第24話 エントル

 始めに仕掛けたのは、シンシーだ。



「《フリーズジャベリン》!」



 数十の氷の槍が敵に雨あられと降り注ぐ。

 アルラウネは避ける間もなく串刺しになり、エントルは蔦に変化した腕を振って槍を蹴散らした。



 亜種と思っていたが、アルラウネはあっさりやられている。

 能力が高いわけではなく、何らかの特殊能力持ちか。



「チッ、面倒ね」

「俺たちも行くぞッ!」

「はいっ!」



 二人が一瞬でエントルとの間合いを詰める。



「おらァッ!」

「はあァッ!」



 剣が直撃する前に地面から蔦が生え、巻き込まれる寸前に二人は後ろに飛んで避けた。



「男のくせに、近づかないで欲しいわ。それにしても、無様な避け方ね」

「笑うのはまだ早いぜ!」



 アルが再び攻勢をかける。

 蔦を斬り飛ばし、シンシーが間髪いれず魔法を撃ち込んだことで、道が切り開かれた。

 隙を逃さず、アルの渾身の一撃がエントルに──



「無駄な努力、ご苦労様」



 『何か』にぶつかり、剣の侵攻が止まった。

 魔法が使える者には、何が起きたのか魔力の流れでわかった。



「あれは《プロテクション》? 蔦による物理的な壁に加えて、魔法の壁……勘弁して欲しいわね」



 エントルが使用した魔法は防御系魔法プロテクション、魔力を壁の形に変換することで敵の攻撃を受け止める。

 その性質上、魔力が多ければ多いほど、強固な壁を作ることができる。



「あなたじゃ、私に届かないわ」

「はッ! こいつが通じなかったら、引き返してやるよ!」



 アルが右足を勢いよく蹴り上げる。

 エントルは何もせず、《プロテクション》で受けた。

 鎧を纏っているといっても、剣が通用しなかった魔法の壁が、ただの蹴撃一つでどうこうなるとは思っていないのだろう。



 ──だが、その考えは間違いだ。

 受けた瞬間、爆発音が鳴り響いた。

 ガラスが砕け散ったが如く、《プロテクション》は呆気なく破砕する。



「ファルト!」

「はい!」



 裂帛の気合いを込め、二人の斬撃がエントルを襲った。



「魔法……じゃないわね。何?」



 シンシーが疑問に思うのも無理もない。

 あれは、魔法ではない。

 聖堂騎士団の人間ならば、必ず習得することになっている《魔撃》という武術だ。



 体内で練り上げた魔力を体の一部、あるいは全体に覆って、攻撃の瞬間に破裂させる。

 特殊な訓練を受けることで会得でき、魔法の才に乏しい者でも貴重な攻撃手段だ。



 《プロテクション》と似通ったところがあり、《魔撃》は込めた魔力の多さで攻撃力が変化する。

 そして、アルの魔力の総量、魔力量は聖堂騎士団の中でもトップクラスだ。

 あの程度の壁を壊せないはずがない。



「『始まりの聖女』が使っていた技? でも、ちょっと違うような……」



 斬撃を紙一重で躱したエントルが後ろへ下がり、アルラウネをけしかける。



「そんな雑魚に構わないで、あなたたちは魔人を斬りなさい!」



 シンシーの援護射撃で、モンスターを一掃。

 俺も蔦、アルラウネを斬りながら周囲の様子を伺った。



「城の中に入る前にいた蔦と同じで、再生するようですね」

「私の魔法で焼き払うという手もありますが……」



 クーデリアと背中合わせになり、互いの死角をカバーしつつ、シンシーに敵の攻撃がいかないようにする。

 個人が放てる中でも随一の広範囲攻撃がおこなえる《インフェルノ》ならば、焼き払うだけなら可能だが……。



「窓もない地下でそんなもの使ったら、敵どころか空気までなくなって窒息死するわよ」



 現実的に考えて、シンシーが反対した。

 確かに野戦ならともかく、室内戦で《インフェルノ》は味方に与える影響が大きすぎる。



「ならば、シンシー。あなたの《ダイヤモンドダスト》ならどうだ?」



 クーデリアの提案に、シンシーが顔をしかめた。



「あの魔人、《プロテクション》を使っているでしょ? それ以外にも、物理・魔法抵抗力を上げる魔法まで使ってるわ」



 エントルは蔦を巧みに使い、アルとファルトの動きを阻害して攻撃をいなしていた。

 防御魔法以外に、何らかの魔法を使っているようには見えない。

 ずっと敵の高度な隠蔽を暴くために解析していた、シンシーだからこそ気づいたのか。



「《ダイヤモンドダスト》はあと一回が限界。これだけだと、決定打に欠けるわ」

「アルバートの技は? あれなら、魔氷ごと魔人の肉体も砕けるでしょう」



 シンシーは首を横に振る。



「物理耐性もつけてるって言ったでしょ? たぶん、《プロテクション》より肉体のほうが防御力が高いと思うわ。私たちが持ってる二枚の手札じゃ、どうしても威力が足りない」



 それなら、とっておきのものをアルは持っている。



「威力があればいいのですね?」

「……手はあるの?」

「アルが所属している聖堂騎士団の名は、伊達ではありませんよ」



 聖堂騎士団以外の教会騎士団は、戦闘面よりも教会の権威や儀礼的な側面が大きい。

 神託の内容によっては、世界の危機から人類を守護するべく、教会の人間は命を賭して戦う。



 そのため、各地方の教会騎士団より選抜された聖堂騎士団の人間は、高い戦闘力が求められる。



「アルが使用した《魔撃》よりも高威力の《魔法剣》なら、耐性を上げていようと《ダイヤモンドダスト》と組み合わせて倒せるはずです」

「《魔法剣》……? あ、聞かないほうがいいわね」



 俺たちがどこから紹介されたかを思い出したのか、何も聞かずに引いてくれた。

 まあ、聞かれても答えられるものでもない。



「クーデリアは《インフェルノ》の準備を」

「ですが、リーナ。あれは……」

「待って。《魔法剣》ってやつに《インフェルノ》が必要なんでしょ?」

「はい。《魔法剣》の威力を上げるなら、高威力の魔法が必要です」



 俺たちの状況を考えれば、《ダイヤモンドダスト》ではなく、必要なのは《インフェルノ》だ。

 納得したシンシーは、魔法の詠唱をおこなう。



「詠唱する間は、リーナにかなりの負担がかかります。気をつけてください」



 そう言って、クーデリアも詠唱を開始した。



「気合い入れていきましょうか……!」



 俺の役目は、二人が魔法を完成させるまでの囮となり、護ることだ。



「アル! 《インフェルノ》による《魔法剣》で倒します! そっちは任せましたよ!」



 エントルを押さえているアルが、険しい顔をしながらも頷きだけ返した。

 《魔法剣》は高威力なだけに、武器・肉体共に大きな負荷がかかる。

 アルが持っている剣は《魔法剣》用の武器ではないが、エントルを倒すためなら、剣の犠牲程度は致し方ない。



「あら、何をする気かしら?」



 何本もの蔦が、詠唱する二人を狙って殺到した。

 アルもファルトも、蔦を斬っているが、いかんせん蔦の数が多い。



「リーナッ!」

「大丈夫です……よっ!」



 袈裟斬りに、右に左に薙ぎ、拳や足まで使い、斬って斬って弾きまくる。

 アルラウネも蔦を伸ばし、接近する俺に目がけて爪で攻撃してきた。



 間一髪でくぐるように躱し、抜けざまに横薙ぎで斬り捨てる。

 たとえモンスターでも、上半身が人間の女性では心理的抵抗はあるが、気にしていては、次に地面へ転がるのは自分だ。



「ッ!」

「女の子の柔肌を傷つけるのは、いつだってたまらないわね。大人しく降参して欲しいわ」



 徐々に傷が刻まれ、血が滴り落ちた。

 だが、まだ動ける。



 死角からの攻撃を右腕で受けてしまい、剣を持ち変える。

 重武装のおかげか、アルとファルトに目立った傷は見られないものの、動きに精彩さが欠けていた。



「リーナ! 魔法が完成しました!」



 クーデリアは両腕を上に掲げ、赤褐色の球体を作り上げた。



「アルの頭上に向けて放ってください!」

「え、ええっ⁉ わ、わかりました! ──《インフェルノ》」



 クーデリアが放った獄炎の球体は真っ直ぐに進み、何者も阻むことを許さない。

 アルの立ち位置の直線状にいたエントルは、《インフェルノ》に対処するため、前衛から視線を切ってしまった。



 そのせいで、アルが特殊な動きをしていることに気づかなかった。

 剣を持つ右手を大きく後ろに引き、ただひたすらに脱力。



 《魔撃》により鍛え上げた魔力コントロールで、他者の魔法を自身の斬撃に転換する……それが《魔法剣》だ。

 《魔撃》と同様、武術に該当する技で、特殊な動きを必要とする。



 言うや易く、おこなうことは非常に難しい。

 一歩間違えれば、自分に向かってくる魔法のコントロール失敗で死にかねないのだから。



 《インフェルノ》がアルに到達した瞬間、爆ぜることなく魔法を剣で巻き取るように体を回転させて剣に吸収。

 剣自身が、激しく燃え滾る。



「それは……何だかやばそうねッ!」

「おせぇッッ‼」



 一閃。

 炎を収束させて延長した刃は、横一文字で無抵抗に魔人の胸を斬り裂いた。

 遅れて発火。



 通常の《インフェルノ》であれば、球体が着弾後に大爆発が起きる。

 魔法の威力を斬撃に特化したことで、空気がなくならない程度の燃焼に抑えられていた。



 《インフェルノ》の威力が弱まっているわけではなく、むしろ威力は増大している。

 エントルが痛みに叫ぶ間もなく周囲に雪が降り積もった。

 《インフェルノ》の炎も蔦もアルラウネも……全てが凍りつく。



「終わった……のですか?」



 《インフェルノ》を纏った《魔法剣》に、《ダイヤモンドダスト》による瞬間凍結。

 これで生きてるとすれば、霊体か悪魔の二択だろう。



「はあ……はあ、まだ《魔法剣》は維持してる。念のため、首を飛ばしておくぜ」

「生きてるとは思えませんが、やるに越したことはないでしょう」



 エントルの首を斬り飛ばし、役目を終えた剣は砕け散った。



「みなさん無事……とはいきませんね」



 シンシーは魔法を使いすぎたために、魔力が枯渇しており、立っているのがやっとのようだ。

 肩で息をするクーデリアも、似たようなものか。



 俺はあちこちケガを負っていて、軽傷とは言い難い。

 もしかしたら、右腕は骨にヒビが入っているかもしれない。



「これほどの戦闘にも関わらず、ファルトはかすり傷程度で済んでいるのは流石ですね」

「あ、当たり前でしょう。うちのパーティーの前衛なんだから……」



「シンシー、無理をしないでください。僕の肩を貸しましょう」

「要らないわよ、バカ」



 回復魔法はしばらく期待できないため、薬液と布を取り出す。

 俺に気づいたクーデリアがすぐに駆け寄ってきて、治療を手伝ってくれた。



「無茶をしましたね。折れてはいませんが、あまり動かさないでください」



 すっかり空気が弛緩してしまい、気づくのが遅れてしまった。

 戦闘が始まる前にいたパラサイトが、部屋の隅でまだ動いていたことに。

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