第20話 侵入前夜
「村から古城まで、一日ほどかかるのでしたね」
「そうです。どうしますか? 儀式魔法まで使用するとは、想定していませんでした。あれほどの魔法……シンシー、あなたなら一人でできますか?」
ファルトの隣に立っていたシンシーは、静かに首を横に振る。
「不可能よ。そもそも、儀式魔法は用途はどうであれ、莫大な魔力が必要なの。一人ではとても賄いきれないほど、ね。リーナが言っていた通り、何がしかの組織が関わっているのが有力そうよ」
教会でも、儀式魔法の準備にはとにかく人と時間が必要だった。
一人でおこなったと言うには、無理がある。
「ほぼほぼ、組織が関わっているなら、戻って応援でも呼ぶか?」
「戻ってどうするの。レベルが低い連中を引き連れても、あの火力で無駄死によ。私の強化はあと一人か二人が限界」
儀式魔法の火力を前に、数はあまり意味がない。
だからこそ、魔法使いは貴重な戦力であり、魔法が確立されたころは恐怖の代名詞となっていた。
アルの応援を呼ぶ案は、オリハルコンクラスに匹敵する存在がいれば大歓迎するところだが、存在するなら初めからシンシーたちがつれてきている。
「敵はこれまで誰にも悟られずに、村の人間を攫ってモンスターに変えています。敵が私たちごと破壊しようとしたということは、もう隠れる必要がないということでしょう。暗殺という手段も取れたでしょうに」
俺の予想を聞いて、四人とも顔を険しくする。
「ヤベーな。とすると、街は大丈夫なのか?」
「ギルドに連絡しましょう。あちらで、わかったことがあるかもしれません」
すぐに水晶玉を使い、ギルドに村で起こった出来事を報告した。
ギルドの通信担当官は、報告を聞いて椅子を倒しながら、どこかへ駆け出す姿が水晶玉を通じて見えた。
別の者(おそらく上司)が現れ、古城に向かって調査して欲しいと言われる。
「ちょっと、ギルドで何かわかったことない?」
『いえ、こちらも国や教会と調べてはいるのですが、結果は芳しくなく……』
何もわからない状況は大変気持ち悪いものの、先へ進まない理由にはならない。
もう用はないので通信を切り、村の入り口に繋げていた馬の下へ向かう。
村は半壊したが、幸い馬に被害は出なかった。
爆発を目の当たりにしても逃げようとしない辺り、さすがはギルドの馬といったところか。
「……建物自体が罠だったということは、村自体も……」
クーデリアの小さな呟きに、全員がバッと振り向いた。
「嫌なことを言わないでください」
「そうよ。あいつの隠蔽を解析しながら、村一帯を魔法で探査してるけど、まだ何も感知していないわ」
「まだ、ってことは感知するかもしれないってことか」
空気が読めないアルの言葉に応えるように、ボンっと遠くで何かが爆ぜる音が響く。
俺たちは炎をバックに無言で馬に乗って駆け出し、戦略的撤退をおこなった。
***
「ということがありまして……もう、大変でしたよ。邪教徒との戦いでも、あれほどのものはそうなかったでしょう」
『ほう。邪教徒が関わっているとわかれば、話は早いのだがな。今から、古城ごと消すような魔法を用意できるわけではない。何よりも重要なのは、お前の身だけだ。撤退も考慮せよ』
『……ちゃんと、皆で帰ってきて』
村から無事に脱出したあと、古城を目指して駆け、現在は古城手前で侵入に向けて休みを取っている。
ここまで来るのに多数の妨害を予想して、シンシーがこれでもかと攻撃・防御・支援魔法を駆使して警戒態勢をとっていた。
しかし、予想に反して何もなかった。
小休止の間に、皆にはエレンと通信魔法で話すと言って、少し離れた位置にいる。
クーデリアは難色を示したが、アルが近くにいるということで何とか折り合いをつけた。
エレンと通信というものの、実際はそれだけではなく、教皇猊下と話をするためである。
ギルドは教会と調べているとは言っていたが、秘密主義の教会が情報をポンポン他組織に開示するわけがなく、エレンと話す名目を作って話を聞くのだ。
水晶玉には、エレンの顔が浮かんでおり、机の脇に別の水晶玉──教会の最高権力者に繋がっている。
「教皇猊下、あなたのことですから捕獲して既に解剖を終ているはずですよね?」
抜け目のないこの男のことだから、調査はかなり進んでいるだろうと踏んでいた。
アンデットは倒すと、村で出会った子供のように光の粒子となるが、教会にはアンデットでも解剖できるようにする魔法があり、未知のアンデットの解析に欠かせない。
『うむ。わかっていることは少ないが、噛み痕らしき場所から解剖を進めて、脳を調べた結果、敵は植物の種子を寄生させることで、操っている可能性があることがわかった』
『……人間に、植物が寄生することなんてあるの?』
「ありますよ。植物型モンスターには、そうすることで遠くの地に種を撒いたりしますから。ですが……」
それはあくまでも、生存競争に勝つための生きる知恵だ。
自らの餌にすることはあれど、他者を傷つけるようなことができるか。
『お前が想像するように、敵は生存競争を勝ち抜くための行動ではなく、明らかな敵意を持って行動している。おまけに、魔法を使うのだろう? 厄介だ』
植物のくせに火系統の儀式魔法を使う辺り、火耐性があるかもしれない。
となれば、アルやクーデリアの魔法が効きにくくなり、シンシーの魔法が生命線になるな。
『種子は魔法抵抗が低い者ほど、脳が侵食され寄生される。お前たちならば、そう簡単にはいかないだろうが、十分に留意せよ。治療できるかは、これから研究に入るところだ』
「了解です」
作戦を考えつつ、そびえ立つ古城を見詰める。
既に日が暮れて、恐怖を助長させるような雰囲気を持つ建造物は、門が開け放たれており、来るものを拒まずといった感じだ。
『……リーナ』
通信を切る直前、エレンに声をかけられる。
『……行ってらっしゃい』
水晶玉に手が映り、俺も水晶玉に手を重ねた。
「行ってきます」
「……終わったか?」
通信が終わるまで木の陰にいたアルが現れる。
「あいつ、何で俺には何も言わないんだよ」
「もう少し、彼女に優しくすればいいのですよ」
水晶玉を回収して、立ち上がりもう一度古城を見た。
「戻りますか。一休みしたあと、零時に古城へ侵入しましょう」
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