第15話 加入

「街の近くにある村が心配になってくるな」



 防衛戦力と言える騎士団やギルド員が常駐していない村にとって、グールのようなモンスターは脅威だ。



「残念だけど、心配する意味はないわよ」

「どういう意味だ?」

「一番近い村、そのまた次の村を調べたんだけど、人っ子一人いなかったのよね」

「人がいない? 避難でもされたのですか?」



 ファルトもシンシーも、言いづらそうに躊躇ったが、やがて口を開く。

 内容は、かなりショッキングなものだった。



「村を調べたんだけど、ほとんどがグールになった可能性があるわ」

「グールに……? まさか! 一つの村だけでも、かなりの人数になる!」



 そんな恐ろしいことがあれば、村を訪れた行商などが気付きそうなものだが。

 ……いや、行商も例外なくということか。



「村にいたグールは、多くはなかったわ。……つまり」



 村の住民は、どこへ行ったのか? 俺たちが遭遇した、グールの数が物語っている。

 事態は俺が思っている以上に、深刻なことになっていた。



「《天の杯》がノルマをチラつかせて、鉄以下を強制的に動員するのはこういうことでしたか」



 二人が調べた村以外ももし同じ状態になっていれば……。



「……なあ、根本的なこと聞いていいか?」



 話の合間に、アルが口にする。



「どうしました?」

「あれってよ、本当に、グールってことでいいのか?」



 アルの問いに答えられる人間は、この場にいない。



「そういえば、僕たちと一緒にいた、金クラスのプリーストが気になることを言っていました」

「気になること……ですか?」



「アンデットを倒すと、体が崩れて地に帰りますが、彼らは死体の形を保ったまま動かなくなりました。死体を調べた際、首筋に噛み痕のようなものがあったと」

「死体だろ? どうせ、野犬かなんかに噛まれたんじゃねぇのか?」



「確かに、あなたの言うように喰われた箇所はありましたよ。しかし、場所は違えど、ほぼ全ての死体に同じ形状の噛み痕がありました」

「……どういうこと?」



 エレンは、ファルトが言っている意味がわからないようだ。



「つまり、喰うことが目的とは思えない嚙み痕があった……ということですね」

「その通りです」



 噛み痕。

 ファルトの話を聞いた時、何か脳裏に過った気がする。



「嚙み痕はどんな形状だったのですか?」

「鋭い二本の牙を突き立てられたような感じでしたね」

「ファルト様、シンシー様! 少々よろしいでしょうかっ!」



 受付嬢が血相を変えて現れた。

 かなり急いでいる様子で、息も絶え絶えである。

 二人は、そのまま受付嬢が連れて行った。



「明日から肉体労働か? 巡回でもいいがよ、猫探しとかよくわからんものはナシにしてほしいぜ」

「……私は猫探しがいい」



 アルとエレンが斡旋される仕事について話している中、俺は受付嬢が二人をどこへ連れて行ったのか見ていた。

 受付の奥には確か、二階に続く階段があり、ギルドの代表がいるという。

 何かあったのか?



「……リーナ、あなたの伝手で騎士団を動かすことはできますか?」



 顔に出なかったか。

 思わず、ヒヤッとした。

 俺の伝手といえば、教会だ。



 教会との関係を知らない以上、クーデリアが言っているのは、フィリス王国の騎士団についてのはずだ。

 仮に、俺が本当の貴族だとしても、家出している身。



 家の権力を使うとなれば、俺自身が家に戻らなければ筋が通らないだろう。

 騎士のクーデリアをつけているのだから、これ以上の我儘は、いくら子供に甘い親でも許さないんじゃないか?



「残念ながら、騎士団を動かすことは難しいと思います」

「…………そう、ですか」





「みんな、少しいいかしら?」



 戻ってきたシンシーが神妙な面持ちで、俺たちに声をかけてきた。

 ファルトは後ろで腕を組み、険しい表情を浮かべている。



「あなたたちは青銅だけど、オリハルコンの特権で、一時的にパーティーに加えるわ」



 俺たちをパーティーに加える、それを聞いて、アルとクーデリアが目を見開く。

 横暴とも取れるおこないに、理由を尋ねた。



「金クラスのギルド員に死者が出たと、長距離通信魔法で情報が来たのよ。半端な強さだと、この事態に対処することはできない、そう上が判断したわ。だから、あなたたちよ。教会騎士のアルバート・シェルフェ、王国騎士クーデリア・フォン・プリムヴェール。そして、謎の魔法を使おうとしたリーナ・ウェンディ・セイルズ」



 酒場の客は何事かと、遠巻きにヒソヒソと話している。

 アルやクーデリア、そして俺を戦力と見たとはいえ、俺たちは登録して間もない青銅のギルド員だ。

 二人は受付嬢に連れられて、何を聞いたんだ?



「金クラスが亡くなるほど事態なら、私たちでは力不足と思いますが?」

「どういうことかわからないけど、アイラス教の総本山からこのギルドに連絡が来たみたい。あなたたちをパーティーに加えるようにって。私たちは最初っからそのつもりだったけど、あなたたちって教会と……まあ、それはいいわね」



 何か言おうとして、その後の言葉を切る。

 まさか教会は、こういう形で俺たちを動かすようにしたとは。

 遠回しとはいえ、命令された以上はやるしかない、か。



「私たちは構いません。アル、クーデリア、よろしいですね?」

「いいぜ。ここにいるよりは、少しは楽しめるだろ」



「私は護衛を請け負っている以上、リーナを過度な危険に晒すわけにはいきません。しかし、これ以上、国民の生命が脅かされるのは我慢なりません」

「……待って、私は?」



 ずっと自分の名前が呼ばれていないことにツッコむエレンに、俺は肩に手を置いて言った。



「《銀亭》でお留守番よ」

「……嫌」



 俺の手を強く掴み、絶対ついて行くという意思を見せる。

 そう言うとわかっていたので、これ以上は何も言わなかった。

 あとで睡眠薬でも盛って、置いていこう。



 かわいそうだが、エレンはどうしても戦闘経験が足りなく、連れて行こうものなら足手まといになりかねない。

 百体のグールと最初に戦闘を避けようとしたのも、走るグールを警戒したのもそうだが、エレンと一緒に戦闘はできないと判断したからだ。



「ギルドのほうで早馬を用意するから、準備ができ次第、すぐに街を出るわよ」

「移動手段はいいけどよ、どこに行く気なんだ?」

「二日ほどかかる場所にある古城よ」



「そこに何があるのですか?」

「わからないわ。死んだ金クラスの人間からの情報で、古城とだけしか伝わってないの。行って確かめてみないことには、ね」



 俺たちがやるのは、偵察ということか。



「マジかよ。もし潜入するなんてなったら、これじゃあダメだな」



 アルは自分の鎧を手で叩き、わざとらしく打ち鳴らす。

 偵察するなら、鎧の音を消しておきたい。



「もし、付与をおこなうなら、僕の知り合いを紹介しましょうか? 二時間でできますよ」

「ハ? マジかよ! リーナ、金!」



 金を催促するアルに溜め息交じりに財布を出してやり、二時間で付与ができるというファルトの知り合いがちょっと気になった。

 簡単な付与魔法でも、最短一日を要するのが一般的だ。

 マイルズには、ずいぶん優秀な人間がいるんだな。



「クーデリアも必要なら、出しますよ?」

「え⁉ そ、それはさすがに……。王国支給の装備に、手を加えるわけにはいきませんので」



 俺たちが二時間ほど準備について話している間、エレンはずっと、俺の手を握っていた。

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