第10話 束の間の休息
《天の杯》に戻り、依頼の報告を終える。
加えて、クーデリアの懸念とグールの大群に襲われたことを報告した。
報告を受けたギルドは、調査をおこなうそうだ。
戦場や墓地なら自然に発生したと結論を出せるが、何もない平野で約百体も出現するのはありえない。
というか、奴らがグールなのか疑わしい部分がある。
俺が知るグールは、腐乱した死体がのそのそ歩き、出会った生物を手当たり次第に襲う迷惑極まりない連中だ。
そして、火系の魔法や聖水を弱点とする。
《ファイアボール》が直撃しても、異様に耐久力が高かった。
もしかしたら、聖水も効果が薄いかもしれない。
あとで教会に報告しておこうと考え、助けてくれた例の男女が待つテーブルへ向かう。
「あ、来たわね! 遅いわよ、私を待たせるなんていい度胸ね!」
黒いローブを着ていた女は、いつの間に頼んでいたのか、葡萄酒を頼んでがぶがぶと飲んでいた。
周囲の男よりもいい飲みっぷりである。
《ダイヤモンドダスト》という凶悪な上位魔法でグールを一掃したオリハルコンクラスのシンシーに苦笑いを浮かべているのは、彼女の仲間、漆黒のフルプレートアーマーのファルトだった。
「僕の仲間がどうもすみません」
「いえ、私たちは助けていただいた身です。おごらせていただきますよ」
純粋に助けてもらったお礼ということで、俺から彼らを誘ったのだ。
ついでに、オリハルコンクラスの人間との繋がりを作っておこうという打算もある。
次々と料理が運ばれる中、俺は依頼の報酬金を四等分に分け、更にグールを倒したとして出た臨時報酬をファルトたちに渡す。
グールの残骸を持ち帰らなかったのに、確認しないのか問うと、オリハルコンクラスの言葉だからと特例でもらった。
やろうと思えば、嘘の報告が可能で、ギルドからいくらでも金をせびることができる。
大丈夫かと心配になるが、別に俺が被害を被るわけでもないので、考えるのを止めた。
「僕らは介入しただけなので、臨時報酬はあなたたちで分けてください」
「マジで? お前いい奴だなー!」
手をつけようとするアルの手を叩き、引っ込めさせる。
あと、クーデリア。
臨時報酬を貰えると聞いてビクッとなったけど、ダメだからな?
「ですが、全て倒したのはあなたの仲間です。あなたたちが貰うべきかと思います」
「モグモグ。いいわよ、別に。その程度のお金なんて、依頼一つ受ければ何倍も貰えるし。どうしてもって言うなら食事でパァーと使っちゃいましょうよ」
異論が出ないことから、この件は今回の食事で消えることとなった。
「あなたの攻撃魔法は素晴らしかった。《ダイヤモンドダスト》……習得には長い年月と多大な魔力が必要と聞いています」
「そういうあなただって、《インフェルノ》を発動しようとしていたでしょ? 身なり的に騎士なのに、よく習得できたわね」
クーデリアは詠唱していただけで、発動していない。
詠唱が聞こえていれば、《インフェルノ》とわかるかもしれないが距離を考えて、とても聞こえていたとは思えない。
「私、発動しようとする魔法がわかるのよ。魔法陣と魔力の流れからね」
グールたちを倒した時に見せた、ドヤ顔で自慢するシンシー。
「的中率は七割ですがね」
ファルトがそう言った。
魔法陣は魔法の種類や規模、威力など多くの情報が詰まっている。
情報がわかれば、インターセプトという技術で魔法陣に割り込みをおこない、敵の魔法を自分の魔法として行使することができる。
それを防ぐため、偽装を施すのが一般的だ。
例えば、意味のない詠唱の一節を増やしたり、魔法陣に必要のない情報の追加まで様々である。
クーデリアの魔法も当然、備えがあるはずだが……的中率七割は凄まじい。
インターセプトの成功率も単純計算で七割になるから、敵の魔法使いからすれば恐ろしい相手である。
「《インフェルノ》はわかったけど、そこのちっこい子の魔法は、今まで見たこともないヤツだったわ。属性もどんな系統なのか見当もつかなかった」
体躯に関しては、俺とそう大差ないだろ。
《祝福の儀式》により神から授けられた魔法は、教会で禁忌の魔法を神が作り変えたものだ。
通常の魔法とは、一線を画す魔法。
神が作り変えたのだから、神の魔法と言っていいだろう。
わからなくても、当然と言える。
「私も聞きたいと思っていました。アルバートは魔法を使えないと言っていましたが、どういうことなのですか?」
言い訳は、道中で考えていた。
「あなたに嘘をついてしまい、申し訳なく思っています。あれは、私の実家に伝わる秘密の魔法なのです」
自らの力を誇示するために、貴族の中には一子相伝で魔法を残す家系がある。
クーデリアも貴族なだけに、そこら辺の事情を汲んでくれたようだ。
本当は全然違うけど。
「……なるほど、それなら隠すのも仕方ありません。隠せば、確かに魔法を使えませんね」
「で、どんな魔法なのよ」
「んー内緒です」
人差し指を立てて口元に持っていく。
禁忌の魔法をおいそれと教えるわけにはいかない。
教会はあらゆる手を尽くして、知った人物を消すはずだ。
「えー! 教えてくれもいいじゃない! けちんぼ!」
「まあまあ」
俺はこれ以上の追及を避けるため、シンシーを酔い潰そうと葡萄酒を追加してお酌する。
「……ところで、エレン。あなた、その赤い物体は何かしら?」
「……唐辛子」
肉料理であったはずの物体は、赤い粉末で埋もれていた。
スープを見れば、透き通るような色だったはずの物が、赤い液体に変わり果てている。
クーデリアもうわぁと、ドン引きだ。
「エレン、それを……食べるのか?」
確認するため、クーデリアがエレンに問う。
「……違う。こうする」
言うや否や、肉の切れ端をアルの料理の上に置いた。
そして、何も知らずにアルは口に運び……。
「‼ か、辛ッ! の、喉が!」
「……どうしてそんな反応するの。こんなにおいしいのに」
エレンはアルの反応を尻目に、赤い色のスープを飲み切っていた。
辛いものが好きとはいえ、無反応でいられるのか理解できない。
「だ、大丈夫ですか⁉」
ファルトが尋常でないアルの反応を見て水を渡す。
「何しやがる! 今日という今日は許さねえ!」
「……うわぁー助けてー」
抑揚のない声で逃げ回るエレン。
俊敏な動きから、用意周到に《フィジカル・ブースト》をかけているようだ。
「あなたたちは、中々面白いですね」
「ファルトさんたちは、これからどうするのですか?」
「僕たちは元々、休暇でこちらに来たのですが……」
「あいつら、普通じゃないわ。ギルドも調査すると思うけど、私たちもするつもりよ」
さすがオリハルコンクラスと言うべきか、とても意識が高い。
俺なんて、教会に報告して命令がなければ、丸投げしようと思っていたのに。
そうこうしているうちに時間が経ち、臨時報酬分きっちり飲み食いした俺たちは、今日の出会いに感謝して別れることとなった。
オリハルコンと青銅。
交流なん普通はない二つのグループが、飲食を共にするなど偶然の出来事。
またいつか飲もうと言って、オリハルコンクラスの二人は闇の中へ消えていった。
──まさか三日後。
再び出会い、共闘することになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
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