第26話 英霊

 あらゆる生物は死後、肉体は土に還り、魂は世界の外へ弾き出される。

 外には、魂が永遠とも思える時間を揺蕩う海が存在する。

 魂を弾き出すと、同じ数だけの魂が海からこの世界にやって来る。



 アイラス教では、魂の入れ替えを輪廻転生という。

 生物が住む世界『ガイア』、それを包み込む魂の海『ソウル』。

 そしてもう一つ、『ガイア』で得た記憶は『ソウル』で洗い流され真っ白になり、『ソウル』から更に外へ押し出された記憶の残骸世界『メモリー』がある。



 《英霊召喚の儀》は『メモリー』に自らの魂を接続することで、過去英雄と称えられた存在の記憶を搔き集めて呼び覚まし、自らに憑依させる術だ。

 力はまさしく、呼び出した英雄そのもの。



 元々は教会が保有していた儀式魔法で、世界の勢力図を塗り替えるほどの力があった。

 ただし、デメリットがあり、記憶を憑依させるということは、本来ない力を得るということで、武器を振るえば体のほうが振り回されて勝手に自壊し、他者の記憶が自己との境界を曖昧にして魂が侵され、精神崩壊がおきる。



 俺が使う《英霊召喚の儀》は、《祝福の儀式》によって俺用に最適化されたものだ。

 それでも体はボロボロになるが、精神が狂うことはない。

 ただし、持続時間はたったの三分。



 《聖伐》では、騎士団が相手の戦い方や弱点を見つけて、俺にあとを託す方法をとってきた。

 残念ながら、俺以外は負傷や疲労で動ける状態ではない。

 休憩する暇も、相手は与えないだろう。



 自分の中に別の『何か』が入り込むのを感じ、あまりの不快さに吐き気を催す。

 何度感じても、慣れることはない。

 一瞬だけ、耳元で誰かに囁かれた気がした。



「……何の魔法を使ったのかしら? 攻撃魔法でもないし、姿形が変わったわけでもない。気配は鋭くなったようだけど。それが、あなたの切り札なの?」



 エントルの問いには答えない。

 《英霊召喚の儀》は記憶を憑依させるだけで、変身するわけではない。

 代わりに、剣を一振り。



 俺の後ろで、遠い位置にいる仲間にちょっかいをかけそうだった蔦をアルラウネごと、振り向きざまに纏めて斬り払った。



「……剣が特別ってわけじゃあなさそうね」



 エントルの言う通り、剣が特別なわけではない。

 憑依した英霊の技量で、斬ったのだ。



「まさか、斬撃を飛ばしたのですか?」



 ファルトが呻くように、斬った蔦やアルラウネを見つめている。



「あんなことができるなら、何でドーガーの尻尾を斬り落とせなかったのよ!」

「リーナが使用した魔法が、可能にしたということだろう。それしか、説明がつかん」

「ちょっと、アルバート! そこんところ、どうなのよ!」

「…………」



 アルは詰め寄られても何も答えない、答えられない。

 俺の魔法は、教会で最高機密。

 彼らがそれを知ってしまえば、教会から追われてしまう。



「少しはやるようになったのね。……けれど」



 バキバキと音をたてて、蔦が再生していく。

 斬ったところで無駄だと言わんばかりに。

 再生したところで、また斬り捨てるだけだ。



「人間のような不完全な生物と違って、魔人は不死身なのよ」



 世界には、不老不死の種族がいるから、本当のことを言っているかもしれない。

 だが──



「そうでしょうか? あなたの中にある核を斬れば、倒せそうですけど」



 憑依した英霊の力で、その可能性を指摘する。

 余裕の笑みを浮かべていたエントルが無表情になり、黙って腕を振るった。

 力を使いこなせていないから、冗談半分で言ったつもりだったが、これは……当たりか?



「ハアァァァッ!」



 斬撃を飛ばし、蔦も土の塊も壁も全て斬り裂く。

 俺の召喚に応えた英霊ジョン・ルーカ―は、槍の扱いに長けた英雄で、世界の歴史書に残っているほど有名な英雄である。



 彼の偉業は、数多く残っていた。

 たった一人で軍団を相手取ったり、名のあるモンスターを一撃で葬ったという記録まである。

 生憎、今の俺の武器は剣だが、《ジョン・ルーカ―》は戦場で槍以外も使っていたため、武器の違いは問題ない。



 《ジョン・ルーカ―》最大の力は、槍よりも強いとされる『眼』にある。

 伝承に語られる英雄のため、記録は多岐に渡っているが、憑依したことで《ジョン・ルーカ―》の真価がわかった。



 俺の『眼』は、憑依のおかげで《ジョン・ルーカ―》と同様に感覚として魂を見ることができる。

 はっきりとまではいかないまでも、斬るには十分だ。



「あなた、いくら何でも……強くなりすぎじゃない?」



 己の攻撃を悉く斬られたエントルは、怪訝そうな表情で蔦を壁にして姿を隠した。

 逃げた? ──違う、これは!



「《ストライクウィンド》」



 自らの蔦を引き裂いて現れたのは、風属性攻撃魔法ストライクウィンドだった。

 不可視の風の刃は、英霊を憑依していない俺では防御は難しかったかもしれない。

 僅かな空気の差異を『眼』で見て、刃の位置を特定。

 四連続の斬撃を一息に浴びせて相殺してみせた。



「火、風、土。もしかして、水も使えるのですか? 今の私には、生半可な攻撃は通用しませんよ」



 とはいえ、悠長に戦っている時間はない。

 《英霊召喚の儀》の残り時間もある。

 それ以外にも、《フルブースト》が切れかかっている。

 早急に戦いを終わらせるには、『エントルの核』を攻撃しなければ。



「アハハハハハハハハハッッッ!」

「……何がおもしろいのですか?」

「『今の』魔法は本当に弱いわね。私の全盛期の頃は、もっと強力な魔法があったのに。……こんな風に。『──────ッ!』」



 聞き慣れない言語とともに、火の玉がエントルの手から放たれた。

 見た目は《フレイムボール》と何ら変わりない。



 《ストライクウィンド》と同じように対処しようと剣を掲げた瞬間、ヒヤリと首筋が冷たくなり、直観で火の玉を躱した。

 火の玉は後ろの壁に着弾してすぐに爆発し、轟音が部屋に響き渡る。



「封印から解かれたばかりだから、まだ力が戻っていないわね」

「な……? 何ですか、今のは?」

「遥か昔、魔人全盛の時代に使っていた魔法よ。そうね、『古代魔法』なんてどうかしら?」



 ただの火の玉に見えたあれの被害は、壁を損壊させ、天井にもヒビを入れていた。

 《フレイムボール》だったら、こうはならない。

 これで、まだ全力ではないだと?



 古代魔法。

 本当にあるのか疑ったらキリがないが、目の前の現実は受け入れなければならない。



「さあ、あなたの力をもっと見せて‼」



 再び古代魔法が使われ、火の玉が襲う。

 直観から剣での迎撃はダメージを無視すれば可能だが、代わりに剣を失うことになる。



「チッ。そういうことですか……!」



 躱すことはできない。

 エントルの狙いは、俺ではなく後ろの仲間たちだった。



「あなた、は……魔人を倒すことに専念しなさい」



 魔力の枯渇で動けなかったシンシーが、ポケットから何かを取り出して口に入れる。



「オリハルコンを舐めるんじゃないわよッ!」



 火の玉が彼らに迫る。

 が、すぐに異変が起こった。

 部屋全体の温度が下がったのだ。



 地面も壁も天井も、徐々に凍りついていく。

 火の玉も凍結し、氷の玉となって地面に落下した。

 《ダイヤモンドダスト》? しかし、彼女は何の詠唱もせずに全てを凍らせている。



「こ、この時代の人間がどうして、古代魔法を⁉」



 格下に見ていた人間にご自慢だった古代魔法を防がれて、エントルは明らかに動揺している。

 シンシーは俺と同じように、力を隠していたのか?

 いや、どちらかというと、無理やり力を引き出した形に見える。



 何はともあれ、シンシーのおかげで古代魔法による被害は防げた。

 いつの間にか、アルとクーデリアが両隣に立っている。



「……行けるんですか?」

「当たり前だろ」

「もちろんです。シンシーが古代魔法とかいうものを防ぐので、我々は道を斬り開きます」



 クーデリアはアルに渡していたはずの自分の剣を持ち、アルは戦闘不能のファルトから剣を拝借していた。



「リーナ。あと、どれくらいだ?」

「一分です。おそらく、これが最後のチャンスでしょう」

「そりゃあ、いい。目一杯暴れようぜ‼」

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