第23話 魔人
長い時間をかけて下りると、ドーガーがいた部屋よりも重厚な作りの扉が現れた。
見た目からして、一人ではとても開けられそうにない。
「開けるぞ。ファルトも手伝ってくれ」
「わかりました」
何が飛び出してもいいように俺とクーデリアは剣を構え、シンシーはいつでも魔法を発動できるように備える。
扉の先は真っ暗で、闇だけが広がっていた。
暗視魔法のおかげで、ある程度の外観を把握できた。
「何でここだけ明かりがないのよ。待ってて。今、魔法で──」
敵の魔法で暗視魔法を解除されれば、こちらが不利を受ける。
戦闘をおこなうなら、明かりはあるだけいい。
シンシーが明かりをつけようとした時、一つ、火が灯った。
続くように円形に燃え広がり、部屋一面を照らす。
芝居がかった演出におかげで、部屋の全貌が露になった。
部屋は思ったよりも広く、石柱が複数建っている。
中央には、アイラス教では見られない様式の祭壇が設けられていた。
石柱の真新しさからみて、ごく最近に建築されたものだと推測できる。
俺は祭壇に向けて、
「一体、誰を祀っているのか教えていただけませんか?」
「……フフッ、気づいていたの」
隠す気もない濃密な殺気を漏らしていれば、素人か鈍感でもない限り気づく。
出てきたのは、人間の姿をした女性だ。
人間、と断定しないのは、擬態して活動する種族がいるからだ。
女性の姿は妖しげで淫蕩な雰囲気を持ち、体を覆う布は大事な部分をギリギリ隠しているだけで服の体裁がない。
「確認ですが、あなたが現在の城主ですか?」
「ようこそ、私の城へ。村の住人たちの出迎えはいかがだったかしら? 復活したばかりで、下僕はいても、まだ仲間がいなかったから、歓迎するわ。どう、小さなお嬢さん? 私の仲間にならない?」
小さいとは、俺のことか? それとも、シンシーのことか?
「仲間がいない? まさか、あなた一人で事を起こしたのですか?」
「ええ、そうよ。早く、他の仲間を復活させたいわ」
儀式魔法然り、村人をパラサイトに変えたこと然り、本当に一人でおこなったのか?
とても信じられない、この女は何なんだ。
気になることを言っていた、『復活』という言葉は人間にはあまり使わないはず。
「……何故だ、何故そんな非道なことをする」
怒りを抑えて呟くクーデリアの声は、きちんと女性に届いていた。
「全ては『始まりの聖女』に復讐をするため、かしら」
女性から出てきた名前に、思わず目を丸くする。
『始まりの聖女』とは、アイラス教において重要な存在だ。
「『始まりの聖女』……って、確か、ラーナ・セイクリードよね? アイラス教の聖女の」
シンシーが確認をするように、俺に聞いてきた。
「初代聖女にして、歴代最強の聖女と呼び声高い人です。数々の逸話を持ち、数多の災厄を振り払い、人類の未来を切り開いた……と伝承されています」
彼女の言う『始まりの聖女』は、いくつかある二つ名の内の一つだ。
教会に残っている記録には、『聖母』、『救世主』、『破壊の権化』など、いろいろ呼ばれていた。
「復讐って『始まりの聖女』は二千年以上前の人間だぞ? そいつに復讐ってどういうこった?」
アルの素朴な疑問に、女性は口角を上げて答えた。
「私は二千年前、『始まりの聖女』と戦い、封印されたのよ。他の『魔人』たちもよ? あの時の屈辱……思い出すたびに腸が煮えくり返りそうよ!」
発する殺意、憎悪はとても偽物とは思えない迫力。
それよりも、気になることが。
「『魔人』……? シンシー、知っていますか?」
「……知らない。学園で学んだことないし、ギルド員になってからも聞いたことないわ」
「クーデリア、王国の情報で何か心当たりは?」
「私が知る限り、そのような存在の情報はありません」
相手は歴史上の偉人と戦ったと言う。
狂言か……本物か。
「復活してからいろいろ調べたけど、誰も『魔人』を知らないのよね。あんなに、世の中を謳歌した最高の八体だったのに。誰かは知らないけど、『魔人』の情報を隠匿したのね。大方、『始まりの聖女』の関係者でしょうけど」
「『始まりの聖女』は二千年前の人物です。復讐なんて、不毛だと思いますが?」
「不毛? ……それはないわね。だって、『始まりの聖女』が守った世界を壊す楽しみが目の前にあるんですもの! しかも、実験動物がたくさん増えてくれて、こっちとしては嬉しい限りよッ‼」
途端、哄笑する女性。
目にはただただ狂気だけが孕んでいた。
「ヤバくねーか、あの女」
「見ればわかります」
「王国法に基づき、貴様のこれまでのおこないは、厳正な裁判のもと裁かれる。大人しく、投降しろ!」
「バカね。『魔人』に適用できる法律なんて、この世にあるわけないでしょう? それとも、私が人間に見える?」
大袈裟に両手を広げてみせる。
さあ、存分に見なさいと言いたげだ。
見た目は妙齢の美しい女性。
容姿に特段のおかしな部分はない。
「あなたは、パラサイトをどうやって生み出したのですか?」
「……パラサイト?」
一瞬、怪訝な表情を見せ、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「私の実験体のことをそう呼んでいるのね。いいわね、いただくわ。どう生み出したかというと──」
女性が右足の爪先で床を叩くと、祭壇の周辺から蔦が出てきた。
攻撃かと思い、全員身構える。
だが、攻撃ではなかった。
「……人間?」
頭、腕、胴体、足。
蔦が寄り集まって形となり、驚くべきことにただの蔦が人間となった。
「何だ、ありゃ? モンスター……じゃなえよな」
力なく項垂れ、生気のない顔からおそらく死体である。
死体の首筋を見せつけ、二本の指を蔦に変質させて首筋に突き刺した。
見た目死体だったものがビクッと体を震わせたあと、遅い足取りだが、しっかりと歩き出した。
「嘘だろ……? あれじゃ、まるで……」
「これが、パラサイト!」
前衛に立っていた、アルとファルトが強い警戒感を滲ませる。
「それが『パラサイト』にする方法ですか。生きている人間にもできそうですね」
「プスッとやって、極微小の種子を埋め込んで成長すれば、私自慢の子供になるの。でも、まだ『蕾』ってところかしら? それと、生きている人間をパラサイトにできないわ。種子が成長途中で、宿主を殺してしまうもの。あの時の人間の叫び声、あなたたちに聞かせたかったわ……」
蕾の先には、花がある。
パラサイトは成長するのか?
種子を子供という女性、『魔人』の姿が変化する。
足がおぞましい音を上げて、三又に分かれた。
色白の肌が茶色に変化して肌から蔓が生え、とんでもない速度で成長していた。
「おいおい、いきなり変身かよ!」
「ずいぶんと、『らしい』姿になりましたね」
「リーナ、私の後ろに……!」
「必要ありません。どこにいたところで、彼の『魔人』から逃れられないでしょう」
「私は『魔人』、『魔植人エントル』。あなたたち、なかなか強い力を持っているようだから、キレイな死体にしてかわいく愛でてあげるわッ……‼」
エントルが叫び、祭壇を侵食していた蔦が縦に枝分かれる。
蔦から巨大な蕾、花へと変化し、中央部の筒状花から女性の上半身が生えた。
アルラウネか?
花弁を持つアルラウネなんて、見たことも聞いたこともない。
亜種ならば、何かしらの特殊能力を持っている。
数は十体。
別の蕾が咲けば、モンスターの数は増加の一途だ。
それに加えて、力が未知数のエントルが後ろに控えている。
「もし、私を殺すことができれば、パラサイトは絶滅するわ。あの子たち、私がいなくなると、寂しくて自戒しちゃうの」
「はあ? そんなこと教えていいの? なら、真っ先にあなたを狙うわよ」
シンシーが挑発するように口角を上げ、杖を構える。
杖の先は淡く輝いており、すでに魔法を待機させていることがわかった。
「いいわよ、別に。そもそも『始まりの聖女』でもない限り、私を倒すことはできないわよ。この時代の人間は、弱者ばかりだし。必死に足掻くといいわ。簡単に死なないでよねッ!」
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