第7話 早朝の訓練

 翌日の早朝。

 俺とアルは《銀亭》の裏庭で訓練用に刃引きした剣を持って、日課をおこなおうとしていた。

 準備運動をしている時、予想外の人物から声をかけられる。



「おはようございます」



 まだ部屋で寝ていると思っていた、クーデリアが通路の脇に立っていた。



「おはようございます、クーデリア。寝ていなくていいのですか?」

「護衛対象者であるリーナが、部屋を出たのですから起きるのは当然かと。できれば、外出する際は一言申してください。……アルバートがいれば、私は必要ないかもしれませんが」



 エレンを起こさないよう音をたてずに来たが、クーデリアを誤魔化すことはできなかったようだ。

 彼女に日課を隠す必要もないか。

 ちょうどういい、俺の今の実力を見てもらうとしよう。



「アルとこれから、私が実家でよくやっていた訓練をしようかと」

「剣の訓練ですか。拝見しても?」

「構いませんよ」

「おい、パパっと始めようぜ」



 普段の鎧姿ではなく、ラフな服装のアルが待っている。



「ええ、もう少し待ってください」



 そう言って、俺は『攻撃を』仕掛けた。

 アルはまだ構えていない。

 いつもの様に、不意打ちで下から斬り上げた。


 俺とアルには多くの差がある。

 体格は負けているし、剣術もアルが数段上だ。

 魔法だって、種類だけを言えば俺は一つだけで、アルは多くの魔法を会得している。


 得意不得意は別だが。

 格上と言える相手に勝つには、背中から気づかれずに不意打ちをするか、毒殺が一番である。



 プライド?

 そんなものはない。

 勝てば官軍負ければ賊軍、俺たちはそういう世界で生きている。



 不意打ちは、いとも簡単に反応され受けられた。

 さすがに正面からはキツイか。

 鍔迫り合いはどうあっても分が悪い。



「力尽くで地面に引き倒してやるよ……!」

「ギルドであなたに押し倒されたって、噂を流してあげる!」



 相手の力を利用して間合いを調整し、攻撃をいなし続ける。

 アルの剣は力で押し切る剛剣。

 一方の俺は、手数で戦う瞬剣。



 互いの理合いは異なる。

 勝負になっているのは、互いをよく知っているのもある。

 なにより、アルが訓練用に手を抜いているのが大きい。

 その場で二合、三合と剣を合わせ、右足を振り上げてアルの顎を狙う。



「ハッ! 足癖の悪いヤツだぜ!」



 アルがスウェーで躱したところを左足で地面を蹴り、後方宙返りをしながら剣を振った。

 躱して後ろに体重を残しているから、当たると踏んでいた。



 読まれていたのか、呆気なく剣で弾かれる。

 くっそ、あれでダメなのかよ。

 体当たりをしてやりたいが、圧倒的にこちらの体重が足りない。



「はああああッ!」



 裂帛の気合と共に、全身のバネをしならせて全力の突きを放った。



「安易に突きに逃げたな!」



 渾身の攻撃も半身をずらすだけで躱され、伸びきった右手を掴まれ──


「オラァッ!」



 片手で軽々と体を持ち上げられ、地面に叩きつけられた。



「いッた!」



 衝撃で息苦しい。

 アルが本気だったら、俺は頭から行って脳汁ブシャーだ。



「朝食の目玉焼きは、俺の物だな」



 そういえば、そんな約束をしていた。

 土を掴み、勝ち誇った顔をしているバカ面に投げつける。



「て、てめェッ!」



 反射で右手から手を離す隙を見逃さず、両脚でアルの頸動脈を締め上げる。

 俺たちの訓練に明確な終わりはない。

 どちらかがやめると言うまで続く。



「……よし、今日は私の勝ち……ですね! 降参したらどうですか?」

「冗談じゃねぇ。俺がやられると……?」



 アルは力尽くで俺を体ごと持ち上げ……って、このまま叩きつけるつもりか!



「そうは……させますか……! 首を圧し折って……!」

「お前、反則だろうが!」



「いつからルールなんて制定されたのでしょうか? いつですかー? 何時何分何秒

ですかー?」

「ま、待ってください! それ以上はダメです!」



 慌てたクーデリアが俺をアルから、無理やり引き離された。



「ゲホゲホッ! おい、殺す気か!」

「訓練ですから。殺すつもりでかからないで、どうするのですか?」

「上等だ、斬ってやるよ!」



 地面に落ちてた俺の剣を拾おうとして、クーデリアがまたも割って入る。



「護衛対象者を斬ろうとするな! 落ち着け!」

「そうよ、そうよ!」

「リーナは煽らないでください!」



 いつもの訓練を終え、事前に用意していたタオルで汗を拭い、水分を補給した。

 クーデリアの言う通り、あれ以上進めばどっちかがケガを負って今日の依頼はキャンセルになっていたかもしれない。



 つい、教会での訓練を思い出して戦ってしまった。

 エレンが回復魔法を使えるとはいえ、しょうもないことでケガをしていてはエレンに呆れられる。



「驚きました」

「何がですか?」



「私が言うのもあれですが、貴族の男性ならともかく、女性は蝶よ花よと育てられ、剣を握ったこともない方がほとんどでしょう。本気ではなかったですが、聖堂騎士団のアルバートと戦えていたのは驚愕です」



「ありがとうございます。そこら辺のチンピラが相手なら、ボコボコにできる自信がありますよ?」

「あの、それと……一つ、女性として言いたいことがありまして」

「どうしました?」



「その、スカートを着用するのはいいのですが……あれだけ派手に動かれますとその…………見えてしまいます。気づかれてないのかと思ったので、一応……お伝えしておこうかと……」



 ──後で、エレンにスパッツでも用意してもらおう。

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