第14話 斡旋

 太陽がすでに沈めかけている時間帯。

 本気で首輪を買って俺につけようとするエレンを引きずり、《天の杯》まで戻ってきた。



 朝と変わらず、ギルド員は酒ばかり飲んでいて、防衛のことなんて頭からすっぽり抜け落ちているように見える。

 もし、グールが街に出現すれば、戦わなければならないのに。



 受付のお姉さんたちは、心なしか、飲んだくれ共に冷ややかな視線を向けている。

 空いている席に座り、クーデリアを待っていた。

 と、入口から誰かが来た。



 クーデリアが重たい足取りで、トボトボと歩いている。

 その様子からして、結果は芳しくなかったのだろう。

 水を頼んでクーデリアに渡すと、一気に飲み干した。



「はあ~~~」

「だいぶ、お疲れだな」

「……せっかくだから、この料理を……」



「い、いや、結構だ」

「そんな兵器、押し付けるなよ」



 料理に赤い何かを振りかけようとし、それを阻止するべく格闘する二人の戦いを尻目に、俺はクーデリアに何があったのか聞いた。



「騎士団は動けないようです。別件で動いていて、こちらに戦力を割けないと言われました」

「別件?」



「私も気になって聞いたのですが、部署が違うから教えられないと、突っぱねられました」



 動けないのは予想していたが、まさか騎士団を動かすほどの事態が起きていたとは。

 非常にタイミングが悪い。



 クーデリアは国が動けないことがショックだったようで、食事をしながら大きな溜息を吐いている。



「今は、銀以上の方々が解決することを信じましょう」

「そう、ですね。オリハルコンクラスのあの二人も動いていますから、問題ないかもしれません」

「……オリハルコンってそんなに凄いの?」



 エレンにギルド員の階級について、説明していなかったことを思い出す。



「オリハルコンはギルド員の格付けで、最高クラスの地位です。階級は基本的に、依頼達成で得られるポイントで昇格します。しかし、オリハルコンは、四大ギルドから推薦状を貰って初めて昇格できる階級です」

「……四大ギルド?」



 ギルドは、エーベル霊峰を挟んで西にある国家群に根づいている組織だ。

 四つの大国にそれぞれ、一つずつ大きなギルドが存在する。



 北のレヴァナント帝国に《竜の頭蓋》。

 南のオーチェ共和国に《竜の爪》。

 東のディラント獣王国に《竜の翼》。

 西のフィリス王国に《竜玉》。



 竜の名を冠する四つのギルドは、各地の支部ギルドを統括する組織だ。

 所属するギルド員のレベルは支部と比べるまでもなく、高い次元にあり、《竜の頭蓋》ではミスリル以上しか所属できないという。



 オリハルコンに推薦されるには、人格もそうだが何より実力が求められる。

 かつて、イグニス大陸には強力な竜が跋扈しており、これらを打ち倒して人間の支配地域を広げていった者たちが国を興し、また民衆を護る盾としてギルドの前身である組織が誕生した。



 歴史の経緯から、オリハルコンクラスへ至るには、竜を討伐することが条件……らしい。

 らしい、というのは、周囲が勝手に言っているだけで、昇格の条件はほとんど開示されていないため、これは予想であるが。



「……二人は、竜を倒したの?」

「どうでしょうね。それは、聞いてみないとわかりません」



 酒場の喧騒に耳を傾けつつ、食事を続ける。

 暇そうにしている者が多く、明日は何をするか、その次の日はと話していた。

 俺は、教会から命令でもない限り動く気はないので、明日は別の場所を散策する予定である。



「リーナは今日、何をしていたのですか?」

「今日は、商店街を散策しました。ああいった場所を訪れるのはあまりないので、新鮮でしたよ」

「……うん、楽しかった」



 雑談しながら、ばあさんのことが頭を過った。

 例の占いの件については、クーデリアには伝えるつもりはない。

 グールの主なんて言われても、確証があるわけでもない。



 クーデリアや《天の杯》に言おうが、占い師は信用が命。

 信用されるほど名の売れた人間でもなければ、相手にされない。

 教会なんて以ての外だ。



「あのー、みなさーん! 少しよろしいでしょうかー!」



 喧噪が人がっている酒場で、一人の受付嬢が声を張り上げた。

 よく通る声で、酒場にいたほとんどの人間が、何事かと受付嬢に顔を向ける。

 受付嬢は、満面の笑みを浮かべて言った。



「ご存知かと思いますが、銀以上の方は現在、グールについて調査をおこなっています。鉄以下の方は、街から出ずに防衛・待機です」



 周知の事実を言う受付嬢に、誰もが顔を見合わせる。

 何故そんなことを? と、首を捻っていた。



「ですが、『依頼がないんじゃ、生活ができない。これじゃあ、飲むしかないなぁ?』……という訴えが多数あり、我々は考えました」



 何だろう、何故かはわからないが、嫌な予感がしてきた。



「街は現在、厳戒態勢になっています。明日からは、防壁の補修・強化、周辺に罠の配置などをおこないます。更に──」



 受付嬢は街のこれからについて話し続け、様々な予定を連ねる。



「というわけで、全く人手が足りないこの状況。ギルドから皆さんに、仕事を斡旋したいと──」

「はい、解散」



 俺は思わず、言葉が出た。

 壁の補修に強化? どうして、力仕事なんてしなきゃならない。

 呼応するように、酒場で飲んだくれていたギルド員たちが一斉に動き出し、金も払わず我先に外へ出ようとした。



 代金はツケにできるが、お前らそんな態度だと警察に取っ捕まるぞ。

 彼らの心配をしつつ、すでに帰る準備を終えていたアルと共に席を立つ。

 エレンは少し時間がかかっており、クーデリアはポカーンとしている。



「「「ほ、ホゲエエエッ‼」」」



 入口から、変な叫び声が聞こえてきた。

 見ると、あの額に傷のある大男が地べたに寝転がっている。

 何をしているのかと呆れていた時、漆黒のローブと漆黒の鎧を着用する男女の二人組が現れた。



「あいつら、何やってんだ?」



 シンシーとファルトだ。

 誰も通すまいと、入口の前に立ち、通せんぼをしている。

 ファルトは兜こそ着用していないが、柔和な顔立ちとは裏腹に、人を押さえつけるようなプレッシャーを放っていた。



「悪いけど、ここから先は通さないわよ?」



 口端を上げ、これでもかと威圧するシンシーに、誰も声を上げられず、ただ気圧されている。

 彼らの前に立つと、こちらに気付いて手を振ってきた。



「あなたたちは、何故、通せんぼするのですか?」

「申し訳ありません。ギルドからお願いされまして」



 一斉に受付嬢の元に視線が向く。

 ギルドでも最高戦力であろう彼らを差し向けるとは、俺たちの動きを予想されたということか。



「諦めて、街のために貢献しなさい。ずっと飲んだくれて英気を養っていたんだから、そりゃあもう、体力なんて有り余っているんでしょ?」



 屈強な男たちに啖呵をきる彼女を外の人間が見れば、無謀なことをと思うかもしれない。

 しかし、彼女はオリハルコンクラスの人間。



 その気になれば、エレンが使った補助魔法よりも強力なものを自らにかけ、大の大人をボコボコにすることも可能だ。

 どうすることもできない実力差に、誰も動けず、抗えない運命に打ちひしがれている。



「ギルドの依頼は停止中ですが、きちんと斡旋された仕事を引き受け、達成していただければ、ノルマになります。今月厳しい方もいるので、しっかりと励んでください」



 ダメ押しとばかりに受付嬢の言葉に止めを刺された彼ら(彼女ら)は、大人しく従うこととなった。



 俺としては、関係ないと外に出たいものの、ノルマがかかっているのでは致し方がない。

 大人しく、元の席へ戻ることにした。



「リーナ、あなたはギルドの仕事をしたかったのではないのですか?」



 クーデリア、それは違うぞ。



「たとえノルマがあっても、自分で仕事を選べるではないですか。今回は、ほぼ強制ですよ? これでは、家にいたころと変わりません」



 いけしゃあしゃあと屁理屈を並べ立てながら、クーデリアの苦言を受け流す。

 だって、働きたくないのだから仕方ない。



「暇がなくなったと思えばいいか? 何の仕事があるんだろうな」

「防壁の補修・強化と周辺の罠設置、街の巡回に猫探しと実に様々なものがある。一日中働けるぞ」



 昼夜問わず働いてたら、体がボロボロになる。



「何で、猫探しなんてあるんだよ」



 おそらく、防衛をいいことにサボっていたせいで、依頼が溜まっていたんじゃないか?

 停止しているのは、街から出るものだけだった。



「……うん、猫ちゃん探したい」



 受付嬢たちが手分けして、ギルド員に次々と仕事を斡旋していく。

 中には依頼に不満があったようで、変えてほしいと申し入れても、彼女たちのアルカイックスマイルで跳ね返していた。



 俺たちにはどんな依頼が配られるのか待っていると、来たのは受付嬢ではなく、シンシーとファルトだった。



「久しぶりー、でもないわね」



 二人は断りを入れて、席に着くとさっそく店員を呼んで注文を始める。

 ここにいるということは、もしかして調査に進展があったのか?

 聞いてみると、思っていたこととは裏腹に、結果は良くなかったという。



「散発的に現れては走るし、剣とか槍とかで攻撃してくるし、数も多い……鬱陶しいのよね」



 ドヤ顔が印象的だった顔には似合わない沈痛な面持ちで、運ばれてきた食事に手を付け始める。

 話しぶりかして、相当数のグールがいたようだ。

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