第19話 声の主

『子供を助けようとして、無残にを喰い散らかされる絶望の表情を見たかったのに……。興覚めよ、あなたたち』



 黒い靄が現れた後に謎の声。

 関係がない、なんてことはないだろう。

 おそらく、俺たちが水晶玉を使って発動する長距離通信と似た魔法か。



「それは残念でしたね。私たちは、とても慎重派なのです。ところで、あなたはどこの、どなたですか?」



 俺どころか、オリハルコンクラスの魔法使いのシンシーでさえ、魔法の兆候が掴めなかった。



 もし通信魔法ではなく攻撃魔法ならば、俺たちは、全滅していてもおかしくはない。

 全く腹立つ話だが、今は迂闊に動くことができない。



『あなたたちに教える必要は、さらさらないのだけど……そうね。古城に来るといいわ。私のかわいいモンスターを殺してくれたから、主として歓迎するわよ』



 主……だと?

 思い出すのは、占いのばあさんの言葉だ。

 奴らの主と言っていたが、今思えば、ばあさんは『グール』の主とは言わなかった。



 アルが俺に視線を送る。

 胡散臭いばあさんの占いが、的中したと考えているのだろうが、俺は逆に、騒動に荷担しているのではないかと疑った。

 俺が考えている最中、クーデリアが黒い靄にたいして声を上げる。



「答えろ! 貴様が住民に何かしたのか! 他の住民はどこにいる!」

『教えるはずがないでしょう? ……と、言いたいところだけど、好みの子が多いし、教えてあげる。全員、私の実験体になってもらったわ。成功例は、さっき見たでしょう』



 あっさりと、恐ろしいことを何でもないように告げた。

 クーデリアの顔に怒気がこもり、爆発する前に他のことを聞く。



「理由をお尋ねしてもいいでしょうか?」

『……んー、そこにいる女の子たちが裸になって、お願いしてくれるならいいわよ。あっ、男はダメよ。殺したくなるわ』

「は?」



 何だ、こいつ。

 女性の声をしているが、こちらからは姿が見えないので、性別は定かではない。

 そっちのけがある……というよりは、俺たちの反応を見て楽しんでいるのか。

 どっちにしろ、クソ野郎だな。



『私は、人間の女の子が好きなのよ。あなたたちみたいに、綺麗でかわいい子に裸で頼まれたら、喜ぶかもしれないわ』



 いや、俺は見た目だけで、脱いだら男なんだが。

 何てことは口が裂けても言えず、どう返すか考えていると、クーデリアが俺とシンシーを背に隠して立った。



「ふざけるな、彼女たちにそんな屈辱を味合わせるものか!」



 さすがは王国騎士。うちの騎士とはエライ違いである。



『あなたはいいわ。筋肉の塊っぽいし』

「なッ⁉」



 ……まあ、騎士だから仕方ないだろう。

 慰めの言葉は、余計に傷つけるだけだから、飲み込んだ。



『嫌だったら、ここに来ることね? 辿り着けたらの話だけど、ね』



 黒い靄は、空気中に霧散して消えていった。

 張り詰めた雰囲気が解けようとした時、俺とシンシーは空気の変化に気がつく。

 遅れてクーデリアも地面に目を向け、切迫した状況に気づいたようだ。

 シンシーが俺たちに《フルブースト》をかけ直す。



「どうした、急に?」

「あなた、教会騎士のアルバートでしょう⁉ 何で気づいてないのよ、バカ!」

「……何で罵倒されたんだ?」

「さ、さあ?」



 アルもファルトも何が何だかわからない様子で、説明しようと口を開く前に、床に赤い線が幾重にも走る。

 教会でおこなっていた多くの儀式魔法に飾りとして参加していて、この手の魔法には造詣が深く、魔法が攻撃系で建物を吹っ飛ばすほどのものだ。



 シンシーは魔法陣を見るだけで、大抵の魔法を看破できると豪語していたので、床に走る一部の線から俺と同様に看破しているはずだ。



「簡潔に言います! 今から、この家が攻撃系儀式魔法で消し飛びます!」

「「なっ!」」



 二人から、驚きの声が上がる。

 しかも、マズいことに魔法の発動までの残り時間が十秒ほどしかないのだ。



「この魔法、苦手なんだけど……ね! 『我らに風の加護を』! 《ストリーム》!」



 《フルブースト》に加え、新たに《ストリーム》魔法がかけられた。

 体が軽くなり敏捷力が向上する魔法で、《フルブースト》と比べて特化している分、上昇度は段違いである。

 一気に地下から脱出して、一刻も早く逃げようとする算段だ。



「早く逃げるぞ!」



 クーデリアが梯子を使わずに一足で地下室を出て、退路を確保する。

 それを確認して、俺たちもすぐに出た。



 扉を乱暴に壊して急いで外に出た時、悪い夢を見ている気分になった。

 村長の家を吹っ飛ばす魔法かと思いきや、魔法陣は二軒、三軒先へと延びていて赤く爛々と輝いている。



「おいおい、どんだけデカいんだよ!」

「文句を言っている暇はありません、逃げますよ!」



 どれだけ早く逃げても、目測で魔法陣の外縁ギリギリである。



「あの建物を中心に爆発させる魔法ね! 結界を張って、あなたたちの楯も強化して爆風と熱を防ぐわよ」

「そんなんで大丈夫か? 腕、吹っ飛ばされないだろうな……」

「今はシンシーを信じましょう!」



 楯を強化するべく、走りながらシンシーが連続で魔法を発動させた。

 パーティーの身体強化に加え、身につけている装備にまで強化を施すとは恐れ入る。



 常人では行えない高速詠唱に、多重付与で強化された漆黒の鎧と白銀の鎧。

 外縁に辿り着き、黒白の鎧たちが動く。

 皆の前に立ち、俺たちを守るべく大楯を掲げた。



 数瞬遅れ、最初に届いたのは光だった。

 続いて、轟音に衝撃。

 張られた結界からビキビキと音が鳴り響き、二人の大楯へと衝撃が迫る。



 辺りの地面がめくれ上がり、衝撃で体が持ち上がりそうになるのを必死でこらえ、嵐が過ぎ去るのを待った。

 ──そして。



「ゲホッ、ゴホッ! お二人とも、生きていますか……?」



 体に降り積もった砂や埃を払い落とし、跡形もなく残骸と成り果てた建物たち。

 破片が村の入り口付近まで飛んでいる辺り、爆発の強さが伺えた。



「いてーな。ったく、誰だよこんなことしやがったのは」

「十中八九、あの声の主でしょう。シンシー、回復魔法をお願いします」

「わかってるわよ。強化したとはいえ、腕に少しダメージがあるだけって……。あなたたち、どんな鍛え方してるのよ」



「剣振ってら、体も強くなれるぜ」

「訓練器具を用いて……ですかね」



 二人の大楯を見ると、結界が壊れて多少の衝撃を受けたようだが、ほんの少しだけへこみがある程度。

 大楯が修復不能なほど破壊されれば、一時撤退を選んだが、幸いにしてこれだけで済んだ。



「あんな魔法を使うなんて、近くにいるのか?」

「儀式魔法と言ったでしょう。条件による魔法の起動ですから、近くにはいなくても、発動します。厄介なのは、魔法の隠蔽技術ですね」



 たとえ、どれほどの大魔法使いであろうと、規模の大きい魔法を長時間維持するのは難しい。

 長時間維持するために、試行錯誤の末に生まれたのが儀式魔法だ。

 地面や壁などに直接刻む方法や、空間に留める方法など、様々な方法がある。



 条件をつければ、今のように罠として用いることも可能だ。

 一見、便利に見えても、明確なデメリットがあり、一つが魔法陣を仕掛けている場所に近づくと、込められたエネルギーが膨大で儀式魔法の存在に気づきやすくなるのだ。



 普段、人の中を対流する魔力。

 そのエネルギーを魔法に変換することで、人は様々な不可思議な現象を起こすことができる。



 魔力や魔法が人の外へ出ると、人によって気配や匂い、あるいは視覚といった五感で捉える。

 五感で気づかないようにするために、様々な隠蔽を図った。



 隠蔽を破る手段も、当然として存在する。

 常に警戒していたはずが、俺も、魔法使いとして実力のあるシンシーも、発動の瞬間までわからなかった。

 相手の隠蔽技術が相当に高くなければ、困難なことである。



「じゃあ、隠蔽を破らなきゃ俺たちは一方的に魔法攻撃に晒されるのか」

「古城に向かうまでの間に、完璧に看破できるようにするわ。ここまで舐められたんじゃ、腹の虫が収まらないわよ……!」



 短い期間で看破できるのか、俺にはわからない。

 この中で最も優れた魔法使いの言葉であり、俺たちを守り切ったシンシーを信じよう。

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