第13話 占い師
香辛料の店から少し歩いた先。
路頭でよぼよぼのばあさんが、俺たちを手招きをしていた。
ローブを深々と被る姿は、さながら古の魔女の様。
目立つ大きな水晶玉で、占い師然とした姿は堂に入っている。
「悪いが、俺は占いなんて興味ねぇか──」
「……ねえ、リーナ。あれは何」
「見たところ、水晶玉を使った占いでしょう。まあ、本物なら……の話ですけれど」
多くの自称占い師たちは、言葉巧みに会話で相手の情報を引き出し、抽象的なことを言って、さも当たっているかのように振る舞う。
『本物』は、道具も言葉も必要ない。
ただ、念じるだけ。
占いは過去視から未来視、海で隔たれた大陸から遺失物を見つける能力まで様々だ。
数少ない本物は、こんなところで日銭を稼いだりしない。
国といった組織に抱えられているのが殆ど。
教会にもその昔、本物がいた。
かつて、俺と同じ聖女の立場にいた者。
占いの的中率は驚異の百パーセント。
『識の聖女』と称えられた女性は、未来視においてアイラスの神託よりも早く視たという記録まである。
本物を知る俺としては、とてもじゃないが信用ならない。
……とはいえ、エレンが興味津々だ。
俺は、後ろで見ていることにしよう。
「ホホホ。お嬢ちゃんは何を占ってみたいんじゃ? 明日の天気から、運命の人まで視れるぞ?」
幅が広すぎるぞ、占い師。
「……うーん」
小首を傾げ、悩むエレン。
エレンもお年頃だから、恋愛について……とか?
……何か、目の前で占われるのは嫌だな。
「……私たちは、これからもずっと一緒にいられる?」
思わず、アルと顔を見合わせた。
「では、占うとしようかのう」
水晶玉に手を置くと、ぶつぶつと呟く。
いかにもな姿に、思わず笑いだしそうになった。
「ほうほう。お主……いやお主たちは中々おもしろい存在のようじゃな」
「おい、リーナ。お前、おもしろいって言われてんぞ」
「おもしろいのは、アルの顔でしょう」
俺たちのどこか冷めた反応を気にも留めず、ばあさんは水晶玉に手を置いたまま。
「……アルはおもしろいよ。いつも、シスターのお尻を追いかけてる」
「お前、とんでもない嘘ついてんじゃねぇよ」
「ホホホ。見た目通りにお盛んなようじゃな」
「ぶっ殺すぞ、ババア!」
暴れだしそうなアルを宥め、占いの続きに耳を傾ける。
「……アルはもういい年齢。そろそろ良い相手が宛てがってあげたい」
「よけいなお世話だ。俺はまだ十八、必要ねぇだろ」
「心配しなくてもよいぞ。すでに一人、良さそうなオナゴがいるようじゃ」
アルはさっきまで怒っていたのに、今までで見たことがない真顔でいる。
いやいや、まさか……本当に誰か……?
筋肉の塊みたいな男と、良い仲になりたいヤツがいるのだろうか?
俺よりも先に誰かと付き合うなんて、誰とも付き合えない俺を裏切るのか?
「いねぇよ、そんなヤツ」
「見える、見えるぞ! 目立つ丸眼鏡に、緑色の美しい長髪……」
「おっと、手が滑った!」
わざとらしい動きで、水晶玉をチョップで叩き割った。
……もう少しやり方があるだろうに。
「やってくれましたね。私の連れが申し訳ありません。弁償します」
財布から硬貨を取り出す前に、ばあさんが手で制する。
「え、いらないのですか?」
「構わんよ。そもそも、水晶玉がなくても占いはできる」
だが破壊したのは事実。
受け取らないならばと、無理やり机の上に置いておく。
後は、ばあさんの好きにすればいい。
金はアルの給金から抜くしな。
「全く、いいと言っておるのに。それじゃあ、特別に良いことを教えよう」
「何ですか?」
「その男の初恋の相手はのう……」
「ババア、俺を占ってどうする! エレンの占いをやれよ!」
何故そんなに慌てているのか、後で問い詰めるとしよう。
「場を和ませようという、ワシの親切心がわからないのか。だから、いまいち振り向いてくれぬのじゃぞ? ……暴れようとするな、結果はもう出ておる。結論から言って、このままでは一緒にいることは難しくなるのう」
さっきとは打って変わった様子のばあさんに、びくりと反応するエレン。
不安なことを言って心を煽り、開運アイテムでも買わせる手法かと警戒した。
「……具体的に何で?」
「お主せいじゃよ。途方もない運命に巻き込まれている。個人では如何ともしがたい、頑丈な鎖で雁字搦めじゃ」
ばあさんが指を差した先にいるのは、俺だ。
『巻き込まれる』ではなく、『巻き込まれている』という表現は、絶賛神託で巻き込まれているので、当たらずとも遠からず。
運命なんて抽象的なこと、適当に言っているだけにしか思えないが。
エレンが不安に駆られるようなことを言わないでほしいな。
「ワシは別に、適当なことを言っておらんよ?」
俺は、初めてばあさんを畏怖した。
その瞳は、何を見続けていればそうなるのか。
絶望の色が広がっており、とても普通に生きていて宿せるものではない。
「心して聞くがよい、若人たちよ。ワシの力は、力量が同じかそれ以上の者には通用しない。おかげで、未来が霞がかっておる。が、ちょっとした近未来ならわかるぞ。
お主たちを助けたあの二人と協力して、彼のモンスターの出所を探るのだ。ヤツ等の主は、街どころか、世界に大きな災厄を振り撒くだろう。教会としても……その関係者であるお前たちも嫌じゃろう?」
「教会……だと?」
アルが鋭い視線を向けた。
ただの占い師が手にできない情報のオンパレードが口から出てきて、俺は困惑する。
シンシーたちやグールのことは、情報を商売としている者なら手に入れられるかもしれない。
しかし、教会については一介の人間が得ることができる情報ではない。
「ヤツ等の主、ですか。どんな存在か教えていただけますか?」
「ホホホ……!」
「何が、おかしいのですか?」
「てっきりお主なら、すでに見破っているのではと思っていたのじゃがな」
見破る……何を?
ばあさんの言っている意味がわからない。
「エレン・バーネットや。もしも、自分で大切な者たちとずっと過ごしたいと願うならば、お主がいかに後ろにいるイノシシどもの手綱を握れるかにかかっておるぞ。それを他人に渡すのも良し、一緒に握るのも良しじゃぞ」
「……うん」
「イノシシって、誰のこと言ってんだ?」
「さあ、ゴリラならここにいますが」
エレンの後ろで、アルと取っ組み合いになる。
「以上じゃ。ワシの話を聞いて、どう行動するかはお主たちの自由。またのご利用お待ちしておりますぞ?」
ばあさんの占いはそこで終わった。
「テメェとは、後で決着をつけねぇとな」
「構いませんよ。……ところで、おばあさんは?」
「……あれ?」
目を離したスキに、ばあさんの姿は影も形もなくなっていた。
使用していた机も、割れた水晶玉も全て。
「気味の悪いばあさんだったな。妙なことも言ってたしよ」
グールの主……か。
「おばあさんが本物か判断する方法がありますよ」
「へぇ、どんなのだ?」
「あなたが気になっている女性が、合っていれば本物でしょう」
「あいつは本物じゃねぇ、偽物だ」
即答する、アル。
彼が否定する以上、本物の占い師とは言えない。
もちろん、偽物とも断定できないが。
「考えても仕方ありません。おばあさんは、教会に任せましょう」
《天の杯》から、俺たちをずっとつけていた人間の気配が消える。
ロイドの手の者は、陰湿なスパイ野郎だ。
ばあさん一人を調べるのに、さして時間はかからないはず。
「夕食までまだありますから、別の場所に行きましょうか?」
「……首輪売っているところ」
「首輪? どうしてですか?」
「……手綱握れって言われた」
「物理的に握れって意味じゃねぇだろ」
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