第28話 旧き聖女

 魔植人エントルとの戦いから、一週間が経過した。

 決着後、クーデリアがギルドに応援を頼んだことで、護衛と医療班が古城に来てくれた。

 一番の重傷者は、俺ではなくシンシーだった。



 アルから聞いた話では、シンシーは『体の中まで』凍っていたらしい。

 どんな力を使えばそうなるのか見当もつかないが、命に別条はないそうだ。

 魔法使いは、魔力が枯渇している状態で魔法を使用すると魂に重大なダメージが残ってしまい、魔法能力を喪失する恐れがある。



 多少のダメージはあれど、二週間は絶対安静らしい。

 俺も似たようなもので、右上腕部骨折、左腕亀裂骨折、鎖骨骨折、内臓損傷…………などなど。

 シンシーに負けずと劣らず、死人同然であった。

 教会から派遣された医療部隊と高価な薬品のおかげで、わずか一週間で動ける状態にまで回復した。



 ファルトはまだ回復しきっていないシンシーの傍にいるということで、祝勝会は延期中である。

 まだ戦えない俺は、仲間と一緒に《天の杯》の酒場で談笑していたのだが──。



「お疲れ様です、姉御!」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

「「「お疲れ様です!」」」



 屈強な男たちが、俺たちが座るテーブルに来るなり、頭を下げた。

 俺やアル、クーデリアにではなく、何故かエレンに対して。

 相変わらず表情が変わらないエレンは、そんな男たちの反応を見て、



「……うん、お疲れ様」



 これが当たり前だと言わんばかりに、男を従えるのが実に堂に入っている。



「アル、私が絶対安静している間に何があったのですか?」

「し、知らねぇよ。俺たちがマイルズに帰ってきた時には、もう、こうだったんだよ。魔人と戦っている間に何かあったんだろうけどよ」



 エレンが姉御と呼ばれるのがあまり似合っておらず、あとで他のギルド員に何があったのか聞いてみることにしよう。

 まだ包帯が取れない腕を擦っていると、クーデリアがやって来た。

 彼女は騎士団に報告するために、一時的にパーティーから抜けていた。



 魔植人エントルの情報は、国と教会、ギルドの上層部だけが握っている。

 理由はそもそも魔人について何も知らない状態で公表しても、要らぬ混乱が生まれるだけだからだ。

 俺たちに上層部から箝口令を敷かれ、魔人のことは誰にも話していない。



「久しぶりですね、クーデリア。もう、報告は終わったのですか?」

「ああ。事前に報告しろなどと、嫌味を言われた」

「一回、駐屯地に行ってなかったか?」

「だから、嫌味なんだ」



 疲れた顔で席に座るクーデリア。

 組織に属すると面倒ごとが増えるのは、どこも一緒ということか。

 俺のところ、教会でも似たようなことがあった。



 教会の秘術である《英霊召喚の儀》を行使したということで、教皇猊下の責任問題へと発展しかけた。

 ロイドの魔法使用許可は、何ら問題ない判断なのに、いつの世も己の欲でことを大きく、悪く動かそうとする者がいる。



「大変でしたね。何か、頼みますか?」

「水にしよう」



 敬語はやめようと話して以来の対面だが、クーデリアは俺の要望に応えてくれたようだ。

 その状況を見てエレンが、



「…………むぅ」

「いたっ!」



 隣に座っていた俺の脛を蹴ってきた。



「私の脛は、骨が剥離しかけていたのです。暴力はやめてください」



 一体何が気に障ったのか、以降もわざとらしく体を寄せて、私は不機嫌ですアピールをしてくる。



「そういや、他のパラサイトはどうなったんだ?」



 城の中にいたパラサイトは全て、粒子となって消えた。

 エントルが言っていたように、他のパラサイトは街に侵攻していたようだったが、詳細はわかっていない。

 おそらく、城の連中と同様に消えたのだろう。



「教会の騎士団が捜索兼掃討をすると聞いているが?」

「あ? そうなのか」

「……何故、アルバートが知らないのだ」



「部署がちげぇからな。それより、またフィリス王国の騎士団は動かねぇのか」

「うっ」



 クーデリアは言葉に詰まり、水を人一口飲んで口を噤む。

 別件で動いているという王国の騎士団は、一体全体何をやっているのだろうか。



「と、ところで、リーナはもう動いて大丈夫なのか?」



 俺のケガ事情へ強引に話を変えた。

 包帯ミイラ状態の腕を大きく広げて、ない力こぶを見せつける。



「この通り、動くだけなら問題ありません。ただ、戦闘はまだ無理ですね。全快には、一週間はかかるでしょう」



 腕以外に服で隠れている場所も、包帯でグルグル巻きの状態である。



「では、しばらく依頼はナシだな」

「そうそう。まだ、クーデリアには渡していませんでしたね」



 俺はポケットから照明の反射で銀色に輝く板を取り出し、クーデリアに手渡した。



「これは……?」

「今回の件の功労者として、我々は一気に三階級特進になりました。これで、迷宮探索に行くことができます」



「ギルドの昇格は難しいと聞いていたが、まさかこんなにも早いとは。だが、迷宮探索に本当に行くのか? 魔人ほどじゃないが、死ぬ確率が高いぞ? それに、銀クラスとはいえ、迷宮探索には確か、許可証が発行されなければ行けないはずだ」



 規定では、迷宮探索は鉄以上からおこなうことができる。

 ただし、迷宮探索をするための試験を受けて合格しなければならない。

 昔、規定がなかったばかりに、実力が足りない者が多く迷宮に入ってしまったばかりに大量の死者が出た。



 それを防ぐために、様々な実力試験を受けて合格し、ギルドから許可証を貰って初めて迷宮探索ができる。



「私が全快したら、試験を受けませんか?」

「迷宮探索か。おもしれぇ、迷宮で見つけた物は見つけたヤツの物になるんだろ。いくらぐらい何だろうな」



「私が聞いた話では、五億リーナの宝石を見つけたとか」

「……たくさん香辛料買えそう」

「五億もありゃあ、店ごと買えんだろ」



「ご、五億……! そ、それほどの大金が本当に! い、家の借金を返せ……!」

「落ち着いてください、クーデリア。それほどの大金を手に入れても、税金やら何やらで引かれて残るのは少ないはずですよ」

「世の中は切ねぇな」



 一度に大金を手にしてしまえば、さすがに国の役人に気づかれる。

 ギルド員は金をちょろまかすために、独自に捌くルートを作っているとか(もちろん違法)。




 深夜。

 俺は眠れず、ベッドから起き上がった。

 隣ではエレンが安らかに眠っており、起こさないようにゆっくり動く。



 魔人との戦闘で《英霊召喚の儀》を使って以来、使っていた睡眠薬があまり効かなくなってしまった。

 下手に耐性がついてしまったせいか定かではないが、開発局に頼んでまた新しいものを作ってもらおう。



 夜風に当たるべく、《銀亭》から外に出た。

 深呼吸して外の新鮮な空気を肺に入れ。満点の星空を見上げる。

 思い出すのは、魔植人エントル。



 彼女が口に出した『始まりの聖女』。

 封印したのは『始まりの聖女』。

 エントルの発言で、封印は自らで解いたわけではないということが気になった。



 自分で解いていないのであれば、誰かが解いたことになる。

 ロイドに魔人について聞いても知らないという。

 教会の古い資料を探しても、『始まりの聖女』が魔人を封印したという記述は見つかっていない。



 この世界で最も『始まりの聖女』についての資料を持っているはずの教会が知らない情報を誰かが知っており、封印を解いた。

 目的はわからない。



 封印を解いたヤツは、間違いなくロクなことをしないだろうな。

 エントルの言葉をもう一度思い出す。



「世の中を謳歌した最高の八体……か。あんなのが、残り七体も封印、もしくは解かれてるのか? 誰がそんなことをしたんだ」

「ホホホッ、知りたいのか? お嬢さん」

「──ッ!」



 俺以外誰もいないはずの空間に突如として、老婆の声が聞こえた。

 その場を跳んで、腰から剣を抜こうとしたところで剣を持ってきていないことに気づく。



「そう、警戒しなくてもよかろう。こんな老婆が、お前さんをどうにかできると思っているのか?」

「──深夜に突然、知らない方が気配を殺して近づいて来たのです。警戒するな、というほうがおかしいのでは?」



「知らないとは、失礼じゃのう。お前さんの仲間を占ってやり、忠告までしてやったのに、ひどいのう」

「……忠告?」



 そこで、記憶が蘇る。

 アルとエレンを占い、俺たちに主を探すように言った占い師を。

 まさか、何故ここで出会うのだ? 偶然?



「──下がって頂きたい」

「うおっ!」



 また、新たな闖入者が建物の上から降りてきた。

 外見は、わからない。

 大きなローブで体を隠し、顔には仮面までつけている不審者だ。



「ここは、我ら隠密部隊が引き受けます」



 隠密部隊、ということはロイド配下の実行部隊か。

 彼(彼女?)は老婆であろうと一切の油断を見せず、間合いを広く取っている。

 近接武器にしては遠すぎ、魔法戦闘としては近すぎる距離。



 持っているのは、暗器の類だろう。

 ジリジリと空気がひりつくのを肌で感じる。

 かなりの手練れだということは、すぐにわかった。

 一方の老婆は、飄々とした態度を崩さず話しかけてきた。



「もう一度、聞くぞ? 知りたくはないか、魔人について」

「あなたは知っているのですか?」

「その件は、あとでじっくりと聞かせてもらおう」



 隠密部隊が先に仕掛けた。

 俺から見える位置で三人。



 怪しげなただの老婆なら見逃してもよかったが、魔人の名が出てはこの際、手荒な真似は仕方ない。

 隠密部隊は暗器を投げて一歩踏み出した瞬間、全員がその場に倒れた。



「……はっ?」



 どういうことだ、理解できない。

 投げた暗器はどこへ行った? 仕掛けた隠密部隊がどういう攻撃を受けて倒れたんだ?

 何もかも、わからなかった。



 一つわかることがあるとすれば、それは、この老婆が得体の知れない存在だということだ。

 武器……隠密部隊が持っていた、レイピアに見える細い剣があった。



「拾ってもよいが、あまりおススメはせぬぞ?」

「……のようですね」



 隠密部隊が三人だけなわけがない。

 他にも、建物の影などに隠れているはずである。

 隠密部隊だから気配を感じられるはずはないのに、今は鋭い殺気が周囲から漏れている。



「目的を聞いても? 魔人の仲間……というわけではなさそうですが」

「話をする前に、まずはワシの姿を見せよう」

「見せるって、今目の前に……!」



 老婆がいる空間が突然グニャリと歪んだ。

 腰が折れていた老人らしいといえる恰好から、姿が変化する。

 皺だらけだった肌は、瑞々しさを取り戻し、若々しい少女が現れた。

 目の前で時間が逆行し、頭がおかしくなったんじゃないかと自身を疑う。



「この姿では初めまして、が正しいのう。アイラス教六十六代聖女、リィン・セイクリード」



 年齢は俺より下に見える容姿、栗色のショートは緩やかなウェーブを描いており、老婆が着ていたローブが大きすぎるせいで、地面についてしまっている。



「魔人をよくぞ討伐してくれた。お前さんが倒さなければ、世界はあのモンスターで埋め尽くされておったじゃろうな」



 幼女が老婆と同じ話し方をする光景は、ひどくおかしなものに見える。



「まるで、見たように言うのですね」

「そりゃあ、『視た』からのう。お前さんはまだ、『聖痕解放』ができないからワシの力を理解できないじゃろう」

「『聖痕解放』?」



 何のことを言っているかわからず問い質すと、幼女は突然ローブを割いて太ももを見せてきた。



「……いきなり何やってるんですか? 痴女ですか? 変なもの見せないでください」

「へ、変なものとは失敬な! まだ三百五十六歳じゃぞ!」



 十分、ババアじゃねぇか。

 詐称幼女に不信感を抱く中、あるものが目に入る。

 ずっと見せている太ももには、刺青があった。



 六枚の花弁と、罪を計るとされる黄金の秤。

 見覚えがあった、俺が教会で見た『聖女の聖痕』を記録した本で!



「ま、まさか。本物……いや、そんなはずはありません。その聖痕は……!」



 幼女は、悪戯が成功した悪ガキがする笑みを浮かべた。



「自己紹介が遅れたのう。ワシの名前は、ナディア・セイクリード。『識の聖女』と呼ばれていた、しがない聖職者じゃ」

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