第34話 忠告

「ま、待ちなさい!」



 訓練場を出てローブの端を視界に捉えながらあっちへこっちへ追い、終いには裏路地まで行く羽目になった。

 行き止まりまで来たところで観念したのか、ババアは両手を上げ、薄ら笑いを浮かべている。



「よくその体で追いかけてきたのう。治りが遅くなっても知らんぞ?」



 治療の腕が良かったためこうして動くことはできるが、普通だったら寝たきりでもおかしくないケガだ。

 軋む骨、痛む筋肉、荒れる呼吸を押さえるため、深呼吸をする。



「ハアハア……。だ、誰のせいでこうなってると思ってるんですか!」



 ただの八つ当たりだということはわかっている。

 ババアが俺たちの前に姿を現した最初の日、もっと詳しい情報を俺たちに寄こしていれば、仲間も含めてケガを負わずに戦えたはずだ。



「昨日の今日で悪いと思ったがのう、今朝方、不吉な予知夢を見てしまった。いても立ってもいられないと、お前さんのために出向いてきたのじゃ」

「予知夢……ですか」



 不吉というからには、ロクでもないことだろうから耳を塞いでここから立ち去ろうか。



「聞かずに帰るのはよいが、きっと後悔するぞ? 何せ、お前さんの仲間たちにも関係があることじゃからのう」



 踵を返そうとした足を止め、ゆっくり『識の聖女』へ体を向ける。

 アルカイックスマイルを崩さない人生経験豊富なババアに、腹芸で勝てるわけがない。

 素直に聞いたほうがいいか。



「予知夢の内容はどんなものなのですか?」

「お前さんの力のせいでハッキリとは見えんかったが、血、竜、指輪が断片的に見えたの」



 何だ、そのまとまりのない三つは。

 予知夢は技量によって現実と同じように行動できたり、一枚の静止画として視えたりするらしい。



 『識の聖女』ならば、間違いなく現実のように俯瞰した視点や誰かの視点としても視ることができるはず。

 俺のせいで視れないのであれば、それはもう仕方ないことだ。



「マイルズに竜が出現すると言いたいのですか? この世界の常識を知っていますか? 竜種はもう、特定の地域にしかいないのですよ」

「そんなことは百も承知じゃ。馬鹿にするでない。魔人が変身した姿……とも取れるかもしれない」



 人間の姿から、植物の蔦が生えて変身する魔人の姿を思い出した。

 エントルの話が本当であれば、残り七体の魔人がいることになる。

 その中に、竜の姿に変身する者がいてもおかしくはない、か。



「にしてもお前さん、ワシの話をずいぶんと素直に聞くのう。どういう心境の変化じゃ」

「聖痕を見せられれば、認めてあげないこともないです」

「上から目線だのう。年上を敬うことを学ぶべきじゃぞ」



 俺は、不審者のババアを敬う常識を持ち合わせていない。



「ところで、迷宮探索に行くそうじゃな」

「……何故知っているのです? それも、『識の聖女』の能力ですか?」



 迷宮探索について話したのは、《天の杯》とシンシーたちが泊まっている宿の中、それに訓練場ぐらいだ。

 考えられるのは、『識の聖女』の能力か、昨晩、姿を見せなかったババアの仲間による情報収集で得たかだろう。



「何でも良いじゃろう。行くなとは言わんが、お前さんに一つ言っておくことがある。──仲間の顔を忘れるでないぞ」

「はあ? どういう意味ですか?」



 訓練は適当に、任務はめんどくさがる脳筋男のアル。

 いつも香辛料を持ち歩き、事あるごとにアルの料理にぶち込む香辛料キチのエレン。



 借金が多くあり、そのせいかお金に関してかなりケチになっているクーデリア。

 どうしたって忘れることはない面々である。



「もう少し詳しく教えてくれませんか?」

「お前さんがもっと弱かったら、視られたかもしれんがのう」



 バカにしたニュアンスが含まれているのを感じ、ボソッと呟いた。



「使えませんね」

「何てことを言うのじゃ!」



 ぷんすか怒るババアを無視し、『識の聖女』についての情報を記憶から引き出す。

 過去視、未来視を夢や占いを通じて自在に視ることができ、精度は非常に高く、女神アイラスの神託よりも早く視たという記録まである。

 自発的に視るよりも、無意識に視るほうが危険度が高いという話があったらしい。



「ちゃんと伝えたからの。死ぬでないぞ、『剣の聖女』が草葉の陰で泣くのでな」

「……あまり、『剣の聖女』の名前を出してほしくないのですがね」



 アルがこの場にいたら、激おこブチギレ即斬りかかり案件だ。



「帰る前に一つ、聞いてもいいですか?」

「何じゃ? 恋バナかの?」

「違います。あなたと何でそんな話をしないといけないんですか」



「お前さんを慕っているシスターがいるじゃろ」

「エレンはただの幼馴染で……って、話を逸らさないでください」



 ババアの話に乗っていては、聞きたいことも聞くことができず、日が暮れてしまう。



「あれはそう、ワシがまだ聖女だったころの話じゃ」

「勝手に続けないでください。私が聞きたいのは、あなたがどうして、記録で憤死したことになっているのか聞きたいのです」



 『識の聖女』が能力を使用する時は、教会の中で特殊な造りの部屋でおこなったそうだ。

 ある時、いつまでも出てこない『識の聖女』を心配してお付きの人間が部屋に入った際、暴れ狂う聖女を見たという。



 それから三日後、二十代半ばで亡くなった。

 これが俺の知る限りの『識の聖女』の最後である。



 その聖女が目の前で幼女の姿で見かけ上生きているのだから、驚きを通り越して不気味である。

 聖女の持つ能力が長寿にまつわるものならともかく、彼女の能力は別なのだから。



「あなたは一体、何を視たのですか?」

「ワシの名演技に教会の人間もすっかり騙されてくれたのう」



 ババアは少しだけ遠い目をしていた。



「記録が間違っていることはない。ワシは確かに、一度死んだ。そして、蘇ったのじゃ」



 荒唐無稽な話に、失望したように溜息を漏らす。



「あのですね、そんな話──」

「ワシら聖女なら……いや、この世界に住む人間なら誰しも知っているはずじゃよ。人を生き返らせる魔法を」



「……! まさか、《リザレクション》ですか⁉ ですがあれは、『始まりの聖女』の魔法ですよ!」



 まだ死を偽装したという話なら納得できただろう。

 だが『始まりの聖女』は、『識の聖女』が生きていた時代よりもさらに昔の時代の人間だ。



 とても『識の聖女』に魔法を行使できるとは思えない。

 できるとすれば、俺の魔法英霊召喚の儀ならあるいは。



「話は終わりじゃ。と、今お前さんが考えていることを当てようかのう。ワシの時代、《英霊召喚の儀》はまだ未完成じゃった。とても使えるものではない。……そもそも、《英霊召喚の儀》で『始まりの聖女』を呼び出すことはできんからの」



「それは、そうでしょうね。英霊といっても、『メモリー』には無数に記憶が存在します。狙って降ろせませんからね」

「……そういうことではないのだがのう」



 ぼそりと、ババアが何か言ったが、小さすぎて聞こえなかった。



「さてと、ワシは帰って菓子でも食べるかのう」

「大した情報もよこさずに、よく帰れますね」

「ちゃんと渡したではないか。ではのう」



 高い壁を背にしていたはずのババアは、その体に似合わない跳躍力を見せて壁の向こう側へ消えていった。

 追うことは……無理か。



 《英霊召喚の儀》どころか、補助魔法もない俺にこの壁を越えることはできない。

 ババアに言われたことを思い出す。

 血、竜、指輪、それに仲間の顔について。



 一応、『識の聖女』の言うことだか心に留めておくが、忠告が何をさしているのかわからなかった。

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