第35話 力を得た者、得られなかった者

「それじゃあ、《サーチ》よ」

「……うん」



 エレンは《サーチ》を詠唱して、アルとファルトが積み上げた石の塊の中にあるものが宝石か、それとも罠なのかを見極めていた。



「……右は宝石、左は罠。真ん中は…………罠」

「私が宝石に見えるように偽装した爆弾だったけど、引っかからなかったわね。迷宮には、毒矢だったり落とし穴だったり、いろいろあるから気をつけなさい。《サーチ》は合格よ。次、《ナイト・ビジョン》」



 シンシーが指を鳴らすと、訓練場の照明が一斉に落ちて辺りは闇に包まれる。

 エレンは慌てることなく《ナイト・ビジョン》を使い、事前に設置していた障害物を避けて訓練場を歩き回る。



 鋭利な角がある障害物も含まれ、当たれば痛いだけでは済まないが、エレンはきっちり避けていた。



「いいじゃない。暗闇の状態で《マッピング》を使いなさい」



 《マッピング》は、自身の頭の中に描いた地図を専用の紙に誤差なく転写する魔法だ。

 一見便利に思える魔法だが、頭の中で通路や物、柱など把握して記憶できなければ、ぐちゃぐちゃのまま転写してしまう。

 訓練場の照明が点灯後、エレンが転写した紙を見てシンシーは満足気に頷く。



「十分よ。これなら、試験は合格できるでしょ」

「……うん、ありがとう」

「べ、別にお礼はいいわよ」



「……そう? それなら、新しい香辛料を持ってきて……」

「それはいらない」



 エレンの訓練を頼んで二週間が経過した。

 当初は試験に必要な魔法だけ学ばせるつもりだった。

 『識の聖女』のせいで不安を感じてしまい、シンシーに頼み込んで、エレンには他の魔法も学んでもらった。



 対価は……まあ、安くはなかったが、教会に何も言わなければ、払っていないことと同じである。

 クーデリアは詠唱を短縮することができた。

 シンシーが求めているレベルとまではいかなかったものの、一騎士と考えれば十分な速さを得られた。



 一方。

 不出来なアルはというと…………。



「はあああああああああッッッ‼」

「あなた、何してるの?」



 呆れた表情のシンシーが見る先には、額に血管が浮かび上がるほど何故か踏ん張っているバカが一人。



「何って、補助魔法を使ってんだよ」

「どの世界に気合いだけで魔法を使うヤツがいるのよ! 普通に詠唱して、普通に魔法を使いなさい!」



「できなぇから、こうして別の切り口をだな」

「あなたのは、ただの屁理屈! いえ、屁理屈にもならないわよ! どうして、そんなに魔力量があって攻撃魔法も使えるのに……。こんなアンバランスなヤツ、初めてよ!」



「……照れるじゃねぇか」

「褒めてないわよ!」



 教会の魔法指導教官を散々手こずらせたあげく、最後は匙を投げられた人間だ。

 シンシーならばと思ったが、アルの補助魔法のセンスのなさはひどいの一言である。

 そして、俺は。



「ハッ!」



 クーデリアの剣閃を剣で受け流し、間合いを詰める。

 彼女の体格は俺よりも大きく、詰められてしまうと分が悪い。

 後ろへ下がるか、前に出て鍔迫り合いで力づくにもっていくしかない。

 クーデリアは後ろへ下がった。



 剣を大きく引き、突きの体勢を作る。

 《ジョン・ルーカー》を《英霊召喚の儀》によって召喚し、記憶を体に降ろした。

 今はもう欠片ほども残っていないが、技を使用した『経験』は僅かながら残っている。

 再現ができるほど、俺自身の素の能力も技量も決して高くはない。



 魔植人エントルとの戦いで使った『シューティング・スター』と『ミーティア・スター』。

 本来、槍の技である二つは、《ジョン・ルーカー》の記憶のおかげで剣でも使える。



「『偽(フェイク)シューティング・スター』!」



 《ジョン・ルーカー》とは比べるまでもない微かな光の軌跡。

 それでも、素の俺の剣技の中で一番の速さを誇る。

 クーデリアの胸を貫く寸前、剣の進行を止めた。

 これは訓練、治った体の調子を見るためのものだ。



「見事、素晴らしい突き技だ。リーナは騎士になる気はないのか?」



 剣を納めるクーデリアからそんなこと言われ、



「私は自由なギルド員がいいです。クーデリアを見ていると、あまり自由とは言い難いですから」

「そう言われると、言葉もないな」



 体の痛みはもうない。

 関節の可動域が狭まっているということはなく、十分に戦闘行動をおこなえる。



「エレン、魔法はきちんと学びましたか?」

「……うん」



 いつもの無表情。

 けれど少しばかり、エレンから浮ついた印象を受ける。

 多くの魔法を学び、明確に強くなったことを意識して嬉しいのだろう。



「エレン、いいかしら」



 神妙な面持ちのシンシーが、エレンに話しかけた。



「……?」

「あなたは、補助魔法の才能はあるわ。けれど、あくまであなたの役割は後衛で前衛をサポートすること。間違っても、前に出たらダメよ。他の人間に任せなさい」



「……うん。アルは肉壁」

「そうよ」

「そうよ……じゃ、ねぇよ! 誰が肉壁だ!」

「相変わらず賑やかですね。いつ出発するのですか?」



 隅で見ていたファルトが口を開いた。



「明日にでも。もう、《天の杯》には伝えていますから」



 試験の具体的な流れは所属ギルドに試験を受けることを言って指定された迷宮へ向かい、ギルド側が事前に用意した割符を探して回収。

 所属ギルド受付に提出することで合格だ。



 迷宮は馬車で一日半ほどの距離にあり、迷宮からほど近い場所に街もある。

 そこを拠点として、一週間の期日までに合格を目指す。

 迷宮へ行くことは教会に知らせているので、街には護衛がいる宿を用意しているはずだ。



 ロイドはともかく、枢機卿たちは俺の行動に渋い顔をしたらしい。

 わざわざマイルズを出る必要がないというのが彼らの見解だが、神託の詳細がわからない以上、あらゆることを試すべきだという俺の意見が通った。

 というか、ロイドが通した。



「気をつけくださいね? 僕がシンシーや他の仲間たちと初めて迷宮に挑んだ時、シンシーが──」

「ファルト! 余計なこと言うんじゃないわよ!」



 氷の槍がファルトの顔を掠めるように飛んでいき、訓練場の壁に突き刺さった。

 ニコニコ笑顔を崩さないファルトの顔を見る限り、いつものことなのだろう。

 聞けるなら、あとで是非聞きたい。



「迷宮といっても、試験用の迷宮です。魔人と戦うわけでもありませんから、大丈夫ですよ」

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