもお願いしまーす」

「何、言ってんだ! あんなヤツ一人に任せられるかよ!」



 スタークが抜剣して今にも突撃をかまそうとしている。

 そんな彼を後ろから誰かが羽交い締めにした。



「うおッ⁉」

「大人しくしな。あれは、お前みたいなチンチクリンにどうこうできる相手じゃねぇ」



 額に傷のある大男だ。

 スタークが暴れても、持ち前の肉体を利用して力づくで押さえている。

 クーデリアにボコボコにされていたから実力を勘違いしていたが、意外にもやるようだ。



「姉御! こっちは俺が、この俺がやっておくので、どうぞ暴れてください!」

「……うん」



 こいつ、下心かよ。

 エレンには警戒するように言っておかないとな。

 あと、戦うのはアルだけだ。



「オラッ!」



 アルがすれ違いざま、前に飛び出していたケンタウロスの一体を両断した。

 瞬間的に《魔撃》を使い、ケンタウロスの突撃の威力に負けないように動いている。

 正面からさらに二体目、三体目と瞬く間に斬り伏せた。



 後ろで他のギルド員から感嘆の息が漏れる。

 フルプレートアーマーでここまで動けるのは、装備を更新したことにより、付与魔法を新たに追加した。



 それが、『瞬速化』。

 補助魔法とは別に、魔力を使用することで高速戦闘を可能にする高等付与魔法だ。

 弱点として、多大な魔力を消費することから長時間の戦闘には向かない。



 魔力量が多いアルだからこそできる戦闘だ。

 これにシンシーの《フルブースト》が合わされば、そこいらのモンスター程度ならば敵なしだろう。



 残った二体は、アルを警戒してか、剣の間合いに入らず手前で止まっている。

 武器を持たないケンタウロスが突撃せずに止まるなんて、自ら武器を捨てる自殺行為だ。



「シッ!」



 『瞬速化』があれば、ケンタウロスが動き出すよりも前に斬り倒すことが可能。

 接敵から僅かの時間で、ケンタウロスは物言わぬ肉塊へと変わり果てた。



「さすが、教会の騎士様だな」

「教会の騎士?」



 後ろで、スタークから疑問の声が上がる。



「何だ、知らなかったのか? そうか。お前、この前の騒動の時はテセリオにいたんだったな。オリハルコンクラスたちと一緒に騒動を解決したのが、姉御率いるあの四人のパーティーなんだぞ」

「エレン、いつの間にリーダーになったのですか?」

「……知らない」



 俺から目どころか体ごと逸らす様子は、どう考えても心当たりありといった感じだ。

 特段追及することでもないので、話を切り、モンスターの死体へ向かう。



「どうしたのだ、リーナ。何か、気になることでも?」

「ケンタウロスの生息地は高原です。平原で出くわすのは、非常に珍しいと思いまして。……誰かが、連れて来ない限りは」



「……まさか、何者かによる仕業だと?」

「そこまではわかりません。ただの考えすぎかもしれません」



 街道はギルド員が討伐依頼を定期的に受け、比較的安全に通ることができる。

 それでも討ち漏らしや、モンスターが増えるタイミングによって襲われる可能性は決して少なくない。



 俺は現在、神託を受けている身。

 悪魔でも天使でも、襲われる可能性があることを留意しておかないとな。

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