第32話 戦友たち

 話題は、クーデリアの婚約者から迷宮探索に移った。



「彼らに触発されたわけではないですが、昨日何だかんだ有耶無耶になった試験の件、受けてみませんか?」



 魔植人エントルとの戦いで得た功績により、俺とアル、クーデリアは青銅から銀に昇格する。

 試験を受ける条件として、鉄以上のランクが必要だが、なんとエレンは鉄になっていた。

 どういう理由で昇格したんだ。



 あまりランクが開くのをマズいと考えて、教会が手をまわしたのか?

 条件だけならクリアしているので、ケガが回復すれば、記念に一回受けてみようかと思っている。

 もちろん、全員賛成の上でだ。



「俺は面白そうだからいいぜ」

「私はリーナがやりたいと言うなら構わないが……」



 クーデリアがチラリと、エレンのほうを見る。

 それだけで、彼女が言わんとすることがわかった。

 エレンも察して、俺のほうへ体を寄せる。



「……置いてけぼりはイヤ。それなら、迷宮探索はダメ」

「迷宮探索に魔法使いは必須です。エレンは連れていきますよ」

「大丈夫かよ、パーティー募集かけたほうがいいんじゃねぇか?」



「……ザー」

「あっ! また俺の料理を台無しにしやがって!」



 台無しになっていく料理たちを尻目に、俺の計画を教える。



「私がまだ動けないため、エレンにはその間、修行してもらいます」

「……修行?」

「当てがあるのか?」



「もちろんですよ。みなさんも知っている、強い魔法使いがいるではありませんか」

「──まさか」



「いや、あいつはお前以上に死にかけたヤツだぞ? 教える以前に、そもそも動けんのか?」

「できなければ、ギルドに依頼を出せばいいだけです。みなさんで、見舞いに行きましょう?」





 共に魔人と戦ったオリハルコンクラスの二人、シンシーとファルトが泊まっている場所は、見舞いに行くということでギルドから教えてもらった。

 商店街で手土産に、適当に果物の詰め合わせを用意する。



 見舞いに加えて、教えを請いに行くのだから、これぐらいは用意して当然だろう。

 二人が宿泊している場所は、《銀亭》とは別の区画にある宿で周囲と比較してもランクが高い。

 赤いレンガに、多数の装飾が施された外観。



 建物の入口には、警備員が立っており、事前にギルドから話を通していたので、名前と認識票を提示して中に入る。

 外と同様に、中も豪華な仕様だ。

 《銀亭》が貴族の密会で使用する場所ならば、ここは公に泊まる場所か。



「遅いわよ!」



 来て早々、大声が俺たちを出迎えた。

 一階に備えつけられているテーブルにイス。

 包帯グルグル巻きの少女、シンシーが優雅に座って紅茶を楽しんでいた。



 隣には、普段着のファルトがコーヒーを飲んでいる。

 シンシーの元気な姿が見ることができて、ホッとする。

 寝たきりになっていたら、目覚めが悪いからな。



「お久しぶりですね。お元気ですか?」

「僕は元気ですよ」

「私のどこを見て、元気に見えるのよ。ミイラみたいじゃない」



 シンシーの姿は、俺と変わらないレベルで包帯だらけだ。

 魔植人エントルの古代魔法を何らかの力で封じた結果、体の中まで凍ったと聞いている。

 俺の治療を担当した教会の医療班がシンシーの治療も担当したらしい。

 体の中が凍ったのに、包帯グルグル巻きなのは何故なのか。



「私も似たようなものですよ。これはつまらないものですが」



 ファルトに果物の詰め合わせを渡す。



「おいしそうですね。シンシー、どうしますか?」

「……リンゴ」

「話は変わりますが、お願いがあります」

「お願い?」



 隣にいるエレンに目配せをする。

 魔法を学ぶのはエレンだ、俺が頼むより彼女から頼むべきだ。



「……迷宮探索の試験を受けるから、少しでも魔法を身に着けたい。教えて、ください」

「迷宮探索ねぇ。で、魔法を……あなたが?」



 シンシーの視線が、俺に向くのを感じる。

 俺は《英霊召喚の儀》しか魔法が使えないし、アルもクーデリアも魔法よりも剣術に優れた騎士だ。



 ケガが治るまでの間だけでいい、エレンを強くしほしい。

 という意味を込めて、シンシーに視線を返す。

 それをどう受け取ったのか。



「あなた、名前は?」

「……エレン・バーネット」

「エレン、ね。あなた、何のために魔法を学びたいの?」



「……? 迷宮探索の試験に合格するため」

「そうじゃないでしょ」



 少し考える素振りを見せるエレン。

 やがて得心が行ったように頷き、口を開く。



「……強くなりたい。前の時みたいに、置いてけぼりにされたくない。だから、力をつけたい」

「はっきり言って、私にメリットがないわよね」



 しかし、口ではそう言いながら、口元には笑みが浮かんでいる。



「まあ……いいわよ、教えてあげる」



 意外にもあっさり承諾したシンシーは、ファルトが剥いたリンゴを口に入れて席を立った。



「行くわよ」

「……どこに?」

「決まってるでしょ、訓練よ。来なさい」



 シンシーは、早歩きでどこかへ歩き出した。

 建物の奥へ引っ込んでしまい、訓練といってもどこでするのか。



「ハハッ。隣に訓練場があります。ご案内しますよ」



 ファルトについて行った先には、宿の外に隣接する建物があった。

 てっきりこの建物も宿と思っていたため、訓練場だと聞かされた時は、何で隣に訓練場を建てたんだと疑問符が浮かんだ。



 地面も壁も、物理的にも魔法的にも強固に造られており、暴れるには十分な場所である。

 訓練場の中央には、シンシーが仁王立ちで待っていた。



「遅いわよ!」



 同じようなセリフを聞いたなぁ。



「あなたたち、迷宮探索の試験がどういうものか知ってるの?」



 全員が首を横に振るう。



「試験っていっても、そんなに大それたものじゃないわ。迷宮の一階層で目的の物を手に入れて、ギルドに納品、それで終わりよ」

「めちゃくちゃ簡単じゃねぇか。落ちる要素ないだろ」



「そんなことないわ。合格率は三割も満たない狭き門よ」

「シンシーたちは、合格しているのですか?」

「当たり前でしょ? あの程度、一発で合格して当然よ。落ちる意味がわからないわね。あなたたちも、私が魔法を教えるのだから、落ちたら許さないわよ」



 さっき、そんなことはないって言ったのは誰でしたっけ?

 百回落ちたという噂の人物が聞いたら、発狂しそうだな。

 と、シンシーが気になることを言った。



「あなたたち、とは?」

「一緒に戦ってわかったけど、あなたたちの魔法には無駄がありすぎる」



 無駄と指摘され、俺たちは顔を見合わせる。

 魔法を使用したのは、俺とクーデリアの二人だけ。

 アルは関係なさそうだが。



「自分は関係ありませんって顔してんじゃないわよ、教会騎士! あなたが一番ひどいんだから!」

「俺? 何かしたか?」

「私の補助魔法を消費しまくったくせに、よく言うわね!」



 なるほど、合点がいった。

 補助魔法は対象に魔法をかけた後、持続時間は消費した魔力で決まる。

 ただし、対象が無茶な動きをしたり、より強い力を引き出そうとすればするほど持続時間が減る。



 アル自身、有り余る魔力量のせいか、一々持続時間なんて気にせず戦うスタイルのせいで苦労したのだと察した。




「あなたがまともに戦っていたら、あと一回か二回、《ダイヤモンドダスト》が使えたのよ……!」

「言い訳か?」

「ぶっ殺すわよ! ……とにかく、エレンに教える片手間でやってあげるわよ。感謝しなさい!」

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