第11話 報告と談笑
シンシーたちと別れた後、俺とアルは《銀亭》の部屋で二人っきりになり、机の上に置いた水晶玉を見つめる。
エレンとクーデリアは何やら話があるようで、クーデリアの部屋にいるようだ。
こっちとしても、都合がいい。
この道具は、遠く離れた人間と連絡がおこなえ、軍事の世界で非常に重宝しており、開発されて以来、教会もお世話になっている。
「じゃあ、アルよろしく」
「ああ」
水晶玉に向けて魔法を唱え、透き通った色が汚泥のように濁り、徐々に輪郭が鮮明になる。
『久し……くはないな。息災か?』
煌びやかな教会の正装に身を包んだ老人。
報告相手は、俺をよく知る教会最高権力者、ロイド教皇猊下だ。
「いろいろあったぜ? なあ、リィン」
『《銀亭》は防音がしっかりしているといえど、偽名で呼ばんか愚か者め。……さて、手の者から速報は聞いた。詳細を聞こう』
俺は、起きた出来事をありのままに伝えた。
ロイドは椅子に深く座り、静かに目を閉じる。
『火系の魔法が通用せず、氷系の魔法は通用した。いや、行使された魔法は《ダイヤモンドダスト》だったな。ならば、単純に威力が耐久力を上回った可能性も考えられる。しかし……一番驚いたのは、走ったという点か。あまり聞いたことがないな』
「俺は、アイラスが神託でやってほしいのが、グールを潰すことだと踏んでいる」
『口調を改めよ、リーナ。それと、様をつけるんだ』
「チッ。……あなたの考えが聞きたいですね」
マイルズに来て早々、アンデットの大群、それも新種っぽい奴らに出くわしたのだ。
今までの神託は、ドラゴンゾンビだったり邪教徒だったりと倒す相手がいた。
そこから考えれば、グールを倒せば俺の任務が完了するはず。
『神託はあくまでも、ギルド員として過ごす……だ。グールを倒せばいいと言うのは早計だ』
「走るグールですよ? しかも、めちゃくちゃ速い。まず普通のグールではないとわかります。枢機卿方なら、即討つべしと言うでしょうね。念のため言っておきますが、何かあれば私の裁量で魔法を使います」
『……判断はお前に任せる。プリムヴェール嬢に見られても、アレを看破できる者などいない』
そういえば、グールたちは平野で何をやっていたのだろうか。
平野で隠れる場所はない。
グールは視力が弱く、聴覚か嗅覚で得物を判断する。
どこに隠れていたかもそうだが、ピンポイントに俺たちをどうやって見つけたんだ?
『明日協議をおこない、騎士団を動かすか検討しよう』
王国と仲は良好といえど、軍事組織を送り込むには煩雑な手続きと期間が必要なはずだ。
騎士団が来ない、来れないと考えて動くとしよう。
『ところで、プリムヴェール嬢の様子はどうだ?』
「様子?」
『彼女は、ユリウス枢機卿が手を回した者だ。彼は普段から、私と……リーナ、お前を敵視している。プリムヴェール嬢なら、お前を害するのに適していると踏んで選出した可能性があるぞ』
剣の腕こそ見れなかったが、的確に《ファイアボール》をグールに当て、上位魔法の《インフェルノ》を行使しようとした。
能力だけで考えれば、腕は確かと言える。
ただ……。
「まだわからねえが、少なくとも貧乏貴族は確かだと思うぞ。雑草の話のくだりは、とても嘘には見えなかったぜ?」
「……雑草? お前たちは何を話していたのだ」
「クーデリアについては一応、警戒しておきますよ」
「うむ。新たな情報が入り次第、追って連絡する。お前たちも報告を怠らないように。アルバート、くれぐれもリーナを失わないように行動せよ」
「わかってるぜ。そん時は、俺の命を差し出す」
報告は終わり、水晶玉は元の透き通る色へ戻った。
「戦いか。めんどくせー」
「戦う、とは決まっていませんよ? 今日一緒にお食事をしたあの二人が解決してくれるかもしれません」
*
一方、クーデリアが泊まる部屋にて。
エレンが買ってきたクッキーと、クーデリアが入れた紅茶で談笑する。
談笑と言っても、ほとんどクーデリアが一方的に話しかけていた。
クーデリアは、エレンとあまり会話がなくても雰囲気で壁を感じ、この機会に少しでも仲良くなれればと部屋に誘ったのだ。
最初は断られると思っていたが、予想に反してエレンは誘いに乗る。
エレンは最初、断りたかった。
昨日、リィンからの言葉が無ければ断っていたかもしれない。
服装や化粧など、女性として他愛もない話だ。
次第に話題の中心は、リィン……リーナについて。
自分はさておき、リーナが貴族令嬢としては、妙に戦い慣れているのが気になった。
家出してギルド員になるという、世間知らずのお嬢様という評価は、アルバートとの訓練で見せた動きで変わる。
加えてグールの数に怖気づかず、退却を即断した判断力で大きく覆った。
騎士としての教育を受けていた?
それにしては、彼女の剣筋は王国のものとは異なる。
誇りと信念を胸に振るう王国の騎士の剣とは違い、訓練で見た剣技を含めた体術は、勝ちに特化したものだった。
遠回しにリーナについて聞いても、エレンはよくわからないと言う。
「彼女たちが幼馴染だと知っていたのか?」
「……ん、私もそうだから知ってる」
年が近いと思っていたからもしやと思ったが、やはり。
「何? そうなのか。エレンはリーナがギルド員になりたいと聞いて、どう思ったのだ?」
「……どう?」
エレンは迷った。
ある程度の設定は作っているが、下手なことを言って破綻させては目も当てられない。
今回の神託で自分が選ばれたのは、教会の人間でリィンをよく知る数少ない人物だったからだ。
決して、アルバートのように戦闘面を評価されたわけではない。
やらかしてしまえば、教会から帰還命令が出てしまう。
「……私は、リーナの味方。何があっても」
「たとえ、彼女が傷ついても、か?」
探りを入れるような、クーデリアの言葉。
エレンは、自分の言葉で返す。
「……傷つくのは、イヤ。でも、リーナが何もできなくなるほうがもっとイヤ」
初めて出会ったのは、ラーナ大教会の聖堂だった。
女の子と思っていたのに、とある出来事で男の子と知って驚いたのは、エレンにとっていい思い出である。
その後、リィンの意思を捻じ曲げる形で、彼は聖女になった。
「……だから、私はできるだけ……少しでもいい。短い時間でも、リーナの意思を尊重したい」
現状は、神託によって教会から命令され、無理やりこの地に来た形だ。
それでもいつか、彼が自由になり、何でもできるようになったら……。
「エレンのように、思ってくれる人が近くにいるのは羨ましい。貴族という生き物は、腹の底では何を考えているか、わからない連中が多い。信頼できる者は多いほどいいからな」
苦笑交じりに、クーデリアが言う。
エレンには、彼女の苦笑がどういう意味を持っているのか、読み取れなかった。
「……よかったら、リーナが信頼できる人にあなたもなってあげて。あの人の世界は……窮屈だから」
同じ貴族の一員として、あの世界の鬱屈さはわかっているつもりだ。
クーデリアはこくりと、首を縦に振った。
彼女たちの認識に齟齬はあるものの、信頼できる人間になりたいという気持ちは本物である。
「そろそろ風呂に行こうか。リーナも一緒に来ればいいのにな……」
マイルズには温泉が湧く場所があり、お金を払って入浴できる。
前日も誘ったが、リーナにやんわりと断られてしまった。
「……たぶん、アルと入ると思う」
「──えっ?」
とんでもない爆弾が投げ込まれた。
「い、一緒? 本当なのか? まさか、そういう関係になったのか⁉ 発展するのが早くないか! いや、時間は関係ないのか? 元々の可能性もある。確かに、仲が良いとは思っていたが……!」
妙に顔を火照らせ、ああでもないこうでもないと言うクーデリアを不思議に思うエレンは、テキパキと入浴の準備をする。
「え、エレンはいいとは思っているのか? 騎士と貴族の……その、仲良くするのは」
「仲良しはいいこと」
そして──
「……り、リーナ。つかぬ事を聞きますが、その、アルバートとは恋仲なのですか?」
「「──はあ?」」
翌日、《銀亭》で恐るべき爆弾が爆発した。
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