第12話 商店街へ
清々しい朝を迎えた。
と思いきや、《天の杯》に訪れて早々、いきなりクーデリアが俺とアルが恋仲なのかと気持ち悪い疑いを持たれた。
アルをそういう対象として見ていないし、見るはずがない。
俺の恋愛対象は女だ……というと、また色々な誤解を生みかねない。
何故、おぞましいこと言い出したのか、聞いてみれば原因はエレンだった。
風呂の件は幼い頃という話にして、アルのようなゴリラは恋愛対象ではないと告げる。
幾人か、机に突っ伏したようだが知らぬふりだ。
クーデリアが納得してくれるといいが。
朝から酒場が盛況なようで、ほぼ席は埋まっていた。
客の片手には、葡萄酒にリンゴ酒、エールと多くの者が飲んだくれている。
「な、何だ? 仕事せずに飲んでいていいのか?」
クーデリアの言う通り。
働きたくない気持ちはとてもわかる。
さすがに、数が多いように思えるが。
と、見覚えのある人物が俺を見て……正確にはクーデリアを見て顔を逸らした。
ちょっと聞いてみようか。
「あのぅ、少しよろしいですか?」
「な、何だよ。あァッ?」
初手、威嚇から入ってきたのは、クーデリアがボッコボコにした額に傷がある大男だった。
大男は明らかに嫌そうな顔をしていて、エールを飲んで嵐が過ぎ去るのを待っている様子。
彼の態度を気にすることなく、全員の飲み物をサッと確認して、店員に同じ物を注文する。
酒が来る前に、大男の隣が空いていたので、気持ち体を寄せて座った。
「私、登録したばかりでわからないのですが、朝からみなさん、大勢集まって飲んでいていいのですか? 誰かに、割のいい仕事を奪われませんか?」
店員から酒を受け取ると同時に代金を支払い、男たちに配る。
「金は……!」
「私がもう払いましたから。ササッ、どうぞどうぞ」
「お、おう……」
何か裏があるんじゃないかと、疑いの目を向けられる。
しかし、それも短い時間。
ギルドで働く人間は、男性が圧倒的に多数を占める。
女性は非常に少なく、希少なだけに人気だ。
こうして一緒に飲んだりするだけで、彼らは舞い上がり、気をよくする。
緊張を解いた大男が、酒場に何故こんなにも、人がいるのか語ってくれた。
何でも、俺たち以外で例のグールに出くわした人間がいたらしく、重傷を負いながらも命からがら帰ってきたらしい。
彼らの話では、持っていた聖水を使ってもダメージを与えられなかったそうだ。
さらには剣を奪われ、腕を両断されたという。
ギルド員以外ケガ人はおらず、《天の杯》は事態を重く見て、鉄以下は街の防衛を担い、銀以上の者を調査に充てることを決定。
ということで、鉄以下の人間は、防衛という名の酒盛りをしている。
「情報、ありがとうございました。クーデリアだけでなく、私とも仲良くしてくださいね?」
そう言葉を残して、席を立つ。
もちろん、ギルドの仲間としての意味だったのだが、後ろではやれ俺に気があるだの言い合いをしていた。
美少女になってから出直してきてくれ。
「どうだったんだ?」
先程得た情報を全員で共有して、これからについて話し合う。
「腕をぶった斬られただと? グールなのかよ、本当に。フィリス王国は、動くと思うか?」
「……情けない話だが、騎士団が動くことはないだろうな」
ケガを負ったのはギルド員だけで、行商や産業が直接ダメージを受けていない。
教会ならともかく、国の騎士団が動くには、材料が乏しい。
「依頼が受けられないんじゃ、何するよ?」
「私は、街の隊舎の様子を見てくる。リーナ、申し訳ありませんが……」
クーデリアはいても立ってもいられない様子だ。
今は民衆に被害がなくても、可能性を放置したくはないのだろう。
だが貴族とはいえ、一介の騎士が意見を述べても、騎士団を動かせるとは思えない。
教会が動くとすれば、早急に事が運んでも、最短で五日といったところか。
街の外に出るつもりはないので、クーデリアの好きにしてもらうことにした。
夕食はここで一緒に食べることを約束して解散する。
「私たちは、街をぐるっと周りましょうか」
「……うん、いいよ」
「そうだな、やることもねぇし」
俺たちは《天の杯》を出て、商店街に来た。
依頼で必要なものを購入した店もあるが、当然、他にもある。
武器や防具を売る店を始めとして、飲食店や骨董店、道端で大道芸をやっている者もいる。
口から火を吹く大道芸人がおり、エレンが物珍しそうに眺めていた。
「……リーナもアルも、いつも教会から出かけていたら、こういうの見てたの?」
教会から出たことがないエレンのために、《聖伐》や行事で遠くへ行った時は毎回お土産を購入した。
「俺はともかく、リーナにはできないぞ。うざったい連中が許さないからな」
その地の権力者や枢機卿に取り囲まれ、ずっと部屋に缶詰である。
たとえ、最高の部屋に最高の食事を用意されても、味気ないものだった。
「……そっか」
「みなさん、行きたい場所はありますか?」
「……香辛料を売っている場所」
「まさか、教会からあれだけ持ってきたのに、もうなくなったのですか?」
教会を出る前に鞄一杯に詰め込まれた物を思い出し、戦々恐々となる。
「……そうじゃないけど、補給は常に考えておかないと」
こいつが補給なんてし続けていたら、街の香辛料がなくなるんじゃないか?
嫌々探していると、扱っている店がすぐに見つかってしまった。
俺もアルも、どこか虚ろな表情である。
エレンは嬉々として、店に入っていた。
遅れて中に入ると、香辛料の独特な匂いが俺たちを迎える。
ガラス瓶の中には、見た目が木の根や葉、花に至るまで色々な種類があった。
「昔は、香辛料が金の代わりだったって聞いたことがあるが、あれって本当なのか?」
「香辛料が広く普及してなかった時代は、希少な貴金属よりも価値があったそうですね。相当、昔ですけど」
「まあ、料理に使えば確かに上手くなるけどよ。金の代わりになるなんて、想像がつかないぜ」
「今でも、香辛料が少ない国では、お金の代わりになっていると聞いたことがありますよ」
「マジかよ」
エレンは、店主であろう男と立ち話をしていた。
やがて、とぼとぼと戻ってくる。
「どうしました? エレン」
心なしか、落胆した様子なのが気になる。
店を出て、エレンに聞いた。
「……香辛料の入荷の目途がないみたい。だから、かなり値上げするって」
「は? 何で急にそんなことになるんだよ」
「十中八九、グールのことでしょうね」
「……ああ、なるほどな」
護衛が少なければ、物流を確実なものにするために、物量を減らさざるおえない。
香辛料が値上げするとなると、状況が長引けば他の物も値上げするのは間違いないはず。
転移門を利用すれば護衛はいらないが、残念ながら高い触媒を使うため、余計に値上げするだけだ。
「教会が動いちまえば、グールなんて速攻で潰せるのにな」
俺たちがその教会の関係者なのだがな。
さっさと、事態が収束することを願うばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます