第18話 地下室に
ギシッと、木が軋む音が聞こえた。
誰も、動いていない。
ということは、ここにいない『何か』が物音を立てたことになる。
「今のはどこからだ?」
「下から聞こえましたね。ファルトさん、下には何が?」
「地下室があったと記憶しています。食料などの保管庫だったようで、広いというわけではありません。中には、何もありませんでした」
保管庫ほどの広さなら、一人ぐらいは入れそうか。
「放置するという選択肢はないだろう。すぐに向かうべきだ」
クーデリアの言う通りだ。
せっかくの情報、逃すわけにはいかない。
地下室には、はしごで下りる必要があるそうだ。
「あなたたち、先に下りなさいよ。私たちの壁だし、見られそう」
男二人に言い放ち、シンシーは自らのスカートの裾を押さえる。
俺もスカートだが、クーデリアに見られたことからスパッツを履いているし、何より男に見られて恥ずかしがるような感性を持ち合わせていない。
「はあ? 誰がお前のスカートの中なんて見るかよ。そんな物好きじゃあ、ブホッ!」
防具で覆われていない顔を杖で強打され、うずくまるアル。
何でまた、余計なことを口にするのか。
殴られるに決まっているだろう。
地下室には明かりが灯されており、上から部屋の中が十分に見える。
人がいない場所に、明かりを灯すことなんてない。
「おい、見ろよ」
下りてすぐ、アルが何かを指差した。
後ろ姿で、性別はわからないが子供だ。
ファルトが言った通り、保管庫のようだが明かり以外は何も見当たらない。
クーデリアが咄嗟に駆け出しそうになるのを手で制して、首を横に振る。
ただの子供ならともかく、どれだけ探しても村人が誰もいなかったのに、地下室に一人の子供。
迂闊に飛び込んで、罠にかかるなんて馬鹿らしい。
「お前、大丈夫か?」
馬鹿(アル)が一人いた。
「アル、待ってください!」
「ウ……ウッ…………」
子供は声をかけられても、ただうめくだけでそれ以外の反応を見せない。
「戻ってきなさい、アル!」
「大丈夫だって。おい、助けに来たぜ。何があったんだ?」
肩に手を置いた時、子供の顔がこちらに向いた。
顔立ちは、それなり整っていて女の子に見える。
注目すべきは瞳だ。
眼孔が落ちくぼみ、赤黒い瞳は、どこか怨念を彷彿とさせて、ジッと俺たちを見ている。
「ウ……ガァァァァァァッッ!」
「なっ!」
子供は突然絶叫を上げて、アルの手を払い除けて飛びかかった。
腕を首に回し、今にも首に噛みつこうとしている。
鍛え上げているアルとはいえ、首筋を喰い千切られれば致命傷になる。
アルは抜群の反応で子供の口元にガントレットを挟み込み、子供の攻撃を防いだ。
「アル! そのまま押さえ込んでください!」
「は? あ、ああ」
俺の指示に素直に従い、子供の頭に手を置き、自重で体を地べたに押さえつける。
「な、何だこの力! こっちは《フルブースト》の効力で力が上がってるんだぞ。グールの比じゃねえな。補助魔法、ちゃんとかけたのか? ファルト、足を押さえてくれ!」
「は、はい!」
「ちゃんと、かけてるわよ! あなたが貧弱なんじゃないの?」
大の大人が二人で押さえ込んでいてもなお、子供は攻撃を繰り出そうともがいていた。
「リーナ! 何かする気なら、早くしてくれ!」
「ええ。クーデリアとシンシーは、何があってもいいように準備を」
それだけを伝えて、すぐに子供の下へ向かう。
子供は歯をガチガチ鳴らして荒い呼吸を繰り返し、今にも喰い殺そうとしていた。
ボロ布を纏う姿に、憐れみの感情が浮かぶも押し殺し、ナイフで引き裂く。
「ちょっと、何をしているのですか!」
「黙っていてください」
ファルトが素っ頓狂な声を上げて、俺に抗議する。
一切取り合わず、子供の体を隅々検分した。
肌はガサガサで爪はボロボロ。
髪も歯も何もかもひどい有様で、かわいそうな姿だ。
だが、グールにしては綺麗すぎる。
死体が魔力で汚染される関係上、どうしても死体は腐敗して見られない姿になる。
やはり、人の手で強制的にグールになったか。
「……これは」
子供の首筋には、二つの痕があった。
ファルトが言っていた噛み痕がこれか。
モンスターは人間、それ以外のものを捕食して血肉に変えている。
捕食以外で痕がつくと考えるならば、体液を吸うタイプ?
だが体液なんて吸ってしまえば、人間の体なんて簡単にすっからかんになり、骨と皮だけになってしまう。
とすると、これは何か?
マーキング?
噛み痕をつけて、そのままにするモンスターなんていただろうか?
「ねえ、どんな感じよ」
首筋に触れ、噛み痕以外に驚くべき事実に気がついた。
「……一つだけわかったことがあるのですが、グールではありませんね」
「何ですって! どういうことよ!」
子供の体に触り、首筋に触れて初めてわかった。
グールは、死体から発生するアンデットモンスターだ。
死体に脈拍があれば、それは最早、グールではない。
「そ、そんな。リーナ、本当ですか?」
「死体みたいな見た目で噛みつかれれば、誰だってグールだと思います。事実、私たちは最初に遭遇した際、そう思いました」
走るわ、武器を持つわで、知能がある新種のグールと勘違いしていたが、生命活動がある以上こいつはグールではなく別の何かということになる。
──その何かがわからないのが、モヤッとするところだが。
「こいつは、地下室で何をしていたんだ?」
「このモンスターが、何かをしていたわけではないでしょう。さしずめ、誰かにつれてこられたか」
「どういうことですか?」
地下室に取りつけられているランプに近づく。
ある程度の高さがあり、俺でもギリギリつけられるかどうかの位置にあった。
「子供の背で、ランプに届くと思いますか? それに、火を着けるなんて高度な行動ができるでしょうか?」
押さえつけられてなお、力任せに暴れる子供にとてもできる芸当とは思えない。
走ったり、武器で攻撃できる知能はあっても、火を着ける過程を理解しておこなえるのか怪しい。
裏に誰かが、確実に存在するはずだ。
「アル、もう楽にしてあげてください」
「……ああ」
アルが素早く子供の頭と胴を断ち、子供だったものは粒子となって消えていった。
消える直前、口元が動いたがすぐに消えたため、よくわからなかった。
「来世は良き人生を……」
クーデリアがアイラス教式の祈りを捧げるのを見て、聖女として一緒に祈り捧げる。
「なあ、リーナ。あの子供がグールじゃないってなら、何で今、粒子になって消えたんだ?」
「さあ?」
「さあって、おい……」
「アンデット種でなくても、粒子になる可能性があるかもしれません。……その程度しかわかりませんよ」
あれだけでは、情報が不足しすぎている。
グールではないとわかっただけでも、上々と言える。
用意していた聖水は、無駄になってしまったわけだが。
普段、ギルド員はモンスター討伐が専門で、検分なんてしないから誰もわからなかったのだろう。
『フフフ、誰か来たのかと思ったら、もう終わったの?』
地下室に響く、甘く魂を揺さぶる女性の声。
元を探ると、最初に子供がいた場所に黒い靄が発生していた。
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