第17話 村

「遅かったわね。何してたのよ?」



 怒り気味で俺たち出迎えたのは、馬をひいているシンシーだった。



「……あの子は、連れてこなかったのね」



 シンシーの言っているあの子は、今ごろ、部屋で頬を膨らませて報復でも考えているだろう。

 最終的に送り出してくれたとはいえ、本音ではついてきたかったはずだ。



「ええ、まあ」

「ふーん、そう」



 エレンは街にいる限りは、教会の人間が護るから安心である。

 シンシーはそれ以上のことは何も聞かず、さっさと自分の馬を決めて騎乗した。

 俺も乗る馬を決めようと馬に近づき、一頭の栗色の馬が首をもたげる。



「リーナ。その、大丈夫ですか?」



 手綱を握る俺に、クーデリアが不安げに話しかけてくる。

 俺が一人で馬に乗れるのか、心配しているのか?

 悲しいことに、俺は同年代の男と比べれば、かなり小柄である。



 おかげで、少女に見られるのだから、教会としては喜ばしいことであるが。

 馬に乗るには、鐙(あぶみ)という足場になる場所に足をかけなければならない。

 一人で乗れなければ、大体は誰かが補助する。



 だが、《聖伐》でこれから死を賭して戦うという時に、聖女が馬に乗れずにもたもたしていては、全体の士気に関わる。

 左足を鐙(あぶみ)にかけて跳び上がり、右足を馬の上に回して座った。

 座り心地は……上々だ。



「少し合っていませんね。調整しましょう」



 俺の足が短いとかではない、ちょっと合わなかっただけだ。



「とっとと行こうぜ」



 馬を上手に手懐けているアルは、頭部以外の装備を展開していているが、振動で金属が擦れ合う音が聞こえてこない。

 ファルトの知り合いの下で付与したのは、『消音』のようだ。



 俺は付与魔法が施された革製の装備で、比較的音は出ず、シンシーもそういった装備である。

 クーデリアの装備はフルプレートアーマーとまでは言わないが、金属の軽鎧なのに不思議と音が出ない。



 王国支給の鎧という話だが、『消音』は標準なのか。

 興味をそそられるも、今は目の前の問題についてだ。



「先導は僕が。殿はクーデリアさん、お願いします」

「心得た」



 これから向かうのは、金クラスのギルド員が亡くなった古城ではなく、シンシーたちが訪れた村を目指す。

 村を心配するクーデリアを慮っての判断ではなく、シンシーたち以外の知見が欲しいということでだ。



 俺も丁度、村を見て回りたいと思っていた。

 ある程度、俺の裁量で教えられる情報があれば、共有するつもりでいる。



 何か欠片でも、事態の収束に繋がるものが見つかればいいだけどな。

 街の出入り口の門に差し掛かり、シンシーの馬が歩みを止めた。



「出発する前に、私の補助魔法をかけておくわ。《フルブースト》!」



 シンシーが手に持つ杖を掲げると、五人──いや、馬も合わせれば五人と五頭に補助魔法がかけられた。

 補助魔法は、どれだけレベルが低い魔法でも、自分以外に使用すれば、途端に難易度が跳ね上がる。



 人数が増え、さらには人間以外にもとなると、より難しくなる。

 改めて、オリハルコンクラスの技量は素晴らしい。

 魔法使いとしての才能、実力もそこいらにいる連中とは段違いである。



 息も切らせず何でもない顔でいるところを見ると、まだまだ余力を残している。

 《フルブースト》は、エレンが使った筋力・耐久力・敏捷力を上げる《フィジカル・ブースト》の上位互換に位置する魔法で、体力の消耗も少なくなる魔法だ。



 エレンも、自分に使うだけならできるかもしれないが、シンシーのようにうまくいかないだろうな。



「それでは行きましょう。ハッ!」



 ファルトの馬が駆け、続くように俺たちも動き出す。

 一瞬、街のほうへ目を向ける。



 頼むから、大人しくしていてくれよ。

 《銀亭》を出る前に、教会の関係者にそれとなく伝えたから、無茶はずだが心配である。



***



 夜間も休みなく平原を駆け、俺たちは件の村に辿り着いた。

 途中、モンスターに出くわすと思っていたのだが、出会うことはなく拍子抜けである。



 現在は、早朝。

 村人はすでに起床し、畑仕事をしていてもおかしくない。

 シンシーたちから村人はもういないと聞かされていたとはいえ、辺りは不気味なほど静かだ。



「全員、警戒してください。村を出る際、一通り倒しましたが、また居着いているかもしれません」



 ファルトが指示を出すまでもなく、俺も含めて二人の騎士は抜剣している。

 周囲にアンデット特有の気配はなく、いない可能性、又は土に還っている可能性があるかもしれないが、警戒は必要だ。



 アルとファルトを先頭に、村の中を進む。

 外から家を観察すると、外壁や塀に複数の戦闘箇所が見受けられた。

 ファルトに聞けば、あれは彼らがグールとの戦闘で傷ついたらしい。



 とすると、盗賊などによる村人の虐殺されてその後……という線は、消えたと見ていい。

 疫病の可能性があるか……?

 村で利用しているであろう井戸を見つけ、ファルトに声をかけ、そちらに向かう。



「アル、井戸から水を」

「何をする気よ?」



 俺は懐から、茶色の錠剤を取り出す。

 それが何なのか、みんな興味津々だ。

 これは、教会で利用している簡易的に汚染度合を見ることができる薬だ。



 水の中に入れると、錠剤が溶けて何もなければ無色、さらに青、黄、赤の順番でどれぐらい汚染されているかわかる。

 俺が持っていた睡眠薬と同様に、教会の開発局製だ。



 アルが井戸から引き上げた水に一錠入れてしばらくすると、何の変化もない無色だった。

 つまり、水の汚染による病気ではないということになる。



「便利なもの持ってるのね。水不足の時に結構重宝しそう」



 錠剤は教会で作っている非売品だから、売ることはできない。



「他の場所も見てみましょう」



 それから三時間。

 捜索箇所を一つ残して、これといって新たな情報が出てくることはなかった。

 残る一つは、村の中で最も大きい家……おそらく、村の長の家だ。



「ここに何もなければ、空振りかよ」

「元々、シンシーたちが調べた後です。情報がなくても仕方ありませんよ」



 扉を開けば、他の家と同様に、食器などそのままの状態で放置されている。

 荒らされた形跡は見られない。



「中は荒れておらず、外もグールとの戦闘以外に損壊の形跡は無し。村人は、自ら外に出て、何らかの方法でグールになった可能性が高いかと」

「リーナは、グールが自然発生したと思ってんのか?」



「逆でしょう。これは、自然発生ではなく、人為的な可能性のほうが高いです。自然発生するにしても、魔力で死体が汚染されるには早すぎます」

「村人全員をグール化? そ、そんな方法があるのですか⁉」



「私が知る限り、三つほど。ただ、どの方法もかなりの時間、費用、そして場所が必要になります。つまり……」

「つまり、あなたが言いたいのは、事件の裏には大きな組織が関わっているってこと?」



 人為的であれば、一人で成すには事が大きすぎる。

 俺の結論は、組織的な行動をする団体によるものだ。



 こんなことができるのは、始めに思いつくのは邪教徒辺りだが。

 そう思った時──。

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