第36話 乗合馬車にて

 翌日、迷宮に向かうために乗合馬車の待合所に着いた。

 この時間帯は迷宮近くの街、テセリオ行きしかなく、待合所にいる人間は俺たちと同じ目的地のはずだ。

 テセリオは迷宮近くの街ということもあり、ギルド員らしき風貌の人間が多い。



 乗合馬車は十人乗りで数は二台。

 御者に四人分の代金を払い、どちらの馬車にするか選ぶ。

 と、すでに一台、席が埋まっていた。

 もう一台はスッカスカで全員で乗れそうだと思ったら……。



「「あっ」」



 もう一台の乗客席に、別の人間がすでに乗っていた。

 乗合馬車なのだから、俺たち以外の乗客がいるのは当たり前なのだが、相手が《天の杯》でひと悶着あった少年と少女、スタークとマリサだった。



 時間をずらして別の乗合馬車にすべきか、一瞬悩む。

 そのせいで、アルたちが彼らに気づかず乗り込んでしまった。



「あ? テメェ……」

「ゲッ」



 アルとスタークの視線が交錯する。

 すぐにスタークはバツが悪そうに顔を逸らした。

 アルは何事もなかったように、荷物を荷台に置き、さっさと席に座る。



 ホッ。

 一触即発かと思ったが、案外アルは大人だったようだ。

 その後、エレンとクーデリアが席に座り、満員にならないまま定時時刻通りに馬車が出発する。

 エレンは馬車に乗ったことがなく、物珍しさから外の景色を眺めていた。



「……ねえ、何で迷宮って存在するの?」



 しばらくして、そんな疑問がエレンから出た。


「……迷宮は、罠だけじゃなくてモンスターも出る。国やギルド、教会はどうして潰さないの?」

「潰さないのではなく、潰せないのですよ」

「……どういうこと?」



 俺は教会で得た知識をエレンに教える。



「迷宮は、自然にできたものではありません。人工物です。自然に発生するモンスター、罠、宝物全て含めて、ね」



「……人工物で、歴史的に価値があるから潰さないっていうこと?」

「違います。あれは、人間を根絶やしにするために橋頭堡を欲した悪魔と悪魔の力を借りたい魔法使いの思惑が合致して、生まれたものです」



 悪魔崇拝が全盛期だった時代は、今はもう過去。

 現代は邪教徒として、ひっそりとテロ行為に勤しんでいるが数は多くない。



「……それなら、尚更潰すはず」



「それができないのです。迷宮自体が魔法そのものといいますか、あれを破壊してしまうと呪いが周囲に拡散してしまい、草木一本生えない不毛な土地ができ上がってしまうのですよ。実際にレヴァナント帝国が儀式魔法を数百回行使して潰したら、致死率百パーセントの伝染病が発生したり、水が汚染したりとえらい目に遭いました」



 当時、たまたま聖女の力が浄化に特化した存在だったため、国は致命傷とまではいかず、大打撃で済んだ。



 『清浄の聖女』と呼ばれた聖女もレヴァナント帝国を救うために力を使いすぎて急死したため、万が一がおこった場合、誰にも事態を収拾することができないということで、国際条約で迷宮の破壊は禁止になっている。



「ただ、誰も迷宮に手を出さないとなると、迷宮の中にいるモンスターが溢れかえってしまい、迷宮から出て近隣の村や街が被害に遭う。軍隊を動かせば、軍事費がとんでもないことに。そこで……」



「ギルド員の出番ということです。人間が欲しそうな宝物が出現するのは、人間を誘き寄せて殺し、モンスターの養分とするためですが、ギルド員にそんなことは関係ありません。お金になれば何でもいいのです」



 クーデリアが横から補足を入れ、俺がさらに補強する。

 国としては軍事費が浮き、さらにギルド員が持ち帰った宝物によってお金もそれなりの額が動く。



 ギルド員は一攫千金ができて、ホクホクと。

 簡単に稼げると勘違いした実力を弁えない連中がこぞって迷宮に入ってしまい、モンスターの養分

となる事例があとを絶たなかったため、許可制になってしまった。



「そうなんだー。知ってた、スーちゃん?」

「あ、当たり前だろ。こんなこと、常識だぜ」



 俺たちの話に耳を傾けていた彼らから、そんな話が聞こえてきた。

 お前、その口振りは知らなかっただろ。

 街まで一日半もあるせいで、二、三時間も話していれば話のネタが尽きてくる。



 次第に馬車の中は静かになり、みな、思い思いのことをやっていた。

 俺はといえば、持参した本を読んでいる。

 歴史書の内容は、一通りのイグニス大陸の歴史を記していた。



 アイラス教についても書かれており、最初の聖女、『始まりの聖女』についても。

 とはいえ、情報は俺にとって既知のもの。

 目新しさはない。



 『識の聖女』のせいで情報を改めて精査しようと、こうして手当たり次第に探しているが、市販の物では限界がある。

 もし、歴史ある家の蔵書や国の蔵書に赴く機会があれば、是非探してみたい。



「あ、あの……」



 誰かから呼ばれ、本から顔を上げる。

 俺を呼んだのは、マリサだった。

 呼んだはいいものの、どう話を切り出したらいいか困った様子。



「どうかしましたか?」

「あの、この馬車に乗っているということは、みなさんも迷宮に向かうのですよね?」



 ギルド員がテセリオに用があるのは、迷宮と相場が決まっている。

 だからそう、彼女は断定したのだろう。



「そうですね。それが?」



 一拍置いて、少女からとんでもないことが口から出た。



「い、一緒に試験を受けませんか⁉」

「お、おいっ!」



 スタークもビックリして、マリサの肩を掴んでいる。

 俺たちも突然の出来事に、ポカーンと口を開けていた。

 一緒に試験って……。



「クーデリア、そんなことできましたっけ?」

「……彼女たちと私たちとでは、ギルドに納品する物は別のはず。協力して一緒に探すということだろう。黒よりのグレーだがな」



「わかってます。でも、私たち二人だけだと試験に合格できません。だから、みなさんの力を……!」

「か、勝手なこと言うな、マリサ! 俺たちだけでできる!」

「その結果が《天の杯》での醜態か?」



 馬車に乗って以来、口を開いていなかったアルが突然毒を吐いた。

 煽ったら少年が怒るとわかってやってるだろう。



「俺たちだけで試験は合格できる!」

「で、でも、私たち一つも罠を突破できなかったよ? 魔法が使えないから」

「ま、魔法なしで迷宮の試験を突破しようとしていたのですか?」



 マリサの発言に目を剥く。

 魔法使い無しで迷宮に挑むのは、自殺行為に等しい。

 エレンに覚えてもらった《ナイト・ビジョン》は松明で、《マッピング》は手書きでも、できることはできる。



 だが《サーチ》は違う。

 魔力によって対象を調査するこの魔法は、使用できなければ、物理的に触れて調査しなければならない。



 宝物によっては、物理的に触れたことで罠が発動するものがあり、死亡者まで出ている。

 《サーチ》があるとないとでは、生存率が全く違う。



「う、うるせー! 魔法がなくたって、俺たちは──!」

「あのーお客さん? あまり、席で騒がしくしないでくれませんかね?」



 見かねたのか、御者席から声がかかった。

 これ以上騒いでは、強制的に馬車を降ろされるかもしれない。

 スタークは憤慨しながら、マリサはペコペコ頭を下げて自分の席へ戻っていた。

 本当に大丈夫か? このパーティー。

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