第33話 修行に向けて

 シンシーがエレンの前に立つ。



「得意な魔法は何?」

「……補助魔法と回復魔法」



「そう。迷宮探索に必要な魔法は基本的に三つ。これを覚えておけば、試験なんて簡単よ。探査魔法サーチ暗視魔法ナイト・ビジョン地図魔法マッピングよ。どれも補助魔法に分類するけど、使える?」



 エレンは首を横に振った。

 教会で重宝するのは回復魔法で、魔法の才を有していれば基本的に回復魔法を習得する。

 他の魔法は、戦闘訓練を受けない限り学ばない方針だ。



「回復魔法を習得できるぐらいだから、四、五日あれば覚えると思う」



 シンシーが教育者としても優秀なのか。

 一、二週間はかかると思っていたが、思いのほか短く済みそうだ。



「まずは《サーチ》からよ。詠唱よりもまず、これができないと使えないわ」



 目を閉じたシンシーの体から、放射状に魔力が放出された。

 ただ放出したわけではない、まだらにならないように均等にしている。



「要領は回復魔法と一緒。あれも、魔力を均等に放出するでしょ? それを放射状にするだけ。まあ、これを半日でできなかったら、訓練の件は──」

「……できた」



 エレンが見様見真似で魔力を放射状に放った。

 キレイな魔力円が形成され、シンシーのものと比べても遜色ない。



「へぇ。才能あるわね、あなた」



 俺もやってみよう。

 えっと、こうか?



「……あなたは、才能ないわね」



 歪な魔力円を見て、シンシーが何とも言えない顔で溜息を吐く。



「ブワハッハッハッハ!」

「アルバート! 笑いすぎだぞ!」



 あのバカは、あとでしばくとしよう。



「バカにしていますけど、もちろんできるんですよね?」



 アルバート、クーデリア共に、シンシーやエレンには及ばないものの、きちんとした魔力円だ。

 ちくしょう。

 俺の体は、《英霊召喚の儀》を行使するために特化してしまった代償として、他の魔法が使えないのもそうだが、魔力の扱いもお粗末なものである。



「それができるなら、あとは詠唱と魔法構成を覚えるだけよ。復唱しておきなさい。…………さて」



 今度はアルとクーデリアか。



「シンシーは無駄と言っていたが、具体的には何がダメなんだ」

「《インフェルノ》を使ったところ見たけど、あれってフィリス王国の士官学校で学んだものでしょ」



「まあ、そうだな」

「軍は頭でっかちで、迷彩の何たるかを理解してないわ。詠唱や魔法陣の一部を擬装すれば、迷彩はできるけど足りない。ところで、戦闘に必要なものが何かわかる?」



「戦闘に? 魔法と剣技を組み合わせた戦術?」

「力だろ」

「──速さよ!」



 興奮したように騒ぐシンシー。

 シンシーの魔法のほとんどは、速さを優先した詠唱破棄がほとんどだった。

 魔法使いの戦闘スタイルは三つに分かれる。



 力こそ全て、攻撃力に全振りした脳筋スタイル。

 技巧こそ魅力、小さな力で大きな力を制する小手先スタイル。

 速さこそ美徳、敵に殺されるよりも先に殺せ、速度狂スタイル。



 三者三様のスタイルだが、この三つの派閥はとにかく仲が悪い。

 魔法使いは、自身のスタイルを話さない。



 最初はスタイルの違いからくる興味から話が弾むが、進むにつれて興味から懐疑、憎悪へと変貌して喧嘩に発展する。

 魔法使いの戦闘は最早戦争に等しく、スタイルの話はタブーだ。



「──っていうことよ、わかったっ⁉」

「「あっ、はい」」

「わかったらクーデリア、あなたは《インフェルノ》の詠唱破棄ができるようにするのよ」



「か、簡単に言うな」

「それから、アルバート!」



 指摘されたアルバートが、ビシッと姿勢を正す。

 さっきのシンシーの迫力に、すっかりやられたようだ。



「あなたは私よりも魔力が多くからって、とにかく力押しが過ぎるのよ!」

「それが俺のスタイルだし……」



「ダメだって言ってるでしょう。私だから良かったけど、例えばこれがエレンだったら、あっという間に干上がるわよ」

「じゃあ、どうしろってんだ」

「あなた自身が、補助魔法を使うの」



 途端、アルが嫌そうな顔をする。

 アルは教会で攻撃魔法しか習得していない。



 聖堂騎士団は攻撃魔法だけでなく、あらゆる魔法を学ぶ必要があるが、補助魔法だけはどうしても習得することができなかった。

 おそらく、アルは聖堂騎士団の中で唯一、補助魔法が使えない騎士だろう。



「できないなら、魔力の精密コントロールを身につけなさい。死んでも!」

「無茶言うなよ」

「私には何かありますか?」



 シンシーは俺の《英霊召喚の儀》を間近で見た。

 彼女なら、俺がわかっていない使い方や修正方法を思いついているかもしれない。



「………………」



 しばらく、シンシーの口をきゅっと閉じる。



「ないわね。私の管轄外よ」



 バッサリと切られた。

 がっくし、膝から崩れ落ちる。

 詠唱を復唱して覚えつつ、魔法陣構築に入るエレン。



 クーデリアはシンシーに言われた通り、詠唱破棄を成功させるため、一から魔法陣の作り変えている。

 アルは初歩の補助魔法を学ぼうとしているが、あまりの出来の悪さにシンシーが怒鳴り散らしていた。



 俺も何か修行をしよう。

 できることといえば、近接武器ぐらいだか。

 《英霊召喚の儀》で《ジョン・ルーカー》を召喚して経験した、『ミーティア・スター』、『シューティング・スター』を自分の技として──!



 視界の端に、異物が映った。

 体に合っていない大きさのローブに、緩やかにウェーブがかかった栗色のショートヘア。



「ちょっと、外に出ます! みなさん、修行を頑張ってください!」

「お前、外に出たら!」

「サボるんじゃないわよ、アルバート! 何で、あなた教会騎士になれたのよ」



 今はアルに構っている暇はない。

 どうして急に姿を現した、『識の聖女』。

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