第25話 反撃

「申し訳ありません」

「何故、謝るのですか?」



 クーデリアが謝罪をする意味がわからず、率直に尋ねた。



「本来、私はあなたを護らなければならないのに、ケガを負わせてしまいました」

「ギルド員をやっていれば、これぐらいの傷は当たり前です。責任を感じることはありませんよ?」



 左腕を治療してくれている彼女の指が震えている。

 自分は魔力の枯渇で倒れてもおかしくないのに、立っていられるのは騎士としての矜持か、クーデリア自身の性質か。



 血を拭き取って消毒中、ずるりと何かが這いずる音が耳に入る。

 その場からクーデリアを勢いよく突き飛ばした。



「何……をッ⁉」



 さっきまでクーデリアが立っていた位置に、氷漬けの蔦が伸びている。

 狙いは頭、間違いなく殺しの一撃だった。

 表面が氷で鋭利になっており、もし突き飛ばしていなればエントルと同じ末路を辿っていただろう。



「……あれで、まだ生きているのですか」

「噓でしょ? 化け物じゃない……」



 燃えていた箇所はすでに炭化し、《ダイヤモンドダスト》の雪に触れた体と周囲の蔦は氷像と化していて、首までない。

 にもかかわらず、魔人という存在は攻撃してきた。



「フフフ、フフフフフフっ」



 落ちている頭から、不気味な笑い声が響いた。

 シンシーの魔力が枯渇していなければ、索敵魔法による生命反応で気づいたかもしれない。



「痛かった、痛かったわ。これは……お返ししないといけないわね」



 氷像の首元から細い蔦が生え、己の頭を探して動き始めた。

 アルは武器を失い、俺は治療中。

 シンシーとクーデリアは、魔力の枯渇で満足に動けないため戦闘行動は難しい。

 ただ一人、ファルトだけが行動できる。



「《アースウォール》」



 床が割れて土が隆起し、壁となってファルトの動きを阻害した。

 《プロテクション》とは異なり、壁を全て魔力で賄う必要がない土を利用した防御魔法。

 火属性に土属性、こいつ手加減でもしていたのか?



「もしかして、私が本気で戦っていたと思った? あなたたち、人間相手に? 魔人であるこの私が?」



 首が完全に繋がり、体を覆っていた氷が砕け散る。

 氷の下は無傷ではなかったが、持ち前の再生力で徐々に癒え始めていた。



「今度の攻撃は蔦だけじゃなくて、魔法も混ぜてあげる。存分に楽しみなさい」

「アルバート! 私の剣をっ!」



 クーデリアが、自身の剣をアルに投げ渡す。

 戦えない自分より、アルが戦ったほうがいいと判断したからだ。

 蔦の攻撃に加えて、土の塊が攻撃に混じっている。



 土属性攻撃魔法ロックブラスト

 弾速が速く、並みの魔法使いの攻撃に比べれば、遥かに強力な攻撃だ。

 あんなものを生身で受けたら、体がひき肉になってしまう。



「《フリーズウォ……》ゴホッ、ゴホッ!」



 魔力が枯渇した体で無理に魔法を使おうとすれば、肉体だけでなく魂に深刻なダメージを負う。

 躱すしかない。



 剣では魔法の威力に負けて、折れる可能性がある。

 楯で防ぐにしても、《ロックブラスト》の嵐で何もできない。



「シンシー、私の後ろに隠れるんだ」

「はあ、はあ。いくら何でも、あの攻撃を生身じゃ防げないわよ!」

「《フルブースト》がまだ残っている。あなたを抱えて躱すだけならまだ……!」

「二人とも無理をしないでください。ここは退きましょう」



 魔人、か。

 俺たちが相手をなめていた、想像以上の化け物だった。

 全員が死に、情報が途絶えるのは防がなければならない。



「退路があるうちに行きま……ッ!」

「逃がすわけがないでしょう?」



 唯一の退路だった入口は、新たに作られた土の壁で塞がれた。



「クソがッ!」

「くッ!」



 前衛で一番攻撃を受けていた、アルとファルト。

 強固な楯や鎧にはヒビが入っており、攻撃の壮絶さを物語っている。



「アハハハハ! よく粘るわね? もう少し手数を増やしても良さそうね。そうね、次は火属性の魔法でも混ぜようかしら?」

「ファルト!」



 シンシーの悲鳴が漏れる。

 ファルトは死角からの攻撃を防げなかった。

 《ロックブラスト》の直撃だったら、即死してもおかしくはなかったが、幸いにして蔦だった。



 鎧が破壊され、生身が露出している。

 ファルトはもう戦闘不能だ。

 事態は、最悪な方向に進んでいる。



 三人が戦闘不能で、アルはまだ戦っているが、それも時間の問題。

 ──使うか。

 俺が持つ、ただ一つの魔法。



 万全な状態で戦う《聖伐》でしか、この魔法は使わなかった。

 行使すれば、遣い手である俺は無事では済まない。

 平原では、相手がグールではなくパラサイトだったが、あれらはハッキリ言って雑魚だった。



 数が多かっただけで、戦ったとしてもすぐに戦いは終わって、深刻なダメージは残らなかっただろう。

 五人を相手取ってなお、余裕の魔人とでは、状況が異なる。



 制限時間は三分。

 効果はランダムで、下手なものを引けば、五人仲良く天国へ一直線である。

 迷いは──振り切った。



「チッ……どうした、俺はまだ死んでねぇぞ?」

「あなたのその変な攻撃、どういう類のものか、やっとわかったわ。用済みよ、死になさい」

「『──祖は安息の地にて、人々の記憶に生きる者』」



 詠唱を始めると、アルへの攻撃がピタリと止まった。

 アルの面持ちは、怒りと悲愁が混じった複雑な表情だ。

 悪いな、アル。

 エントルの興味は、アルから俺へと移る。



「あなたはてっきり、魔法が使えないと思っていたのだけど」



 冷静に必要な魔力を体の奥底……魂から汲み上げていく。



「『──溟海めいかい彼方で異形と成りてなお、胸底不変なり』」

 俺の足元を中心に広がった魔法陣は、平面から立方体へと転換した。

「『──こいねがう、希望は潰えない』」

 魔法陣に反応があることを確認する。

 俺は、最後の一節を唱えた。

「『──容認せよ、汝の名は』」

 詠唱を締めくくった瞬間、魂が海溝の底深くまで沈んだ。

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