第22話 扉の番犬

 燭台の火で階段が照らされ、暗視魔法の必要がないほど踏み板が見える。



「………………」

「どうしました、クーデリア?」



 暗い雰囲気を感じ取り、後ろにいる彼女に話しかけた。

 村人の成れの果てを目撃したせいかと思い、隣に並んで気遣う。



「申し訳ありません。大丈夫ですので」

「強がらないでください。見ていれば、わかります。今のあなたの顔、かなりひどいですよ?」

「そ、そんなにですか?」



 力なく笑うクーデリア。

 しばらく黙っていたが、やがて少しずつ話始めた。



「私は騎士の身分ですが、その実、人と戦ったことがないのです」

「そうなのですか? でも、平原でグールとは……」

「グールはアンデット、モンスターです。割り切って戦っていましたが、種子に寄生されていると聞き、刃が鈍りかけました」



 騎士は国の護り手、軍人である。

 イグニス大陸の西側諸国は一部小競り合いはあれど、ここ百年ほど大きな戦争をしておらず、人を殺傷している軍人は少ない。



 訓練して人を殺すことに抵抗感を少なくできても、心が傷つかないはずがない。

 彼女に何と言うべきか。

 俺に聖女の証である聖痕が現れてしまった時、とある少女に聞いたことがある。

 その時の言葉は、当時の俺を救った。



「……救えなかった命に目が行きがちのようですが、あなたは確実に他者を救っていますよ」

「そう、でしょうか?」



「彼らを放置していては、いずれ外に出て力なき者たちを襲ったでしょう。あなたは、未来の命を守ったのです。それに、無理やりパラサイトにされた人々に、人殺しをさせたくないでしょう?」



 アイラス教では、現世で犯した罪の質や数によって、死後に向かう場所が決まる。

 実際に経験したわけではないが、身に覚えがない罪で最悪な場所に送られたら、かわいそうだ。



「……リーナ、ありがとうございます。私よりも、あなたは騎士らしいですね」

「そんなこと、ありませんよ」



 俺が騎士なんて、それほど高潔な人間じゃない。






 罠を警戒しつつ、慎重に下りた先にあった扉を開けると、鼻に異臭が突き刺さった。

 巨大な体に、硬そうな黒い毛を生やし、白目まで黒い双眸は侵入者を睨んでいる。



 歯を噛み合わせて口の端から唾液を垂らす様は、醜悪で嫌悪感を植えつけてきた。

 獲物と定めれば、地獄まで追いかけて喰い殺すモンスター、ドーガーだ。



「上のヤツらより、斬りやすいヤツがいるな」

「下の生命反応に変化はありますか?」

「ないわ。見たところ、ブサイクなモンスターを飼っているようね」



 ドーガーの首には、自らの所有物だと示すためか、首輪を取りつけている。

 革製ではなく、物騒な鎖でだが。

 足元をよく見れば人骨や腐乱死体がチラホラと。

 異臭の正体はドーガーだけでなく、腐乱死体にもあるようだ。



「……悪趣味な!」



 死体はどこのものか、クーデリアはおそらく村人を思い浮かべているのだろう。

 先ほど見た弱々しい雰囲気はなく、戦うのに十分な闘志がある。

 彼らのために祈ってあげたいが、目の前のモンスターが邪魔だ。



「俺たちを餌と思ってんのか?」

「喰われる前に倒します!」



 全身鎧の二人が楯を構えて前に出た瞬間、ドーガーが動き出した。

 四肢で地を踏みしめ、巨体には似つかわしくない速度で飛びかかってきた!



「《フリーズジャベリン》‼」



 空中で身動きが取れないドーガーの眉間に向けて、シンシーが氷の槍を射出。

 突き刺さる直前、二又に分かれた長い尻尾を巧みに使って弾いた。



「めんどくさいわね。《フリーズウォール》!」



 何十体ものパラサイトの攻撃をものともしなかった、分厚い氷の壁が接近を阻止する。

 《フリーズウォール》にぶつかったドーガーは、憎々しげに呻きながら壁を蹴って後ろへ跳んだ。

 それを見越した動きで、アルとファルトが距離を詰めて斬る。



「グルァッ!」

「……こいつッ!」



 アルが斬り口を見て、悪態を吐く。

 傷が少しずつ再生しているのが見えた。

 俺が知る限り、普通のドーガーは再生しない。



「亜種、ですか。厄介なものを飼っているのですね」



 通常の個体と比べて、亜種は異常な強さを持っている。

 例えば、力が強かったり速く動けたり、手足が多かったりと。



 また、再生能力を備えている亜種もいる。

 上で戦ったアルラウネは元々再生能力を持っていたが、もしかしたらより能力が強化された亜種だったかもしれない。



「いかがしますか、リーナ。時間をかければ、倒せるかもしれませんが」

「何言ってるの。下にボスが待ち構えているのよ。勿体ないけど、最大火力で倒すわよ」



 シンシーの持つ最大火力は《ダイヤモンドダスト》で、威力は俺たちが初めてパラサイトに遭遇した時に証明されている。

 《ダイヤモンドダスト》ほどの魔法は、日に何度も撃てるわけではないはずだ。



 その一回をここで使う。

 戦闘を続けジリ貧になって体力を失うより、《ダイヤモンドダスト》を使うのが合理的だ。



 シンシーが詠唱に入り、俺たちは援護するべく動く。

 アルとクーデリアが魔法で牽制をおこない、俺とファルトで二人の隙を無くすように近接戦を仕掛けた。



「詠唱が終わるまで時間がかかります。耐えますよ!」

「耐えるだけなら楽勝だぜ。……うおッ!」



 調子に乗っていたアルの頭へ、ドーガーが尻尾をしならせて攻撃するも、ギリギリ屈んで躱した。

 尻尾を斬り落としてやろうと考え、後ろに回り込む。



 辺り一帯を払うように振るわれる尻尾。

 ぶつかる直前、ファルトは上手く反応して楯を掲げて防いだ。

 この隙を逃さず、鋭く剣を振り抜く!



「……まあ、知っていましたよ。私では、どうにもなりませんか」



 斬った箇所は、それはもう見事にかすり傷レベルに留まっていた。

 身体能力を強化していても、俺の華奢な体では、アルやファルトほどダメージは出せない。



 それでもドーガーは煩わしかったのか、後ろ足で蹴りを放ってきた。

 素早く躱し、大腿部を斬ってから離脱する。

 攻撃したのは、注意を引くためだ。



「ハアッ!」



 俺を踏み潰そうとしていたドーガーはアルの接近に気づかず、振るっていた尻尾の根本を斬り落とした。



「ギィィィィィィアアアァァァァッッ!」



 己の一部を斬り落とされ、のたうち回りながら、怒りと憎しみに満ちた慟哭が部屋に響き渡る。



「行くわよ!」



 瞬時にその場を離脱する。

 ドーガーの足元に巨体に見合う大きな魔法陣が現れ、淡く燐光を放つ。

 斬られた痛みで動きがまだ鈍い。



「《ダイヤモンドダスト》!」



 本来の《ダイヤモンドダスト》であれば、部屋ごと凍り尽くす凶悪な魔法だ。

 俺たちを巻き込まないようにするために範囲を狭めているとはいえ、威力が衰えることはない。



「ガアアアッ! アアアアッ!」



 ドーガーが逃げないように足の先から、徐々に凍りつく。

 魔法の効果範囲から無理やり逃れようとするあまり、凍った足が砕けて体勢が崩れた。



「――アア、アアアア」



 再生するよりも先に凍っていき、ついには氷像となった。



「……呆気ない終わりだな」



 剣を肩にかけて一息つくアルに近づき、



「油断しないでください。亜種が一つだけしか特殊能力を持っていないとは、限らないのですから」



 命の灯火が消えたのを確認した後、シンシーが杖を振り、氷像は粉々に砕け散った。

 再生能力を持っていても、能力以上にダメージを与えれば、再生することはできなくなる。



 確実な死を迎えたのは一目瞭然だ。

 《ダイヤモンドダスト》により一時的に部屋の温度が氷点下まで下がったため、白い息が口から漏れる。



「さみぃな、おい。温度はどうにかならないのか?」

「魔法は万能じゃないわ。我慢しなさい」



 ドーガーが守っていた先に、下へ続く階段があった。



「それでは行きましょう」



 アルとファルトを先頭に、次の階段を下りた。

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