第31話 彼らは
「店員さーん、とりあえずお水をー」
「はーい、少々お待ちくださーい!」
顔馴染みの店員が近くにいたので、水が来てから気になっていた彼らのことを知っているか聞いた。
「さっき、騒いでいた彼らは、何が原因であんなことをしたのですか?」
「あーあれですか? 試験にクリアできなくて、怒っちゃったみたいですよ。確か……十回ぐらい失敗してますね。迷宮探索の試験は、落ちてなんぼなのに。知ってますか? この街ではないですけど、百回受けても落ちる人がいるみたいですよ」
試験内容は知らないが、百回も落ちれば向いていないと心が折れそうになると思うがどうなのだろう。
迷宮で一攫千金は、ギルド員なら誰しもが抱く夢だ。
フィリス王国のみならず、エーベル霊峰より西側にある国家で有名な『疾く勇む』という童話がある。
各国家で細部は違えど、話の骨格は後に勇者の称号を得る少年が、攫われた姫を救うために迷宮へ向かい、伝説の装備を手に入れて七体の敵を倒し、姫を救い出して王になるというものだ。
勇者に憧れない人間はいないと言われるほど辺境まで浸透しており、かくいう俺も教会に拾われて童話を聞いた時は、こんな風に一生遊んで暮らしてーと思った。
「あの男の子はスタークっていうんですけど、両親が残した借金がかなりあるらしくて、迷宮探索で稼いだお金で返そうとしているみたいですよ」
「借金ですか」
「借金、ねぇ」
「……借金」
「な、何故、私の顔を見る」
似たような境遇の人間が近くにいるなと思ってな。
「地道に稼ぐって手段もあるんじゃねぇか? ギルド員なんだし、働けば働くほど稼げるだろ」
「それでは追いつけないほど、借金があるのではないのですか?」
世間で思われているほど、ギルド員の稼ぎは多くはない。
報酬は他の仕事の給料と比べれば高いかもしれないが、出費がかさめば手元に残るお金は少なくなる。
主な出費は食費、運搬・移動費、武器・防具の修繕費……などなど。
俺たちは、ほとんど教会から出ているから実質タダと言っていい。
赤の他人である俺からすれば、お気の毒にとしか言いようがない。
「そろそろ仕事に戻らないと。じゃねー」
手を振って戻る店員を見送り、コップの水を一気に呷った。
「あのガキ、次あったら何か奢らせようぜ」
「店員の話を聞いてなかったのですか? 借金がある人間にそんなことをするなんて、鬼畜ですか」
「親の借金に、試験に落ち続けてるのは不憫に思うがよ、心に余裕がないからって周囲に当たっちゃダメだろ。誰かが指摘してやらねぇと」
「……言葉でよくない?」
俺とアルが教会に引き取られる前は、親もなく治安が悪いスラム街で過ごしていたため、犯罪紛いのことをして衣食住を手に入れていた。
教会で悪いことして初めて叱られ、善悪の区別がついた。
スタークと俺たちとでは置かれた環境は全く違うが、アルは少しだけ重ねたのだろう。
「指摘と言うなら、スタークの近くにいた少女、マリサと呼んでいたか。彼女がやっているのではないか?」
「言っていると思いますけど、聞いてないと思いますよ。男の子ですから」
「男にはプライドってものがあるんだぜ。知っとかねぇと、婚期遅れるぞ」
「婚期は関係ないだろ? あと、私には婚約者がいる」
「「「──えっ?」」」
仲間の衝撃的な事実に、体が固まってしまった。
「……借金ある人と結婚してくれる人がいたんだ」
どキツイ言葉がエレンから放たれ、心を抉られたクーデリアは苦い顔をする。
「借金の前に結んだ婚約だがな。向こうの家は私の家と爵位は同格なのだが、私のことを切りたがっている」
「借金ぐらいであなたみたいな美しい女性を切るなんて、相手は見る目がありませんね。こっちから切ってあげればいいのでは?」
「それはできん。元々、父から結んだものだ。願い出たのに、こちらの都合で切ってしまえばメンツがなくなってしまう。向こうもまた、不祥事を起こしたわけでもないのに切ってしまえば、な」
貴族はメンツがあってなんぼというのは、教会で権力者と接してきて知っている。
婚約を破棄するのがどちらが先かまで、メンツが関わってくるとは思いもしなかったが。
純粋に、何でクーデリアの実家、プリムヴェール家が借金をして没落しかけているのか気になった。
デリケートな問題だから、安易に聞けないけど。
「……婚約者ってどんな人?」
「どんな人、か。そうだな……お前たちと同じ関係、幼馴染だ。昔は泣いてばかりいるどうしよもないヤツだったが、今では『獅子心王』などと大層な名で呼ばれている」
「あぁ? 『獅子心王』だと?」
その二つ名、どっかで聞いたことがあるな。
記憶の奥底から掬おうとあれこれしていると、誰が頼んだのか、料理と酒が運ばれた。
「人の恋路なんてどうでもいいから、飯でも食おうぜ」
勝手に頼んだ犯人は、すぐに料理に手をつけ始める。
「あいつはただの婚約者だ、貴族の結婚に恋愛はない。リーナも私と同じ貴族なのだから、わかるだろう」
「そうですね。私はまだですが、いずれは嫁がなければならないでしょう」
俺は貴族ではないが、多くの貴族から求婚された時はほとほと困った。
力づくで叩き潰すこともできたが、教会に多大な寄付をしている人間だけに捌くのに苦労していた。
想像してみてほしい。
油にまみれたオッサンたちに囲まれて一人から手を握られ、手の甲にキスをされ続ける。
これほど殺意を抱くことはない。
もちろん、男の俺から見ても外見がいいヤツもいる。
そういう人間に限って変に自信ありげで、長い自慢話を延々と聞かされた。
ワンチャンあるとでも思われたのか?
ああいう男どもに囲まれる女性たちはさぞ大変だなと、嫌悪感を抱きながら顔に笑顔を張りつけて時間が過ぎ去るのを待っていた。
「貴族って大変だなー。おっ、この肉料理当たりだな」
「……えい」
当たりと喜んでいた料理は、ものの見事に黄色に染まった。
それは、何の香辛料だ?
「あっ! テメェ! 何しやがる!」
「……おいしいよ?」
「本当かよ。…………ッッッッ‼‼ な、何じゃこりゃあッ!」
黄色の粉にまみれた肉を口に入れた瞬間、アルは喉を手で押さえて水を飲んで咳き込み、表情はあっという間に真っ青である。
学習しないアルだ、エレンが撒く粉がまともなはずがない。
「なあ。お前、最近実入りがいいよな。装備なんて、前のより高いんじゃねーか?」
「へっ。何だよ急に」
近くの席で、男二人が何やら怪しい雰囲気を醸し出していたため、つい耳を傾けてしまった。
「隠すなよ。俺とお前の仲じゃねぇか。一枚噛ませろよ」
「別に、迷宮に潜っただけだ。当てちまったんだよ、へへっ」
「迷宮かよ、クソ。羨ましいぜ、でもお前の実力でよく潜れたな」
「うるせー。たまたま、募集してた強そうなパーティーがあったから、ご相伴に預かっただけだ」
「運じゃねーかよ」
迷宮探索は、腰巾着みたいな方法でも稼げるのか。
たまたま運がよかっただけで、死んでもおかしくない危険なやり方。
十回も試験に落ちて冷静さを失っている少年なら、もしかして規則を無視して潜り込むのではと、ふと考えてしまった。
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