第27話 決着

 蔦に《ロックブラスト》、更に古代魔法を混ぜた攻撃をおこなうエントル。

 古代魔法はシンシーが、他は俺が斬り倒して魔人に向かって突き進む。



「何なのよ、あなたたち。ただの人間如きが、『始まりの聖女』でもないのにッ!」



 『始まりの聖女』の逸話を多く知っているだけに、俺はそこまで化け物ではないと声を大にして言いたい。



「焦ってんな、魔人様よぉッ!」

「黙りなさい。男が近寄るんじゃないわよ!」



 アルが次々に《魔撃》で進路を防ぐ蔦を破壊する。

 ただ暴力的に攻撃するのではなく、相手の意表を突く攻撃に変わっており、確実に敵を倒す意思をエントルから感じた。



「嫌われていますね、アル」

「俺じゃなくて、男全体にだろ! 知らねーけど!」



 アルと軽口を叩きつつ、増大する蔓を片っ端から斬り進む。



「そんな話をしている場合ではないでしょう!」



 石の地面を割って現れた蔦を察知して、クーデリアが跳んで回避した。

 すかさず斬撃を飛ばし、エントルが自身の守りに割いている蔦の壁を崩しにかかる。



「俺たちの攻撃よりも、再生っていうか生えてくるのが速すぎて、追いつかねぇな。このままじゃ、リーナを化け物のところに届けられねぇぜ」

「だが、着実に近づいている」



「その通りです。古代魔法が封じられてからの彼女の動きは、雑さが目立ちます。おそらく、奥の手だったのでしょう。そして──私はまだ、全力を出していません」



 数は十ほどか、《ロックブラスト》の大群が一気に押し寄せてきた。

 これほど魔法を連発してくるとは、エントルの魔力量は俺たちよりも遥かに多いのだろう。



 腕を限界まで引き、剣を槍に見立てる。

 意識するのは、点の攻撃。

 針の穴に通すような、精密な動作だ。



 《ジョン・ルーカ―》の逸話で語られる超高速の連続突き技、『ミーティア・スター』。

 剣の軌跡が何重にも見える速い突きが《ロックブラスト》を迎撃、完膚なきまで破壊した。



「あなたの体格で、何て攻撃ができるのよ……。強化の魔法でも、できることとできないことがあるでしょ」

「『始まりの聖女』と戦ったことがある、あなたから言われるなんて、光栄なことですね」



 『ミーティア・スター』を使ったためか、左腕がビキリと悲鳴を上げた。

 まだ骨までいっていない、どうやら筋を痛めたようだ。

 エントルには気づかれていないようで、憤慨したまま狂ったように攻撃を続けている。



「褒めてないわよ、死になさい!」



 残り二十秒。

 古代魔法をいくら乱発しようと、シンシーの魔法と言っていいのかわからない能力で全て封じ込まれている。



 アルとクーデリアが蔦を斬り、魔法で吹き飛ばしたことで、ついにエントルを剣の間合いに収めた。



「『ミーティア・スター』!」



 『眼』で特定した核がある下腹部に向けて、剣の流星群が降り注ぐ。



「ギャアアアッ!」



 エントルから苦痛の悲鳴が上がった。

 だが、まだ倒せていない。

 核は攻撃したはず……なのに、依然と『眼』は核を捉えている。



 左上腕部にだが。

 力を上手く利用できていない? それもあるだろう。

 問題なのは、核が『ミーティア・スター』よりも速く動いたせいで、貫けなかったことだ。



 剣の間合いから遠ざかろうとするエントルは、勝ち誇ったかのように口を大きく歪めている。

 間合いを詰めるために、かなり無理な動きをしていた。



 肋骨かあばらが何本か折れ、脚も骨にいくつかヒビが入っているだろう。

 残り十秒。

 エントルは時間をかければ、自分が勝つと考えているかもしれない。



 その判断は正しい。

 が、それは耐えたらの話だ。

 もう一つ、《ジョン・ルーカ―》には代表的な妙技がある。



 『ミーティア・スター』は点の波状攻撃。

 複数回攻撃するために、攻撃力、スピード共に落ちやすい。

 《ジョン・ルーカ―》は一突きを極めるために、槍を突き続けたという。



 最初は千回、月々を重ねて二千……三千……万と。

 《ジョン・ルーカ―》という一人の英雄が辿り着いた一つの極地。

 目にも止まらない最高速の一撃。

 技の名は──



「『シューティング・スター』」



 己の筋量、かけられた補助魔法、数々の戦線で戦った経験。

 それだけでは、槍ではない剣で《ジョン・ルーカ―》の『シューティング・スター』を再現するなんて不可能だ。



 《英霊召喚の儀》で得られた《ジョン・ルーカ―》の記憶があってこそ成せた攻撃である。

 斬った下腹部から蔦が槍衾のように飛び出てきたが、僅かな体捌きで胸を掠めて通り過ぎた。



 剣を真っ直ぐに突き立て、剣先に込めた一撃を阻むものは何もない。

 『ミーティア・スター』のスピードを遥かに凌駕する攻撃で、胸部に移動した核に剣を突き立て完全に破壊した。



 あまりに速い攻撃だったせいか、エントルは最初、何をされたのかわかっていない様子だった。

 遅れてきた痛み、自身の目で確認したことでようやく事態を認識するに至る。



「そ、そんな。『始まりの聖女』でもないのに……どうして? 力が完全に戻っていないとはいえ…………えっ?」



 口を戦慄かせ、死による恐怖で顔が歪む中、エントルと視線が合った。

 正確には、エントルの視線は俺の胸元に向いている。

 さっきの攻撃で軽鎧は壊れ、服まで破かれたため肌が露出してしまっていた。



「あ、あなた……その、紋様は……!」



 俺の胸元には、聖女である証の聖痕がある。

 七枚の藍色の花弁が特徴的な形だ。



「ど、して、『始まりの聖女』と同じ…………!」

「──え?」



 彼女が気になることを言った。

 それを聞くよりも前に、エントルの体が粒子となって崩れていく。



「申し訳ありません、レナ──様……」



 消える声で誰かに謝罪して、魔植人エントルはこの世から消えた。



「…………我々は、勝ったのか?」

「ったりめえだ。完全に死んだろ」

「確認するために、パラサイトはどこですか?」



 《英霊召喚の儀》の効果が完全に切れた。

 体に漲っていた万能感はすでに消え、《ジョン・ルーカ―》の記憶も抜け落ち、替わりに疲労と痛みがドッと押し寄せてくる。



 まだ、倒れるわけにはいかない。

 彼女の言葉を信じるのであれば、死んだことでパラサイトもまたこの世から消えるはずである。



「大丈夫なようです。部屋の隅にいたパラサイトも、粒子となりました」

「上にいる彼らも調べてから、ギルドに応援を呼びましょう。……さすがに、私たちだけでは、帰れな────」

「リーナッ!」



 体から力が抜ける。

 この魔法を使うといつもこうだ。

 前のめりに倒れかかる体を誰かが押さえる。

 クーデリアがギュッと抱きしめてくれた。



「お疲れ様です、リーナ」



 それだけ言って、装備のマントを体に巻いてくれた。

 便宜上、俺は女性だから、肌の露出を押さえるための配慮だろう。



「……何も、聞かないのですか? クーデリア」



 ただの貴族の娘とは思えない戦闘スキルに、ギルドで知った普通とは言い難い教会との繋がりなどなど。

 疑問に思っても仕方ない、あなたは何者なのですかと。

 クーデリアは優しく笑う。



「誰にだって、秘密はあるものです。そもそも、私は護衛の任が下った時から何かあると思っていました」

「そうなのですか?」



「貴族の護衛は騎士の任務として間々あることですが、一緒にギルド員として働くなど聞いたことがありません。裏で何かしらの意思が働いていると勘繰るのは、仕方ないでしょう」



「クーデリアはこれからも、私たちと一緒に戦ってくれますか? もしかしたら、またこのようなことに巻き込まれるかもしれません。嫌であれば、私が話を通しますよ」



 俺がそもそもギルド員になったのは、神託が下ったからだ。

 今回のことで神託が終われば、クーデリアとはお別れになる。



 だが、まだ続くのだとすれば……つらい戦いがこれからも待っているかもしれない。

 クーデリアが表情を崩すことはない。



「背中を合わせ、命を賭けて戦ったではありませんか。この程度の戦い、『戦友』なら共にするものです」



 何でもないように言うクーデリアに、思わずクスリと笑った。



「戦友……ですか。それなら、あなたの話し方を直してもらわないといけませんね」

「は、話し方ですか?」



「私の時だけ、敬語ですよね。私は、誰であってもこの話し方ですが、あなたはアルやエレン、他の方々とはごく普通に話しているではないですか。それは少し、距離を感じしまいます」



 俺の指摘に、クーデリアが慌てた様子を見せる。



「そ、それは護衛対象ですから、一応と言いますか」

「……少し、寝ます。目を覚ましたら、直っていることを祈っていますよ?」



 もう、限界だ。

 体が重く、頭がまともに働かなくなってきた。

 意識が落ちる寸前、クーデリアの声が差し込む。



「おやすみ、リーナ。良い夢を」

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