第8話 依頼には問題がつきもの

「暑いッ‼」

「暑いと言うから、暑いのです。……まあ確かに、少々暑いですね」



 マイルズから三時間ほど歩いた場所に、毒消し草が自生している森がある。

 という情報を受付嬢から得て、来たのはいいのだが……。

 木々が鬱蒼と生い茂り、道らしい道がない。



 湿度が高いせいで、汗で肌に服が張りつき、より不快さが増している。

 水筒を振れば、チャポン。

 残りがどんどん少なくなっている。



「暑すぎる! 用意した水が足りなくなるぜ!」



 アルの気持ちもよくわかる。



「まだ依頼の草は見つかんねぇのかよ」

「……うるさい、アル。探して」

「お、見つけたぜ」

「……それは毒草」

「クソがーッ!」



 アルが苛立ちをぶつけるように、辺りの草を蹴り上げる。

 俺やクーデリアが薬草だったり、エレンが似たような形の毒消し草を見つけているのに、さっきからアルは、面白いように毒草しか見つけていない。

 ある意味、才能だろう。



「暑いのは、あなたがアーマーなんて着ているからではないかしら?」



 兜を装備していないとはいえ、金属の塊を纏っていれば、熱がこもるのも当然だ。

 教会の装備なら、魔法の補助で外気温に合わせて適切な温度に保ってくれるが、今の性能ならそうもいかない。



 アルの装備は、『防御力上昇』と『展開・収納』という付与魔法が施されている。

 『防御力上昇』は読んで字の如く。

 『展開・収納』は自らの音声で命令を出すと、アクセサリーが装備に変化、また逆に変わったりと非常に便利だ。



 デメリットもあり、『展開・収納』は付与ができても、重量はそのままなので、イヤリングタイプにしようものなら、耳たぶが引き千切れてしまう。

 ちなみに、アルはフルプレートアーマーをベルト型にしている。



「毒消し草がこうも見つからないとはな。リーナ、もう少し奥に行ってみましょうか?」



 探索に既に二時間が経っており、日帰りを考えているので、かける時間はあと二時間から三時間ほどになる。

 幸い、モンスターに遭遇しておらず、奥に行くなら、より警戒が必要だ。



「行きましょう。早く見つけて帰りたいですし」

「……はい、水」



 エレンから水を受け取り、毒消し草について考える。

 いくら何でも、見つからないというのは異常ではないか?

 依頼を受けた際に聞いた話では、希少性があるとは言っておらず、逆に見つかりやすいという話だった。



 あの受付嬢をどうしてやろうか考えつつ、奥へ進む。

 下を向きすぎて首が痛い中、二時間ほど進むとようやく目的の物が見つかった。



「ったく、次は討伐依頼を受けようぜ」



 毒消し草が見つかって安堵をするアルと、疲労の色が濃いエレンに労いの言葉をかけていると、クーデリアが何か考え込んでいた。



「どうしました? クーデリア」

「……いえ、誰かが毒消し草を採取した跡が多くありました」

「さすが雑草食うヤツだな。そんなの見てもわからなかったぞ」



 雑草について言ってやるな。

 土がむき出しになっているわけではなかったので、俺にはわからなかった。

 クーデリアにはわかるというのだから、わかる人には顕著なのだろう。



 彼女の話が本当なら、その『誰か』のせいで俺たちが苦労したことになる。

 呪いをかける手段を調べておくか。



「気にしても仕方ありません。帰りましょう」

「そうですね。一応、ギルドには報告したほうがいいと思います」

「私が伝えておきますよ」



 文句を言って割の良さそうな依頼を回してもらおう。



「っしゃ! さっさと帰って酒が飲みたいぜ」



 アルに同感である。

 訓練していても、モンスターに注意を払いつつ毒消し草の探索は、想像以上に肉体と精神を酷使した。

 およそ五、六時間ぐらい再び歩いて帰るのだから気が滅入る。



「……帰りで、モンスターに会わないといいね」







 ──エレンがそんなこと言ったからだろうか。

 場所は平原、日は沈みかけている。

 俺とアルは異様な気配を感じた。

 この感覚は……死の気配、誰かが俺たちに殺意を向けている。



「『全展開』」



 兜を含めて装備の全てを展開したアルを見て、エレンとクーデリアがギョッとする。



「気をつけろ。アンデットの気配だ」



 アイラス教の怨敵であるアンデットたちと最も戦ってきた俺とアルだからこそ、奴らの独特な雰囲気を感じられた。

 通常のモンスターとは違い、死という神が定めた理を捻じ曲げて存在し続ける者がアンデット種。



 生きている者を憎み、死を望む。

 アンデットの存在そのものを許さない、というのがアイラス教のスタンスである。

 俺としては心底どうでもいいが、腐った死体がうろついていると妙な病気を振り撒きかねない。



「……何でわかるの?」

「あいつらと戦いまくってると、わかるようになるんだよ。クーデリアも準備しておけ」



「わかった。リーナは私たちの後ろへ」

「そうしましょう。一応、聖水の用意はありますので」

「え? いつの間に用意していたのですか」



 持っているのは、まだただの水だ。

 聖水の作り方は二通りあり、霊峰で自然にできる物と、ただの水にアイラス教の司祭以上の人間が祈りを捧げることでできる物がある。



 前者は何にも侵されていない魔力が溶け込むことで聖の属性を得て、アンデットの持つ魔力と反応して中和し、体を保ちにくくさせる。

 後者にも効果として同じだが、効き目は前者よりは薄く大量生産できるのが特徴だ。



 しかし、俺は聖女。

 そこらにいる司祭が一生懸命に祈ってできる物よりも、更に効果が高い物を即席で用意できる。



 神なんて、ほとんど信じてないのにな。

 俺は腰のポーチから、水筒を──



「…………あっ」



 妙に軽い水筒に、俺は冷や汗をかく。

 いや、そりゃあ確かに森は無駄に暑かったし、飲んだのは仕方ないよ? 仕方ないよな?



「あ、あの、誰か飲み水が残っている人はいませんか?」



 俺の意図に気付いたアルは、自分の水筒を確認し、顔を青ざめる。

 他の二人も残りはあまりないようだ。



「……魔法で水は出せるよ?」



 それはダメだ。

 魔法で出した水には、人間の魔力が混ざっていて、聖水に変換することはできない。

 アンデットが出るなんてわかってたら、飲み水を残してたのに!



 今言っても、後の祭りだ。

 死体が豊富にある戦場や墓地でもない限り、出現するアンデットなんて大した数ではない。

 出ても数体、アルとクーデリアがいれば楽勝である。



「クーデリア、数はどれくらいだ?」



 クーデリアは周囲の光を利用することで遠くを見る望遠の魔法で、アンデットの姿形、そして数の把握に努めていた。

 光が少なくても、少量であれば問題ない。



「アンデットは……グールのよう…………だ」



 魔法を発動したまま、固まるクーデリア。

 嫌な予感がする。



「約百、こちらに向かって走ってきている」

「逃げるか」

「……逃げよう」

「はい、退散」



 ──俺たちは走り出した!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る